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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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9.始祖3.



「嘘だろ、おい。そんな簡単に死人に蘇られてたまるかよ」


 禁忌などの騒ぎではない。死んだ人間が生き返ることは、自然の摂理に反することだ。


「始祖が復活する方法、それはね――血族の体を依代にすること」

「……そんなこと不可能だ」

「でも始祖はできると考えたの。だから、死を恐れることなく受け入れた。当たり前よね、始祖にとって死は終わりじゃないもの。通過点に過ぎないのよ」

「滅茶苦茶だ」


 もし、晴嵐が言うように始祖が血族を依代にして復活を果たしたとしよう。復活するしないはどうでもいい。始祖のことなど知らないし、なにをしたいのかにも興味がない。だが、復活できるという実例を作ってしまうのだけはやめてもらいたい。


 ――死は乗り越えるものじゃないんだ。


 誰にでも平等に訪れる死。いや、必ずしも平等ではないかもしれない。幼くして命を落とす子もいれば、事故による予想できない死もある。

 それでも、死というのは誰にでもいずれ訪れるのだ。


 平民でも、貴族でも、王族でも、老若男女問わず。種族だって関係ない。人間だろうと、竜だろうと、魔物だろうと死から逃れることは絶対にできない。

 しかし、始祖はその法則から逸脱しようとしている。信じたくないが、竜がそうだと言い 、警戒している以上可能性は高いのだろう。


 ジャレッドの心配は始祖の復活ではない。どこかで始祖の復活を知った人間が、ならば自分たちも――と、後に続こうとすることを恐れているのだ。

 善王に長い統治を願う臣下が、英雄を慕う人間が、愛する家族にもう一度会いたいと願う者たちが、自分たちもと考えないはずがない。

 例え、肉体が別人のものであったとしても、些細なことだと気にもしないだろう。


「実際に可能なのか?」

「始祖も、始祖の子供たち、臣下も誰もが可能だと信じてたわ。でもね、始祖は今まで復活しなかったわ」

「どうしてだ? できる手段があって、始祖が望んでいるのに?」

「きっと始祖も計算外だったんでしょうね。まさか、始祖の復活を望むものが少なかったということに」

「……はあ?」

「要は、始祖は復活したい、でも周りは復活しないで欲しかったのよ」

「なんだよ、それ。どれだけ人望がないんだ、始祖は?」


 唖然としてジャレッドは問う。まさか、復活する方法もあり、本人が復活を望んでいるにも関わらず、周囲の人間がそれを望まなかった。以後、魔導大国は始祖の子孫によって導かれ、滅びた。

 どう滅びたかまで少年に知るよしもないが、国が亡くなる最中であっても始祖が復活しなかったのだから、よほど復活させたくなかったのだろう。


「人望うんぬんじゃなくてね、始祖の思想が過激すぎたのよ。戦乱の時代ならまだしも、始祖によって国ができ、安住の地を得た人間たちが、進んで争いを起こそうとする人間についていきたいと思う?」

「それは……思わないだろうな」

「始祖は人間以外の種族を徹底的に排除しようとしたわ。私たち竜だって、何体殺されたものか……」

「竜殺しまでしたのかよ」


 謎の多い始祖ではあるが、竜を殺す実力があることだけは晴嵐の言葉からわかる。いや、それ以前に、こうも竜である彼が警戒する始祖が弱いはずがない。


「私たちだけじゃないわ。エルフも、ドワーフも徹底的に追い詰め、この大陸から駆逐したわ」

「待て、待って、エルフとかドワーフとか実在してたのか!?」

「ああ、そこからだったわね。確か、現代の人間は彼らを幻想の生き物としているようだけど、それは人間による大殺戮を隠すためよ。もっとも、人間といっても、始祖のせいなんだけどね」


 今日、この短い間に何度驚いたか分かったものではない。

 晴嵐の登場からはじまり、始祖について。果てには、エルフとドワーフが実在することまで知ってしまった。まるで歴史の裏側を覗いた気分になった。


「エルフもドワーフも、竜ほど力のある種族じゃなかったからね。人間に友好的な種族であったことは間違いなんだけど、始祖たちによって五年ほどで滅ぼされたわ」

「たった五年で二つの種族を滅ぼしたのかよ……恨みでもあったのか?」

「さあ? 私にはわからないわ。でも、始祖にはなにかしらの理由があったんでしょうね。もちろん、理由があったからって彼らを滅ぼしていい理由なんてなにもないんだけど」


 それはそうだ。当時の情勢もなにも知らないジャレッドには、始祖がなにを考えてエルフとドワーフを滅ぼしたのかなど憶測さえできない。


「純粋な種族としては滅ぼされてしまったけれど、現代でもハーフエルフは生きているし、エルフやドワーフの血が混ざった人間もいるわ。他の大陸では彼らも生存しているから、本当の意味で滅ぼされたわけじゃないんでしょうけど……流れた血の量はとてつもないわ」


 少なくともこの大陸に暮らしていた二つの種族は、文字通り駆逐されたのだろう。血族が残っていようと、別の大陸にまだ種族が存在してようと、それはなんの慰めにもなりはしないだろう。


「俺は始祖を知らないし、当時の人間のことだってわからない。でも、きっともう戦いは嫌だったんだろうな」

「そうね。始祖が蘇れば終わりの見えない戦争がはじまっていたわ。それを恐れた次代の王たちが、始祖を復活させるのではなく、蘇らないように封印することに決めたの」





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