【間章9】オリヴィエと家族たち2.
ハンネローネに実家に連絡を取ってもらうと、かつてオリヴィエの洋服を仕立ててくれた仕立て屋がその日のうちにきてくれた。
「またオリヴィエお嬢様にお会いすることができたこと、このランドック大変嬉しゅうございます」
「もうランドックったら大袈裟ね。でも、そうね、あなたとは十年近く会っていなかったものね」
「すっかり年老いてしまいましたが、こうしてお嬢様のドレスをまたお仕立てさせていただけるとは……長生きをするものです」
十年ほど顔を見ていなかったランドックは、白髪混じりの初老となっていた。聞けば孫もいるらしく、月日の経過を感じずにはいられなかった。
彼は娘を連れて、慣れた手つきで女性陣の採寸をしてくれた。
オリヴィエとしては妹たちに数着作ってもらい、自分には一着で構わないと考えていたのだが、ランドックの勧めとすべてのパーティーで同じドレスを着るものではないと家族から言われたこともあり、結局三着仕立ててもらうことになってしまった。
ここにはいない婚約者がドレスの話を聞き、プレゼントしたいと言ってくれたのだが、未来の夫が魔術師として稼いだお金をこうも使っていいものかと悩んだりもした。だが、下手に遠慮してしまっても失礼かもしれないとも思えてしまったので、今回は甘えることにしたのだ。
公爵家に産まれながら物心ついた頃から贅沢を好まないオリヴィエだが、妹たちの喜ぶ顔を見て、自分のせいでみんなが遠慮してしまってはならないとも考えた。
なんだかんだといってジャレッドからのプレゼントという形になるので、オリヴィエ自身も心は踊っていたのは言うまでもない。
「幼い頃から存じておりましたオリヴィエ様のご結婚の際には、ぜひこのランドックめにウェディングドレスを仕立てさせてください」
懐かしい思い出話を交えながら、夕方までかかったドレスの仕立てを終えたランドックはオリヴィエにそんなことを言って帰路についていった。
彼の耳にも幾度となくオリヴィエの婚約話は届いていただろう。その度に、破談したことも聞いていたはずだ。しかし、ランドックはオリヴィエの幸せそうな顔を見て、必ず結婚すると見抜いたのだろう。まるで孫の成長を喜ぶ祖父のような笑顔だった。
「今日は疲れたでしょう。夕食の支度は休んでいなさい」
「わたしは問題ありませんので、お手伝いします」
「じゃあトレーネとわたくしだけでいいわ。イェニーとエミーリアはお母様とお茶でもしていて」
妹たちも手伝おうとしてくれたものの、長時間にわたる採寸等で疲れていたのだろう。素直な返事があがった。
母に妹たちを任せると、オリヴィエはトレーネと厨房に向かい夕食の支度を始めようとして、
「……こら、プファイル。あなたはどうしていつもこの時間になるとつまみ食いにくるのかしら」
「すまない。だが、訓練をしていたので小腹が空いてしまったのだ。携帯食も切らしているので、つい」
林檎にかじりついているプファイルを見つけ、ため息をつく。
「まったく、わたしがおやつを作ってあげたではないですか。もう食べてしまったのですか?」
「トレーネの作る菓子はうまかったのだが、半分ローザに奪われてしまった。奴め、今度仕返ししてやる」
「あなたたちはいつも取り合いをして……小さな子供じゃないのですから」
嘆息して戸棚から作り置いていたクッキーを取り出すトレーネの姿は、やんちゃな弟の面倒を見る姉のようにオリヴィエの目に映った。
「果物もいいですが、こちらのほうがお腹にたまるでしょう。ですが、夕食を残したら許しませんよ」
「承知している。ではさっそくいただこう……んっ、これもうまい。ナッツとチョコが多めで贅沢をしている気分だ」
小動物のようにクッキーをかじるプファイルに、珍しくわかりやすい微笑を浮かべたトレーネに、ついオリヴィエが笑顔となる。
「まるであなたたちは兄弟のようね」
「――っ、そ、そうだろうか?」
「プファイルが弟ですか……少々手のかかるところはありますが、そうですね、いいかもしれません。わたしには昔の記憶がありませんが、もしかしたらあなたのような弟がいたかもしれません」
「ねえプファイル、お姉ちゃんって言ってみたらどう? もちろんわたくしのことも姉と呼んでいいのよ」
「プファイル、わたしのことを姉と呼んでみてください。なぜか懐かしい気がします」
期待する瞳を向けられたプファイルは、視線を彷徨わせてから、クッキーの載せられた皿を抱えると、
「だ、誰が姉などと呼ぶものか!」
さっさと厨房を出て行ってしまった。
「あら、残念ね」
「まったくです。しかし、なぜわたしは姉と呼ばれることに懐かしさを覚えたのでしょうか?」
「もしかしたら本当にどこかに弟がいたのかもしれないわね。最近は気にしていなかったけれど、記憶の方はまるで思い出さないのかしら?」
オリヴィエがトレーネを拾って数年が経っている。かつては家族を探そうとしたこともあったのだが、記憶がないことが大きな原因となり誰一人として近しい者を見つけることはできなかった。
トレーネ自身が過去をあまり気にせず、新しい日々を送っているので、深く過去を気にしたことはなかったのだが、大事な家族がどこでなにをしていたか気にならないわけではない。なによりも、彼女に家族がいてどこかで探していたのなら、会わせたげたいと思う。
「残念ではありますが、なにも思い出せません」
「そう……いつか思い出せるといいわね」
「はい。ですが、こうしてオリヴィエ様とハンネローネ様に拾われ、家族として扱っていただきました。今では家族も増え、賑やかな毎日なのでわたしはしあわせです」
はっきり笑顔を浮かべて言ってくれた大切な妹を、オリヴィエは力一杯抱きしめる。
「あなたがいてくれてわたくしも幸せよ」
血のつながりこそないが、掛け替えのない家族がいる自分はとても恵まれているのだと強く思うオリヴィエだった。




