【間章8】婚約者の祖父2.
「私は、決して家族思いの人間ではなかった」
そんな言葉と共に、ワハシュは語り始めた。
「娘たちに対しても、そして息子同然に思っていたプファイルにも、なにひとつとして満足になにかをしてやることはできなかった。だが、私は私なりにではあるが、子供たちのことを大事に思っている」
「存じています」
確かにワハシュは一般的な父親らしいことはしてこなかっただろうし、できなかったのだろう。だが、彼が子供たちを大事に思っていることはわかる。なぜなら、娘のローザも、息子同然だと言われたプファイルも例外なくワハシュを慕っているからだ。
亡き娘のために復讐まで行おうとした彼が、子供たちを愛していないはずがない。
「無論、ジャレッドのことも変わらない。しかし、私は孫の存在を知っていながら放置していた。私のもとから離れていった娘の子だ、私がそばにいることを望まないだろうと」
その判断がよかったのかどうか、オリヴィエにはわからない。
「だが、運命とは残酷にできているのだと思い知らされた。まさか、私の組織を隠れ蓑にした場所に、あろうことか売り払われ、一時的とはいえ所属していたのだからな」
人の縁と言うべきか、運命的なものを感じてしまう。
ジャレッドは決して人並みの幼少期を送ったわけではない。母を亡くし、後妻との関係は良好だったが、父親とその側室とは不仲だった。挙げ句の果てには、側室に疎まれとある組織に売られてしまったのだ。
しかし、そのことがジャレッドにとって大きな転機になったのかもしれない。
非合法施設でルザー・フィッシャーと出会い、二人で協力して逃げ出した。生き別れになってしまったものの、ジャレッドは師匠となるアルメイダに拾われ、魔術師としての才能を開花させることとなる。
その後、王都に戻り、オリヴィエの婚約者となった。そして、苦しんでいる彼女を救い、家族となったのだ。
今では、命を狙った人間までもが家族としてひとつ屋根の下で暮らしているのだから、人生なにが起きるかわからない。
「実に恥ずかしい話だが、そのことを知ったのはだいぶ後になってからだった」
悔いるように、ワハシュは顔を歪めた。
「言い訳にしかならないが、私は組織というものに疎く、信頼し任せていた人間がいたのだが、裏切られてしまってね。結果、私の組織は必要以上に暗殺を請け負うことになっていった。そのひとつが君と母君を狙った依頼だ。その結末は君も知っているから省こう」
ドルフ・エインという男によって、秘密裏に暗殺組織ヴァールトイフェルは私物化されかけていた。ローザたちとは違う後継者たちも、ドルフに従い、組織は半ば割れていたといっても過言ではない。
オリヴィエもローザやプファイルから事のあらましは聞いている。父の側室であるコルネリア・アルウェイの依頼を受けたのが、ドルフ・エインであることを。
そして、ドルフはワハシュに、後継者たちはプファイルたちに倒された。
この出来事のせいで組織は大きく衰退したというが、ワハシュたちがいるかぎりいかようにもなるだろう。
「君や母君には何度謝罪しても足りぬだろう。許しを請うつもりもない。存分に恨んで欲しい。私はそれだけのことをしたのだから」
「いいえ、わたくしは恨みません。母もでしょう。あなたが悪くはない、とは口が裂けても言えません」
「そうだろうな」
「ですが、もうやめましょう。悪人は相応の処罰をされました。わたくしも、母も、前に向かって進んでいます。ジャレッドも、そして家族となったローザとプファイルもです」
「命を狙った人間を家族と呼べる君を心から尊敬しよう」
一歩間違えば亡き者にされていた可能性がありながら、それでも自分の命を狙ったプファイルとローザを家族だとはっきり断言したオリヴィエに、
「やはり君が孫の婚約者でよかった」
優しく微笑んだのだった。




