8.始祖2.
『異世界人』とは、ジャレッドたちが住まうこの世界とは別の世界から現れる人間を指す言葉だ。使われることは滅多にない。世界がひとつではないという考えがあることは知っているが、それを解明できた人間は誰一人としていないのだ。
だが、実際に、異世界人は存在している。たとえば、神話やおとぎ話で超常的な力を持つ人間が描かれるが、その一部が異世界人であると言われている。
もちろん、あくまでも「そう言われている」だけだ。
しかし、『異世界人』という言葉があり、神話や伝承等で別世界からきた人間がいたと伝わっている以上、彼らは存在するのだと思われている。
「……いやさ、異世界人って本当にいるのか?」
「現代にはいないわ。それは保証する。でもね、始祖が異世界人という当時の記録や伝聞が残っているのよ。少ないけど」
「仮に異世界人がいたとして、晴嵐は始祖が魔術が存在しない世界から現れたって言ったけど、そんな世界の人間がどうやって魔導大国を建国するまでに至る魔術師になるっていうんだよ?」
「始祖の世界には創作物として魔術があったそうよ。それをね、ただこちらの世界で再現しただけみたい」
「でたらめだ」
晴嵐の言葉が事実であれば、始祖が実に規格外な人間だったのかがわかる。
「もちろん、創作物を再現する資質も才能も、魔力もすべて十二分に持っていたのは言うまでもないわ」
「だろうな。そんなことそうそうされてたまるか」
始祖に関する資料は少ない。というよりも、ないに等しい。あくまでも亡き魔導大国の建国者として文献に登場する程度だ。始祖がなにを思い、なにをしたのかまで現代には伝わっていない。
ゆえに、当時を知る晴嵐から聞かされる情報は、驚きの連続ではあるが実に興味深いものだった。
「だけどさ、その始祖がどうして今更?」
「竜にとって始祖は厄介なのよ。彼女にとって、人間以外は敵でしかないの。何度も戦ったわ」
「……彼女? 始祖って女だったのか?」
「そうよ。以外と男性と思われがちだけど、女性なのよ」
次々と出てくる始祖の情報についていけない。もし、この場に歴史学者がいれば歓喜していただろう。
「始祖が女なのはさておき、もう死んでる人間のことを気にして何になるんだよ。魔導大国だって滅びたんだぞ?」
「普通ならそう思うわよね。でも、もしも、始祖が現代に蘇るとしたらどう?」
「はぁ? そんな馬鹿なことがあるはずないだろ。いくら始祖だからって、死んで生き返るなんて無理だろ」
心臓が止まった人間にショックを与えて息を吹き返させるとはわけが違う。数百年前に死んだ人間が、どうすれば現代で蘇ることができるのか想像することもできない。
肉体だって朽ち果てているだろうし、魂の話になると、もうジャレッドにはなにも言えなくなる。
例えばワハシュやアルメイダのように人間を超えた寿命を持つ人間がいる。しかし、まだそれなら何かしらの技術を使ったと考えれば納得ができるのだ。実際、人間よりも長寿な種族はいくつか存在し、彼らの仕組みがわかればそれを真似ることができる可能性だってある。
だが、死者を復活させることだけはわからない。そもそも、試すことが禁忌であるため、やろうとも思わない。
もちろん、我が子を失った親が、愛しい人を失った人間が、亡き人を取り戻したいと願うことはごく普通になるだろう。しかし、想うことと、実際に死者復活を試みることはまるで違う。
人間が犯していい領域に足を踏み込むことは倫理的にも許されない。
今まで亡くした人を取り戻そうとした人間がいなかったわけではない。だが、すべてが失敗に終わり、惨劇を招いている。ひとりの復活を願い、多くの生贄を捧げた者もいたが、結果が叶うことなくただの殺人犯として終わっただけというケースもある。
死者にまつわることに、人間が手を出していい結果が訪れたことがないのだ。
「始祖はね、魔術師として誰よりも天才だったわ。でも、人間を超えることだけはできなかったの。老いに勝てず、寿命を迎えて死んだわ」
それが当たり前だ。人として自然な有様だ。
そう考えるジャレッドに向けて、晴嵐は苦い顔をした。
「でもね、代わりに、始祖は自身が復活する手段を生み出すことに成功したの」




