【間章5】プファイルの恋の行方とこれから1.
ヴァールトイフェルの暗殺者プファイルに、ウェザード王国の民になる許可と、宮廷魔術師への打診が届いたのは平和な日常が続いたある日のことだった。
「……まさか私を宮廷魔術師にしようとは、ウェザード王国もなかなかどうしておもしろいこと考えるな」
公爵家の別宅であるこの屋敷の与えられた自室で、王家の刻印が入った手紙を読み、プファイルは思考する。
アルウェイ公爵から自分の正体を聞かされているはずにもかかわらず、度胸があるのか愚かなのか判断に迷うところだ。
ウェザード王国の民になれたことは素直に嬉しく思う。
「今後のことを考えれば宮廷魔術師になることもひとつの手段かもしれない。だが、私はヴァールトイフェルの人間だ」
暗殺者であり、戦闘者でもあるプファイルは、別の生き方を知らない。戦いの中でしから生きられなかった。
もともと自分にヴァールトイフェル以外の生き方があるとは思いもしなかった。それは同僚のローザ・ローエンも同じはずだが、彼女は変わった。
プファイルのライバルであり、ローザの甥にあたるジャレッド・マーフィーと戦ってから、よくも悪くもローザは変わったのだ。
年下の少年に愛され、まんざらでもないどころか熱を上げている始末。かつての冷徹で任務のためならどんな手段も厭わない彼女はもういない。
不思議と落胆はしておらず、失望もない。プファイル自身が驚くほど、幸せになってほしいとさえ思うのだ。
「やはり私は甘くなった。きっとローザのようにジャレッドの影響を受けてしまったのだな」
つい苦笑が漏れる。
はじめて彼と出会い、殺しあったことを思い出すと今のような関係になるとは思えなかった。
プファイルは笑みを浮かべつつ、ある人物を訪ねることにした。
※
「久しいな、プファイルよ」
「ご無沙汰しています。ワハシュ」
王都を一望できる丘にリズ・マーフィーの墓がある。
ヴァールトイフェルの長ワハシュの長女であり、ジャレッドの母親でもあるリズの墓に、彼が毎週寄っていることは知っていた。
邪魔をしたくなかったので、ここには数える程度しかきたことはないが、ワハシュと確実に会うためにプファイルはこの場で彼を待っていた。
「王都の暮らしはどうだ?」
「私にはあまりある日々です。幸い、ジャレッドのまわりでは大事ばかりなため、飽くことがありません」
「ふっ、そのようだな」
ワハシュはプファイルにとって師であり、育ての親だ。
父親と呼ぶほどではないが、今はいない姉と一緒に組織に拾われ、衣食住を保証された。姉と共に恩返しをするべく、暗殺組織と知っても忠誠を尽くした。
姉を失いはしたが、組織を恨んではいない。組織を私物化しようと企んだ男も、もうこの世にいないこともあって、恨みや憎しみを組織に向けることはなかった。
「随分と活躍したそうだな。お前を育てた者として鼻が高い」
「勿体無いお言葉です」
「だが、いささか注目を浴びすぎてもいる」
「……承知しています」
長の言う通り、プファイルは目立ちすぎた。ジャレッドたちとともに戦ったせいで、影に潜む暗殺者であるこにもかかわらず、名が知れ、顔を知られた。
――ヴァールトイフェルとして恥ずべきなのかもしれないが、不思議と後悔はない。
自分で選び行動したことに、迷いはもちろん、後悔も、罪悪感もなにもなかった。
何度同じ場面を繰り返しても、同じ決断をするだろう。
「誤解するな。責めているわけではない。我らはもう暗殺組織を廃業する頃合いだと考えている」
「……ワハシュ? なにを言っているのですか?」
「暗殺組織ではなく、傭兵組織に戻るべきかもしれぬと考えている。かつて戦乱の時代ならいざしらず、現代で暗殺を望む者にろくな人間はいない。組織の運営を他の人間に任せていたせいで、お前たちにはすまないことをしたと思っている」
まさか謝罪されるとは思っておらず、プファイルは内心動揺していた。
確かに彼の言う通り、暗殺者が求められる場面は多くとも、理由はそれぞれだ。中にはひどい理由の依頼もあった。そういう場合は受けないことが多いが、組織を隠れ蓑に粛清されたドルフ・エインが引き受けていたことも知っている。
プファイルは、思う。生きる術を与えられ、居場所を得た。暗殺者になったのはすべて自分の意思だ。無論、中には暗殺者になることを望まない子供もおり、彼らはヴァールトイフェルと関わりがある孤児院で生活している。
「ワハシュが最近、なにも依頼を受けていないのは……」
「思うことがあったからだ。私は己が強くなると同時に、強い兵士を集めようとしていた」
「存じています」
「無論、そのための理由はあるが、強さのためになら手段は考えずともよいと思っていた。暗殺を受けるようになったのも、私がそれをよしとしたからだ。だが、最近になって、間違っておらずとももっと別な方法があったのだと知った」
「ジャレッド、ですか?」
彼は頷いた。
「奴だけではない。組織を出奔した娘リズもだ。二人は、私とは違う過程で強くなった。甘いが、まっすぐな強さを得た。私は強さを求めるあまり、お前たちに不必要に手を汚させてしまった。それだけは悔やんでいる」
「なぜ急にそんなことを?」
「……娘を失い、孫の成長を見ることができず、我が子同然のお前たちに重荷を背負わせた老人が、己の過ちを知ったのだ」
言いたいことはわかる。だが、どうして急に、そんなことを思うようになってのか、プフファイルは気になった。
「ウェザード王国から手を組みたいという打診が届いている」
「まさか……我々とですか?」
「そのまさかだ。ウェザード王国は騎士団と魔術師団をひとつとし、王立魔術騎士団とするらしい。その団員に、我らを欲しているのだ」




