【間章8】婚約者の祖父1.
オリヴィエのもとに婚約者の祖父ワハシュが訪ねたのは、うっすらと雨雲が広がる日の午後だった。
事前に手紙こそもらっていたが、長年自分と母の命を狙っていた大陸一の暗殺組織の長の訪問はさすがのオリヴィエも緊張を隠せない。
いくら婚約者の祖父とはいえ、ジャレッドとワハシュは初対面で殺しあった関係だ。そして、何度もオリヴィエたちの危機を救い、敵に打ち勝ってきた彼が手も足も出ずに敗北した数少ない相手である。
「突然の訪問にも関わらず会ってくれたことに心から感謝する。オリヴィエ・アルウェイ殿」
「いいえ、ジャレッドのお爺さまなのですから」
応接室でテーブルを挟んで向かい合う二人。
オリヴィエは作り物ではない笑顔を浮かべつつも緊張し、ワハシュは初めて出会ったときとは違いスラックスにシャツとジャケットという楽な出で立ちのまま難しい顔をしていた。
「ふっ。祖父か……私は祖父らしいことなどなにひとつしていない。ジャレッドは、ダウムの世話になった。おかげで君のようによき伴侶に恵まれ、こうして家庭を持つことができた。礼を言う」
オリヴィエの頰が赤らむ。未だ婚約者という立場でしかないが、いずれは彼の伴侶となって支えていきたいと思っているからこそ、彼の祖父に伴侶と呼ばれたことが嬉しかった。
「いいえ、そんな。わたくしたちの出会いは決してよいものではありませんでした」
「ダウムから聞いている」
「お恥ずかしいかぎりです。ですが、今は彼を愛していますし、愛することができてよかったと心から思っています」
「重ねて感謝しよう。きっとリズも喜んでいるはずだ」
「そうであればわたくしも嬉しいですわ」
ワハシュは亡き娘の名を呼ぶときに、いかつい顔を優しくすることに気づく。
オリヴィエは、今まで何度も母を狙われ、失ってたまるかと必死だった。その甲斐あって、今は平穏な日々を手に入れたが、家族を失ったワハシュの心中はどのようなものだろうか。
年下の婚約者のジャレッドだってそうだ。幼い頃に母を亡くし、父との関係はよくなかった。幼少期に寂しく過ごした彼や、離れて暮らしていた娘を失ったワハシュの気持ちは想像することも難しい。
「あの、本日はどのようなご用件でしたか? わたくしにだけ会いたいと言われていましたが、なにか粗相でも?」
ジャレッドでも、一緒に暮らすローザやプファイルでもなく、オリヴィエだけと会いたいと名指ししてきた彼の心中がわからずに問う。
今、屋敷にはオリヴィエだけだ。ジャレッドには買い物を頼み、母は父の元へ。トレーネは璃桜が客人を招きたいらしいので準備のため母の付き添いもかねて本家へ。ローザとプファイルは自由にしており、アルメイダも所用でいない。璃桜もいつのまにか屋敷にいなかった。
暗殺組織のトップと単身で会うなど、無謀にもほどがあるが、愛する人の祖父だからこそ下手な警戒はしたくなかった。
ちなみに、ジャレッドにはワハシュと会うことを伝えていない。きっと反対するだろうし、ひとりでなんて絶対に会わせてくれないとわかっていたからだ。
あとで怒られるかもしれないが、それでもオリヴィエはワハシュと会っておきたかったのだ。
「なに、ジャレッドは私に対して複雑な思いがあるだろうから極力顔を合わせないようにしているだけだ。孫の代わりにするわけではないが、ジャレッドの伴侶となる君に私のことをしっておいてほしいと思ったのだ」
「お爺さまのことを、わたくしが、ですか?」
「もちろん、無理にきいてほしいわけではない、君さえよければ、だ」
「ぜひお聞かせください」
躊躇うことなく、受け入れたオリヴィエに、
「感謝する」
ワハシュは目尻に皺をよせ、感謝の言葉を伝えた。




