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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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【間章8】婚約者の祖父4.



「なんだ、きてたのか?」


 見送ってくれた孫の婚約者に別れと感謝の言葉を告げたワハシュが屋敷を背にして歩いていると、紙袋を持ったジャレッドが前方から歩いてきた。


「……お前にはすまないと思ったが、オリヴィエ殿と話をさせてもらった」

「こういうことは言いたくないけど、前もって俺に一言言えよ」

「言おうとも考えたが、反対されると思ったのだ」

「反対なんて……したかもしれない。だけど、オリヴィエさまが会うと言うなら、頭ごなしに駄目だなんていわなかったと思うぞ。たぶん」

「そうか。では、次の機会があればそうしよう」


 祖父と孫という関係ではあるものの、二人にはどこか壁があった。無理もない。ジャレッドにとって祖父は父方だけだと思っていたのだ、ワハシュの存在を知ったのも最近であり、しかも婚約者を狙った組織の長でもある。


 対してワハシュも心境は複雑だ。飛び出した娘が子供を産んだことは知っていたが、ついに娘の存命中に会うことはできなかった。ヴァールトイフェルを隠れ蓑にした組織に孫が売られたことを知ったのも、だいぶ後になってからであり、直接顔をあわせたのは娘の仇を取るために行動を起こしてからだ。

 気まずいとかそういうのではなく、両者ともにどう接していいのかわからないというべきだろう。一度は戦った仲でもあり、ジャレッドは本気で挑み、ワハシュはあしらった程度だ。その戦いが尾を引いていることはないが、出会った祖父と孫がすべきことではないことくらい二人ともわかっている。


「おい」


 孫の横を通り過ぎたワハシュに、背後からジャレッドがリンゴを投げつけた。

 当てるつもりで力任せに投げたリンゴは、振り向きもせず、音も立てずにたやすく受け止められてしまう。

 たったこれだけのやり取りで、自分よりもはるか高みにワハシュがいるのだと痛感したジャレッドは、つい舌打ちをする。


「危ないではないか」

「嘘つけ。せめて振り向くくらいしろよ」

「このリンゴは土産としてもらっていこう。ではな」

「待てよ」


 再び足を動かしたワハシュにジャレッドが声をかける。


「なんだ?」


 今度は足を止め、振り返った祖父に、ジャレッドは少しだけ言葉を選びながら、ぎこちない表情で口を開いた。


「あー、なんていうかさ、よかったら、飯でも食っていけば?」


 頬を指でかき、そっぽを向きながらそんなことを言ってくれた孫に、ワハシュは驚いた。まさか食事に誘われるとは思ってもいなかったのだ。


「なに面食らった顔してるんだよ。そりゃ、俺たちは顔を見合わせて食卓を囲む仲じゃないけどさ、一応、祖父と孫だろ。一度くらい、そういうことをしてもいいんじゃないかなって思っただけだ。ほら、それにローザもプファイルもいるんだ。きっと喜ぶさ」


 口には出さないが、オリヴィエもジャレッドが祖父との関係が希薄であることを気にしていた。ハンネローネなどは、いつもとかわらず食事に招きたいと言っていたことも思い出す。

 命を狙われた過去を持ちながら、やはり剛毅な母娘だと思わずにはいられない。そんな二人に影響されてしまったのかもしれないと苦笑が浮かぶ。


「ありがたい誘いではあるが、これから人と会わなければならない。また今度の機会にしよう」

「そっか。じゃあしょうがないか。うん、じゃあ次の機会に」

「ああ、楽しみにしている」


 小さく手をあげ、再び背を向けたワハシュは静かに歩いていく。その時、強い風が吹き、思わずジャレッドが腕で顔を覆った。


「……だからさ、あんたらはどうしてそう簡単に消えることができるんだよ」


 その刹那の間に、目の前にいたはずのワハシュが消えており、ジャレッドは驚いたような呆れたような声を出すのだった。


「ま、とりあえず一歩前進か」


 周囲に人気のないことを確認しながら、そんなことを呟くジャレッド。出会いこそ、決していいものではなかった祖父だが、今は少しずつ歩み寄ってみようと考えていた。

 素直に行動に移すことができないでいるものの、時間をかけてでも距離を縮めようと考えていた。母の死の真相の判明、元凶を片付けたことなどから、ジャレッドの心は軽くなり余裕があった。オリヴィエと一緒に過ごすことによって、家族の大切さを学び、なによりも亡き母のためにもと考えられるようになったのだ。


「またな、ワハシュ」


 まだ祖父と呼ぶことはできないものの、いつかそう呼べる日がくればいいと思うのだった。




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