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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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【間章7】動き出す竜2.



「なんじゃと? それはまことか?」

「ええ。より正確に言うなら後継者というべきか迷ってしまうわね。私の勘が正しければいずれ後継者になる恐れがあるってことかしら」

「ふむ。いまいちわからんのう」

「そうね、もしくは――」

「なんじゃ?」

「新たな始祖になる可能性だってあるってことよ」


 兄の言葉に璃桜は嘆息した。実に面倒な話だ。兄が姉になってしまったのもそうだが、竜としてこういう話が面倒だからこの国で暮らしているというのに。


「兄上が動くほどならば妾がサクッと殺してきてもいいんじゃぞ。いくら始祖とはいえ、竜には勝てまい」

「あなたね……どこからそんな自信がくるのよ。竜だって負けるときには負けるわ。私とジャレッドが証明したじゃない」

「じゃが! 兄上は本性を現してはおらんかったじゃろう!」

「だーかーら、姉上と呼びなさい。そうじゃなくて、私が竜として全ての力を出していなかったとしても、あのときジャレッドとの戦いはたとえ条件付きでも全力だったわ。だからこそ、素直に負けを認めたの。もし……殺しあっていれば、私はここにいなかったかもしれないわ」


 勝負に「もし」はないことを承知で晴嵐はそういった。璃桜だってわかっている。慢心を抜きにして竜である自分が強いことを。その上で、人間に負けてしまうこともあるのだと。事実、命こそ奪われていないが、屋敷を襲った輩に身動きを封じられたのは記憶に新しい。

 竜とはいえまだ幼いため認めたくない頑固なところもあるのだ。


「それにね、あなたに始祖は殺せない。始祖を倒すのは、人間。そう決まっているの」

「やっぱり面倒じゃ」

「そうね。でも、竜だって負けたわけではないわ。あの始祖にどれだけの竜が殺されたか……」


 忌々しい過去を思い出し、整った唇を噛み締める。


「幸い、始祖は不完全よ。始祖の体は滅び、分散された力も王の末裔に受け継がれているだけだわ。時間をかけていずれ消えるでしょう。でもね、ひとつだけ問題があるの」

「問題じゃと?」

「始祖と契約した人間が、現代にひとりだけ生きているわ。その人間が私は後継者になるとみているの。だけどね、その人間がなにを考えているのかわからないから、迂闊に手出しができないわ。脅威なのか、そうでないのか、せめてそれくらいはっきりしてくれればたすかるんだけど」

「ならばどうするのじゃ?」


 不安げな妹を安心させるように、頭を撫でると晴嵐は「そうね」と頬に手を当てた。


「いずれその人間はジャレッドに接触するわね。すでに周囲に姿を現しているらしいから。きっとすべての鍵はジャレッドなのかもしれないわね」

「また巻き込まれるのか、あ奴は。ここまでくると難儀を通り越して哀れじゃ」


 出会ってから色々な出来事に巻き込まれては戦い、傷つき、成長する兄と慕っている少年に璃桜は同情してしまう。


「そんなこと言わないの。運命なのか、選ばれたのかまでは私にもわからないけど――あの子は強いわ」

「そんなことは知っておる! 妾たちのような竜には届かなくとも、人間の限界に届きつつあるぞ。あやつの成長は見ていて心地いい。人間なのがもったいないほどじゃ。もっとも、人間の限界を超えている奴がふたりほどおるが、あれは例外じゃ」

「あら、そんな人がいるの?」

「おる。じゃが、寿命を超えて長く生きることができれば少々の才能と努力を継続すれば、限界など超えられる。ジャレッドはまだ十六じゃ、どこまで伸びるのか楽しみである」


 璃桜の脳裏に浮かぶのは、ジャレッドの祖父と師匠だ。師匠のアルメイダとは屋敷で一緒に暮らしているため接点は多く、人柄も好ましい。だが、ワハシュはよくわからない。

 ときおり屋敷を外から伺っているようだが、ジャレッドに声をかけることなく去っていくこともある。人間に遅れを取ってから周囲に今まで以上に気を使っている璃桜だからこそ、察知することができたが、あれほど気配を殺すのが上手ければ人間では到底気づけまい。事実、人間の限界を超えているアルメイダでも気づけていないのだ。


 何年生きているか定かではないが、ワハシュは人間としての寿命を超えて生きるよりも前から、限界というものを突破していただろう。そう考えてしまうほど、感じ取れる力、生命力、魔力が強かった。

 強気な言動の多い璃桜だが、ワハシュとだけは戦いたくないのが本音だった。


「あらあら、そうなのね。だからあなたは人間の国で、あの子を見守っていたのね」

「ふん」

「てっきり、みんなにちやほさされて、かわいがられているのが心地いいから竜王国に帰ってこないと思っていたわ。ごめんなさいね」

「ま、ままままま、まったく失礼な姉上じゃ。ひ、ひひひ、ひどい言いがかりじゃ!」


 言葉を震わせる妹に、晴嵐は半眼となった。


「……あんたって子はこんなときだけ姉上なんて言って。まあ、いいわ。それよりも、人間の街を案内してちょうだい。明日、王宮に挨拶しに行くことになっているのだけど、それまで暇なのよ。どうせ、あなたはこの国の王都を満喫したんでしょう。姉妹水入らずで観光がしたいわ」

「……妾は、兄上のくせに姉と言い張る者と水入らずなどしたくないぞ」

「まったく照れちゃって。ほら、いくわよ。おいしいものたべて、飲んみましょう。あ、もしかしたらナンパされちゃうかも。どうしましょう」


 急にくねくねしはじめる兄の姿に、


「もう嫌じゃ、こいつ」


 しくしくと泣きながら、璃桜は晴嵐に引っ張られて王都に向かうのだった。




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