2.竜来訪2.
婚約者に母のことを話していると、時間は瞬く間に過ぎてしまった。
嘘か本当か疑いたくなる母の武勇伝に百面相するオリヴィエを見ているだけで、ジャレッドの心が温かくなる。
「まったく、あなたのお母様って……言葉が見つからないわ」
それがすべてを聴き終えた婚約者の感想だった。
「あはははは、同感です」
「ジャレッドも色々規格外だと思っていたけれど、お母様に似たのね」
「……あの、俺って規格外ですか?」
「お母様ほどじゃないでしょうけど、わたくしと出会ってからたくさんのことがあったじゃない。大変なことをすべて乗り切ったあなたは十分に規格外だと思うけれど?」
オリヴィエは悪戯めいた視線を向けて、笑みを深くする。
この年下の婚約者と出会ってまだ一年も経っていないが、普通の少年というには少々度を超えている。
彼はその身を犠牲にして戦ってくれた。暗殺者を相手に、命をかけて勝利し、何度も救ってくれた。
オリヴィエのことだけじゃない、母のことも、父との関係も、悩んでいた弟たちのことも、ジャレッドのおかげでよい方向に進んだのだ。
彼女だけではない、国まで救った婚約者を心から誇らしく思うのだ。
「規格外と言われるのは不本意ですが、確かにいろんなことがありましたよね。オリヴィエさまと出会って一年も経っていないなんて不思議です」
「わたくしもよ。あまりにもいろいろなことがあったから、もう何年もあなたと一緒にいると勘違いしてしまうわ」
「本当ですね。ところで、一年といえばそろそろオリヴィエさまの誕生日ですね」
出会った頃、すでに婚約者は誕生日を迎えたあとだった。
なので次の誕生日は祝ってあげたいと、ずっと考えていたのだ。こっそり相談したトレーネとハンネローネも賛成してくれていて、アルウェイ公爵を呼んで家族で祝いたいと考えていた。
だが――、
「……ジャレッド、あのね、その話はしてほしくないの」
今まで笑顔だったオリヴィエが、突如生気の抜けた、幽鬼のようになってしまう。
「お、オリヴィエさま?」
婚約者から焦点の合わない目を向けられ、心の中で悲鳴をあげた。
「あの、俺、なにか気に触ることでもいいましたか?」
「違うわ。そうじゃないの。気に障ったとかじゃなくてね」
いまいち歯切れの悪いオリヴィエに少年は首を傾げた。
年上の婚約者は苦い顔をすると、消えるような声で呟いた。
「もう誕生日を喜べるような歳じゃないの」
「えっと。どうしてですか?」
「あのね! ……言いづらいのだけど、いいえ、自分でこんなことを言うのはとても不本意なのだけれど。誕生日を迎えればわたくし二十七歳になるのよ。つまり! わたくしとあなたの年齢差が十歳から十一歳になってしまうの!」
「あー。でも、ほら、年が明ければ俺もすぐ十七歳になるので、十一歳差なんてあまり気にしなくても」
「あなたは気にしないかもしれないけれど、わたくしは気にするのよっ!」
悲壮な顔をして声を張り上げた婚約者にジャレッドはかけることばが見つからない。
決して口にはしないが、オリヴィエの外見は年齢よりも若く見える。もちろん、仮にそんなことを言えば火に油を注ぐことになるのは明らかだ。
彼女と一緒にいることが当たり前になっている少年にとって、年齢差を気にしたことはないといえば嘘になる。だが、それはどちらこと言えば自分が年下であることに関してだ。大人の女性に、まだ成人していない自分が相応しくないのでないかと考えてしまうことがあるのだ。
だが、ジャレッドは意地でも口にしない。出会ったばかりなら他に相応しい人間がいるかもしれないと考え、身を引くこともできたかもしれないが、今は無理だ。少年にとってオリヴィエ・アルウェイという女性はなくてはならない存在なのだ。
オリヴィエを愛し、彼女もまた愛していると言ってくれる。ならば、身を引く理由はない。
年上の婚約者が年齢差を気にしていることは知っているが、彼女だって年齢を理由にして自分から離れていかないとわかっている。
「まぁまぁ、年齢差があってもいいじゃないですか」
「若い子だからそんなことが言えるのよ!」
「俺はオリヴィエさまとの年齢差が十歳でも十一歳でも二十歳でも気にしませんよ」
「そこまで離れてないわよっ!」
「痛い痛いっ、叩かないでください!」
余計なことを言ってしまい叩かれるも、ジャレッドは本気だった。
オリヴィエの年齢がいくつだっていい。オリヴィエがオリヴィエだからこそ、好きなのだから。
「家族みんなでオリヴィエさまの誕生日を祝いましょう。きっと楽しい日になると思いますよ」
「ふんっ。わたくしは誕生日はベッドの中で息を殺して過ごすわ。歳を取らないように!」
「そんな無茶な。お化けを怖がる子供じゃないんですから」
「わたくしにとって歳を取ることはお化けに襲われるのよりも怖いことなのよ!」
その後、年齢に関する話をしたせいでご機嫌斜めになったオリヴィエをなだめながら、ジャレッドはなんとか誕生日パーティーをする約束を取り付けたのだった。




