【間章6】ルザー・フィッシャーの憂鬱.
ルザー・フィッシャーがジャレッドを訪ねてきたのは、よく晴れた日の午後だった。
まるでギャラガー一族の謀反などなかったのではないかと思えてしまうほど、平和な日々が続いていた。
「じゃあ、結局ルザーは宮廷魔術師にはならないんだ?」
「ああ。考えては見たけど、やっぱり俺には性に合わないかなって。一度は宮廷魔術師になることも考えては見たんだが、親父ができることなら家を継いでほしいっていったから」
「親子仲がうまくいっているようで安心したよ」
「ジャレッドには心配かけちまったからな。それに、たくさん世話にもなった。感謝してる」
ルザーにはジャレッドに大きな恩がある。
秘密裏に母をかくまってくれたことを始め、洗脳されていた自分を殺さずに倒してくれたことも、感謝してもしきれない。
おかげで今は幸せだ。
「そうえいば、聞いたよ。ミアと結婚するんだって?」
「あー……そういえば、ミアはオリヴィエさまと仲よくさせてもらってたんだったな。そうなんだ。隠しておくつもりはなかったんだけどな。いろいろ慌ただしかったから言うタイミングがなかなかなくてさ」
ミアとは、ルザーが洗脳されながらもヴァールトイフェルの暗殺者として利用されていたころから、彼のそばに居続けた少女だ。
彼女にもいろいろ事情があったが、今では静かにフィリップス子爵家で暮らしている。ルザーの両親から気に入られていることはもちろん、ミアがルザーを好いていることを知っていたため、二人がうまくいったのは弟分として喜ばしい。
「結婚式は?」
「まだ未定さ。ま、正室として籍に入ってもらうことになるんだが、一応子爵家とはいえ貴族だ。まだまだ勉強することが多いらしい。ミアはよろこんで学んでいるし、母さんも娘ができたとよろこんで嬉々としているからいいんだけど……」
「なにか問題でも?」
「いや、まぁ、そのさ、親戚がうるさいんだよ」
「あー。貴族ってどこも同じだよなぁ」
ジャレッドにはルザーの気持ちがよくわかった。
男爵家の長男でありながら、跡取りではなかったジャレッドだが、オリヴィエと婚約した途端疎遠だった親戚から突然の連絡があったのだ。祖父がすべて処理してくれたからよかったものの、長年顔を合わせていなかった人間までが公爵家との縁を欲して擦り寄ってくるのは、話だけしか聞かなかったとしてもうんざりした。
さらには宮廷魔術師になることが決まり、欲を出した親戚が娘を側室に――と、鬱陶しいことこのうえない。
同じことがルザーにも起きているのだと思うと、同情できる。
「そもそも俺ってさ、いないとされていた子供だったわけなんだよ。なのに、跡取り息子だ、宮廷魔術師に名前が挙がっただけで、結婚だなんだとうるさいのなんのって」
ルザーはフィリップス子爵と、子爵家に仕えるメイドの母ロジーナの間に生まれた子だった。
本来なら、ロジーナは側室となるはずだったのだが、当時の正室が平民のロジーナを側室として迎えることをひどく嫌がったのだ。子供がいない正室に対し、男児を産んだ彼女への嫉妬もあっただろう。
とにかく執拗な嫌がらせの果て、命まで狙われてしまい、親子は子爵家から逃げ出すほかなかったのだ。
ルザーは誘拐され、暗殺組織に売り飛ばされ、そこでジャレッドと出会うことになる。
子供を失ったロジーナは、病に体を蝕まれながらも息子を探しながら生き続けた。そんな彼女を、ジャレッドは保護し、かくまったのだ。
その後、紆余曲折ありルザーは母と父に再開し、親子に戻ることができた。
風の噂では、当時の正室は離婚後、どこかの貴族と再婚するも、借金を抱えて爵位を売り払うことになったらしい。その後、どうしているかまではルザーは知らないし、興味もない。
そんな生い立ちのルザーであるため、親族一同からいないものとして扱われていた。だが、魔術師としての実力、稀有な雷属性という秀でた才能と資質を持つことがわかった途端、周囲の人間の態度は一変した。
「あいつら本当にうぜぇ。許せないのは、なんでか上から目線なんだよ。平民の血を引いている俺を婿にしてやろう、とか、我が一族の娘を嫁にくれてやる、とか誰がそんなこと頼んだんだよっ!」
「だいぶイラついてるなぁ」
「あろうことかミアに金を渡して追い出そうとしやがった……気づいたら、その馬鹿の屋敷を燃やしてたよ」
「……まあ、気持ちはわかるよ。やりすぎだけど」
「そのおかげで、ミアがどうこうされることはなくなったけど、今度は側室をって。なかなか諦めないんだよ。あいつら、頑張るところを色々と間違えてるじゃないかって何度も思ったね」
呆れた仕草のルザーにジャレッドは苦笑する。
どいつもこいつも、人間の欲望に素直な奴らは同じらしい。
「しばらくは通過儀礼だと思って我慢するさ。そうそう、ジャレッド」
「うん?」
「俺は宮廷魔術師になることは断ったけど、王宮も魔術師協会も俺の代わりが見つかるまでは席を開けておいてくれるらしい」
「だろうね。ルザー以上の魔術師なんて簡単に見つからないだろうしね」
「どうだろうな。ま、今は宮廷魔術師になる気はないけど、いずれは変わるかもしれない。選択肢があることはありがたいさ。だけどな、お前が困っていたら、俺はいつでもかけつけてやる。どんなときでも、どんな場所へでも、必ずだ」
「……ルザー」
「恩もあるし、借りもある。だけど、それ以上に、俺はお前の兄貴だからな」
照れたように頰をかく兄に、ジャレッドは心が暖かかくなった。
「頼りにしてるよ、お兄ちゃん」




