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3.ジャレッド・マーフィーの憂鬱3.


 オリヴィエ・アルウェイ公爵令嬢と婚約が決まった翌日、ジャレッドの日常が特に変わることはなかった。


 ――ジャレッド以外は、だが。


 魔術師協会からの依頼も受けていないため、ウェザード王国王立学園に足を運んだジャレッドは、学園内で感じる違和感に気付いた。


「なんだか嫌な視線を感じるんだけど?」


 もとよりいい意味でも悪い意味でもジャレッドは生徒から有名だった。

 家督を継げない男爵家の長男として見下されながら、授業を免除される代わりに魔術師協会の依頼を受けている立場は、いくら魔術師とはいえ贔屓されていると思われている。

 事実、贔屓されているのだろう。

 秀でた部分を積極的に伸ばすことに力を入れる学園の方針では、ジャレッドの大地属性魔術師としての才能は他の生徒と分けてでも向上させたいはずだ。しかし、ジャレッドを教えることができる教師は学園にいない。

 いくら王立学園だとしても、魔術師そのものの数が少なく、秀でた魔術師の多くは魔術師団や貴族の家臣となっている。それ以上になれば宮廷魔術師だ。フリーランスの魔術師もいるのだが、そういった者は冒険者として活動している。つまり、教師で魔術師という都合のいい人間は決して多くないのだ。

 すでにジャレッドの魔術師としての実力は、魔術師協会が宮廷魔術師候補に選ぶだけあって、一般的なラインを超えている。

 五百人在籍している学園の生徒の中でも、魔術師は五十人ほどであり、ジャレッドに匹敵する魔術師は片手で数えるほどしかいない。彼らもまた魔術師協会と学園が授業免除と引き換えに依頼を受けているのだ。

 他の生徒からすればおもしろくないのは一目瞭然だ。

 なので、学園に足を運べば視線を受け、陰口を叩かれることは珍しくない。しかし、今回、ジャレッドが感じる視線はいつもと違う。

 ねっとりとした不快感が強い視線だ。見下されているのは普段通りだが、さらに別の感情が含まれているように感じた。


「あっ、よかった! いたいた! マーフィーくん!」


 視線を受けながら教室に向かっていたジャレッドを呼び止める声が聞こえ、振り返ると見知った少女が小走りでやってくる。

 亜麻色の髪を短く切り揃えた快活な印象の少女。やや小柄で、幼さを残すかわいらしい容姿をしているが、性格はしっかり者で生徒会にも属しているジャレッドが友達だと胸を張って言うことができる――クリスタ・オーケン。


「クリスタ、久しぶり。慌てているようだけど、なんかあったの?」

「うん、久しぶり――じゃなくって、マーフィーくんのせいで慌ただしいんだよ!」

「俺のせい?」


 心当たりがなく首をかしげてしまう。対してクリスタは盛大にため息をつくと、呆れたような視線を向けてきた。


「あのね、マーフィーくんもそうだけど、ここウェザード王国王立学園の生徒の半分が貴族なんだよ?」

「そんなこと言われるまでもなく知ってるよ。ただ、年々貴族の子女が減っているのも事実。なぜかというと、貴族ではないクリスタたちのようなみんなが頑張って勉強して入学するからだ。学園も阿呆な貴族の坊っちゃんたちよりも、伸ばすことのできる才能を持つ平民の方がいいと思っている。素晴らしい学園の方針だね」


 もっとも、ジャレッドはクリスタのように貴族ではないみんなを『平民』と呼ぶことが好きではない。とはいえ、他に言葉が見つからず貴族と分けるときには使っているのだが。


「学園の方針はありがたいと思っているし、貴族なのに私たちに分け隔てなく接してくれるマーフィーくんのことは大好きだけど、今はそれどころじゃないの!」

「だからなにがあったんだよ。さっきからずっと気持ちの悪い視線を浴びてうんざりしてるんだ」

「あのね、だからね、その原因がマーフィーくんなのよ」

「俺? どうして?」


 疑問を浮かべると、クリスタが一歩近づき背伸びをする。ジャレッドの耳元に口を近づけてそっと小さな声で話しだす。


「オリヴィエ・アルウェイさまと婚約したでしょ?」

「――な、ななな、な、なんで、それを」

「はぁ。だから言ったでしょう。この学園の半分は貴族なんだよ。貴族の噂好きは同じ貴族のマーフィーくんの方がよく知っているはずなんだけどなぁ」

「そんなまさか、昨日の今日だぞ」

「そのまさかが現に起こっているから生徒会は大変なんだよ! ほら、耳をすませて周囲の声を意識して」


 言われた通りに耳をすませる。雑音だと認識していた不特定多数の生徒たちの声に耳を傾けた。

 すると、「家督を継げない長男が婚約したって」「誰だよそのかわいそうな女性は」「あの有名なオリヴィエさまだとさ」「傑作だ、国で一番尻が軽い貴族と言われた女なら家督を継げない落ちこぼれにはぴったりだ」「あいつもうまくやったよな」「ああ、性格が悪く、尻が軽くても、相手は公爵家の令嬢だ」「家督が継げないなら女に取り入ればいいわけだ」「魔術師さまは優遇されていいな」と、不快な声ばかり聞こえる。

 他にも「どうせまたオリヴィエさまに捨てられる未来が見えているわね」「あの方は行き遅れているご自覚がないのでは?」「男が嫌いと聞きましたが?」「容姿がよろしければ性別は気にしないようですよ」「あら、お盛んね」「もしくは誰かの子種だけでもほしいと思っているのかしら」「結婚はしたくなくても母親にはなりたいということ?」「あんな人が母親になれるとは思えませんが」「マーフィーさまもかわいそうに」と、実に不愉快極まりない。

 いっそ文句を言ってやろうと口を開こうとしたが、ジャレッドの腕をクリスタが強く握った。


「駄目だよ」

「なにが?」

「マーフィーくんのことやオリヴィエさまのことを悪く言っている人たちに文句を言ったところでなにもかわらないよ。そんなことをすれば、噂話や陰口のいい材料になるだけだから、絶対に駄目」

「なら無視しておけばいいのか?」

「うん、そうだね。ごめんね、私が聞けなんて言ったから嫌な気分にさせたよね。でも、マーフィーくんに学園の中でオリヴィエさまとの婚約話でもちきりだってことを自覚してほしかったの」


 なにもクリスタが悪意ある言葉を聞かせたかったわけではないことくらいわかっている。

 誰も彼も噂話と憶測だけで、好き勝手に話しているだけ。そして、張本人のジャレッドがきたから視線が集まり、話も勢いを増したということ。

 正直、怒りが湧いてくる。自分のことだけならまだしも、祖父母から噂は事実ではないと聞いたオリヴィエのことまで言っていることも腹立たしい。

 確かにジャレッドもオリヴィエの噂話のことは知っているし、話してみてキツい一面があることもわかっている。無理難題も言われているので思うことだってある。

 それでも、彼女のことを知らない誰かが好き勝手に馬鹿にするような話のネタにしているのを聞けば不愉快になる。


「もういこう。先生にマーフィーくんを呼んできてほしいって頼まれていたのを忘れてた」

「先生が俺を? 特に用事がなかったと思うんだけど」

「詳しく知らないけど、魔術師協会の人がきているみたいだよ。なにかしたの?」

「あー、心当たりがないわけでもないや」


 おそらく宮廷魔術師候補の件だろう。

 祖父母に受けると言ったものの、昨日の今日でもう協会の人間が現れるとは行動が早いと感心する。それ以上に、本当に自分が宮廷魔術師を目指すことができるのだと思うと、表にこそださないが心が踊る。

 同時に心配事もある。

 宮廷魔術師の多くは、なにかしらの功績を残さなければならないのだ。誰もが宮廷魔術師にふさわしいと認めるだけの、功績を。

 ジャレッドにはそんな功績がない。

 ならば、どうすればいいのか。これから功績を立てるしかない。

 しかし、現代はありがたいことに戦争がない。魔獣討伐がせいぜいだ。ジャレッドも数多の魔獣を倒してきたが、功績を立てたのかと問われれば否定できる。数は多いが、質が大したことがないのだ。

 いっそドラゴンや災害指定級の魔獣を倒すことができればいいのだが、ドラゴンとはウェザード王国は同盟を結んでいるし、災害指定級魔獣が現れれば国の危機だ。

 なにをもってして宮廷魔術師候補として活動していけばいいのかわからない。

 降って湧いたチャンスに喜びながら、数歩先が見通すことができない現状に一抹の不安を覚えずにはいられなかった。


「心当たりってなに?」

「あとで説明するよ。今は、とにかくここにいたくないから職員室にいこう」


 未だ楽しそうに陰口を叩いている生徒たちを一瞥すると、小さく鼻を鳴らして背を向けて歩きだした。




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