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0.Prologue.


 聖堂の様な神聖さを感じさせる造作の、広い部屋に、五十代と思われる男性が目を瞑り立っていた。

 短く刈り込んだ頭髪と、無精ひげを蓄えた男性の体は無駄なく鍛えられており、王を連想させるきらびやかな衣装の上からでもいまだ現役だとよくわかる。姿こそ王だが、男性の本性は戦士であり、常に戦いと強者を求めていた。

 血に飢えていると言っても過言ではない男性は、静寂の中から近づく足音に気付き目を開く。

 部屋は常に開放しているため扉はなく、ノックもいらない。

 かかとを鳴らして部屋の中に現れたのは、赤い戦闘衣に身を守った赤毛の少女だった。年齢は十代後半だろう。長身で美女と言えるが、どこか冷たい印象を放っていた。


「お父様――プファイルが、ハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイの殺害に失敗しました」

「そうか。報告ご苦労だった、ローザ」


 ローザと名を呼ばれた少女が、父のそばで片膝を着きプファイルの失敗を報告する。しかし、男性は落胆するのではなく、獣のような笑みを浮かべた。


「プファイルは死んだか?」

「いえ、生きています。敵対した者に手心を加えられたようですが、おそらくは情報を得るためでしょう」

「だが、拷問程度で情報を明かす鍛え方はしていない」

「ですが、プファイルは暗殺者ではありません」


 娘の言葉に、小さく男性は笑う声を上げた。


「お父様?」

「確かに、プファイルは暗殺者ではない。私が、私の後継者のひとりとして、自ら手ほどきをして育てた。強いていうなれば戦闘者だ。だが、それはお前も同じだ、ローザよ」

「存じております。私もまた、暗殺者ではなく戦士です」

「そうだ、戦士だ。今の世にはもう戦士などは数えるほどしかいない。剣士、騎士、冒険者、魔術師などと肩書は多々あるものの、戦士と呼ぶにふさわしい人間はほんの一握りだ。だが、大陸では奴らが跋扈している。実に嘆かわしい」


 膝を着き、父親の言葉に耳を傾けているローザに視線を向け、男性は立つように命じた。

 素直に従う娘に満足すると同時に、戦士でありながら従順すぎることを案じてしまう。


「依頼人はどうした?」

「プファイルの失敗以降、連絡を取る者がいないので放置しています。必要であれば誰かを遣わせますが?」

「自らの手を汚す覚悟のない人間など放っておいても構わないのだが、プファイルを倒した男に少し興味が沸いた。ローザよ、貴様に任せる」


 ローザは驚きに目を見開いた。


「私が、ですか?」

「不服か?」

「いえ、そんなことはありませんが、私が戦うほどの相手なのでしょうか? 聞けば、プファイルを倒したとはいえ苦戦した男です」

「それを確かめるためにも貴様と戦わせるのだ。私の後継者のひとりを倒した男――ジャレッドとか言ったな?」

「ジャレッド・マーフィーです。ダウム男爵の孫であり、リズ・マーフィーの息子です」

「おおっ! あの、剣の鬼と、魔術馬鹿のお転婆娘の血縁者か! ならば、プファイルが負けてしまう要素はあったわけだ。だとすれば、なおさらこのままにしておくのはもったいない。ローザ!」

「はい、お父様」


 楽しそうな父を久しぶりに見たローザだったが、間違いなく面倒事を口にすると覚悟していた。

そして、


「ジャレッド・マーフィーと戦ってこい。そうだな、しばらくはアルウェイ公爵家を乗っ取ろうと愚な企みをする馬鹿な女に付き合ってやれ。その上で、その男と戦え」

「殺しますか?」

「殺せるなら殺してもよい。ただ、お前が戦った上で認めることができるだけの実力を持っていると判断したら――私の前に連れてこい」

「まさか……お父様はジャレッド・マーフィーを」


 信じられないとばかりに声を震わす娘に向かい、


「そうだ。私の後継者として育ててみるのもおもしろそうだ」


 実に楽しそうに子供のような笑みを浮かべる。


「後継者は私ではないのですか?」

「お前はあくまでも後継者として育てているひとりだ。まあ、現時点では私の後継者はお前になるだろうがな」

「でしたら――」

「――ローザよ、お前は私ではない。信頼できる相手を作り、夫とし、子を産み、後継としろ。たとえ、お前が私の後継者になれなかったとしても、戦士として血を絶やすな」

「まさかお父様はジャレッド・マーフィーを私の夫のするつもりなのですか?」

「それこそまさかだ。少々気が早いぞ。だが、ジャレッド・マーフィーが私の後継者として、相応しい力を秘めているならば、この私自らが鍛え上げてやろう。その上で、本当に私を継ぐのか、それともお前の夫になるのかは、神のみぞ知ることだ」


 口にこそしないがはっきりとした不満を抱えている娘を前に、楽しそうに笑い続ける男性こそ――ヴァールトイフェルの首領である「ワハシュ」だった。数百年を生きている「怪物」である。

 数年ぶりに心から笑うことができたワハシュはジャレッドに感謝する。長く生きているため、心が乾いていると思っていたが、まだまだ世界に潤いがあることを知れた。


「近年では、混沌軍勢と呼ばれる組織が大陸を、いや――ウェザード王国を中心に活動を広げているときいている。規模は脅威ではないが、我らと違い奴らには狂気が宿っている。末端の人間までは知らぬが、トップの連中は間違いない」

「父上は混沌軍勢を放置しておくのでしょうか?」

「今は放っておけ。何度か依頼先で出くわしたと報告があるが、気にするほどではあるまい。そもそも我々ヴァールトイフェルと混沌軍勢では目的も思想も違う」


 長く生きているワハシュの耳にも、混沌軍勢の話は届いていた。

 しかし、脅威には考えていない。ワハシュにとって、混沌軍勢など自らの組織であるヴァールトイフェルの敵ではない。

 その考えは傲慢ではあるが、過信ではなかった。

 鍛え抜かれた暗殺者たちと、自分の後継者候補たち。そして、なによりもワハシュそのものが戦力としているのだ。

 国と戦っても勝利する自信がある。だが、争う必要がないからおとなしくしているだけに過ぎない。

 ワハシュにとって、戦闘は好ましい。しかし、王や貴族などを相手にしながら、国と戦うことや、国同士の戦いに参加することも面倒であった。

 近年では後継者を鍛えることに時間を費やしていたため、心が躍ったことなどない。

 そんなワハシュが、後継者のひとりであるプファイルを倒したジャレッドに興味を持つには十分すぎた。


「さあ、愛娘よ。いって、ジャレッド・マーフィーの実力を試してこい。本当に私と対面することが許されるだけの人物かどうかを見極めてくるのだ!」

「かしこまりました。ヴァールトイフェルの名のもとに」



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