12.始祖6.
「あら、ごめんなさい。でも大事なことだからちゃんと聞いて。始祖の力はね、かつて始祖に仕えていた巫女たちがいたの。そうね、弟子や助手のような存在だと思ってくれればいいわ。でも、その子たちも始祖の復活を賛成しなかったわ」
弟子にも復活を反対されるとは、始祖とはどれほど疎まれていたのだろうかと思わずにはいられない。
「そんなことになるとはつゆ知らず、始祖は巫女たちに力を分け与えた。死後、力を失うことを恐れたのね。巫女たちに一時的に宿らせ、再び自分に力を戻そうとしたの」
「だけど、力が戻ることも、復活することもなかった、と」
「その通りよ。じゃあ、その力はどうなったのか?」
ジャレッドたちの視線が、不安そうな表情のままのイェニーに向かう。
「……まさか、嘘だろ」
「すべてではないけど、イェニーさまの中に始祖の力は受け継がれているわ」
絶句する一同。
始祖の話を晴嵐から聞けば聞くほど、厄介で関わり合いになりたくないと考えていた。
誰だって自分から好き好んで面倒事に関わりたいとは思わない。
しかし、すでに関わっているのだと知らされた。ジャレッドたちを苦しめたルーカス・ギャラガーという過去の敵だけではなく、妹に始祖の血が受け継がれているのだという。
「晴嵐さま、本当にイェニーの中に始祖の力が宿っているのですか?」
確認するようなオリヴィエの疑問に、晴嵐は頷くことで返事をした。
「……そんな」
「ただ、始祖の力をまるまる受け継いでいるわけではないのよ。複数人いた巫女に力は分散され分け与えられた。その後、巫女たちは術式を編み出したわ」
「術式ってどんな?」
「世代を重ねるごと始祖の力を弱め、いずれ消すというものよ。正直、現代にも始祖の力が残っているとは思わなかったわ。イェニーさまと始祖の力は相性がよかったのね。あなたは無意識に始祖の力を使っているわ。それがあなたの才能の正体よ」
「わたくしの力が……いえ、ですが、納得できます。私は努力らしい努力をしたわけではないにもかかわらず、驚くような力を持っていました。才能、そんな言葉で片付けられてはいましたが、そうでしたか」
始祖の力を受け継いでいることにショックは受けているようだが、どこかイェニーがホッとしているようにジャレッドには見えた。
推測でしかないが、祖父に剣を握ることを禁じられるほどの才能を持ち、最低限の訓練しかしたことがないにもかかわらず有り余る力を持つことに不安があったのかもしれない。
仮にも戦闘者としてジャレッドを追い詰めたローザ・ローエンを剣一本で撃退した実力。才能だけで片付けるには、いささか疑問もあった。
その答えを見つけたことがよかったことなのか、それとも悪かったことなのか、ジャレッドには判断することができない。それでも、できるかぎり妹の力になってあげたいと思う。
「始祖の血を受け継ぐオリヴィエさま、エミーリアさま。始祖に力を受け継ぐイェニーさま。血も力も世代を重ねて薄くなっているとはいえ、始祖と同じ女性であることを含めて警戒しておかないことはないわ」
「なあ晴嵐、あんたに任せれば心配することはないのか?」
「絶対なんて無責任なことは言わないわ。今のところ、始祖の器になれる資格がある女性たちは少ないわ。やれることはすべてやるし、散々不安にさせておいてだけど、そこまで心配することではないわ」
晴嵐の言葉に一同は息を吐く。
不安があるのは変わらないが、今は彼を信じたかった。
「えっと、じゃあ、とりあえず面倒事に巻き込まれることはないって考えていんだな?」
「今のところはね。始祖対策をすれば始祖は復活できないのはわかっているからね。もっとも、始祖の血族が馬鹿なことをしなければという前提でしかないんだけど」
「じゃあ僕は君たちに心から謝罪をしなければいけないね」
「――っ、誰だ!」
「……私たちが気づかないだと」
「おのれっ」
ジャレッドが拳を握り、プファイルが短剣を構え、ローザがナイフを懐から抜いた。
声は、ジャレッドたちの背後から聞こえた。廊下へ続く、扉は閉まっているが間違いなく誰かが侵入している。
「姿を見せなさい。そうじゃないと、この屋敷を破壊してでも攻撃してみせるわよ」
晴嵐の力任せすぎる脅し文句に、見えない誰かが苦笑した。
「やれやれ、これだから竜は恐ろしい。仮にも人様の屋敷でよくもそのようなことが言えると感心してしまうよ」
ゆっくりと扉の前に、少年の姿か浮き上がる。
亜麻色の髪、温和な笑み、まだ十代半ばほどにしか見えない少年の姿がそこにはあった。
「……あなたは、まさか」
驚愕の声をあげた晴嵐に少年は微笑むと、すぐに目線をジャレッドに向ける。
「あんた誰だ?」
「はじめまして、ジャレッド・マーフィーくん。僕はラスムス。始祖の直系の子孫さ」
「――っ」
少年――ラスムスが名乗りをあげたと同時に、ジャレッドが床を蹴った。
一瞬の間に笑顔を浮かべ続ける少年に肉薄すると、魔力を体内で循環させ爆発的に身体能力を向上させると、渾身の力を込めた拳を突き出す。
「おっと危ない」
しかし、あまりにも容易くジャレッドの拳は少年の片手によって受け止められてしまった。そのままラスムスはジャレッドの手を優しく包み込むように握ると、一方的に握手を始めてしまう。
「なにをしにここへ来やがった?」
「僕の目的はひとつ、君に助けを求めにきた」
2018年最後の投稿となります。
どうもありがとうございました。




