【間章3】ヘリング家の事情2.
「……ところで話は変わるが、お前に恋人か、親しい女性はいるか?」
ラウレンツは父の言葉の意味がわからず、しばし呆けてしまった。
つい先ほどまでとても大事な話をしていたはずだったのに、なぜ自分の女性関係に父親が興味を持つのか理解できない。
あと、息子とそんな話をするのが気まずいのか、恥ずかしいのか、少し赤い顔をして視線を合わせようとしないのも、微妙に嫌だった。
「い、いいえ、友人はいても、特別親しい人はいませんが……。それがどうかしたのでしょうか?」
「お前の友人のジャレッド殿がそうであったように、お前にも縁談の話がきているのだよ」
「……そんなまさか」
なぜ自分に、と疑問が浮かぶ。無理もない。しがない学生でしかないのだ。
公爵家の婚約者がいるわけでもなく、学園で特待生になっているわけでもない。どこにでもいる平凡な人間でしかない――と、ラウレンツ自身は思っている。
「なぜでしょうか?」
「それはもちろん、お前が宮廷魔術師に推薦されたからだ」
そう言われて、合点がいった。ラウレンツ自身は突然のことすぎて実感がなかったが、周囲から見れば宮廷魔術師に名が挙がっただけでも将来有望であり、たとえ話を蹴ったとしても、縁を結ぶには十分すぎる。
「……なるほど、これがジャレッドの気持ちなんだな」
思い返せば、自分も宮廷魔術師候補になったばかりのジャレッドに向けていた感情は、今の自分に周囲が向けているものと同じだったのかもしれない。
「ジャレッド殿の場合は、タイミングも悪かった。オリヴィエ殿と婚約の話が出てすぐだ。その実力を疑問視したものはおおかっただろう。しかし、彼は数々の功績をあげてその疑問を黙らせた」
それはラウレンツもよく知っている。とくに宮廷魔術師候補を殺害したバルナバス・カイフの一件でジャレッドの実力や、コネを使ったのではないかという疑惑は完全に消えたはずだ。
「魔術師に連なる者も、そうでない者も、宮廷魔術師という地位は旨味があるようにしかみえないのだろう。いや、違うな、実際に旨味はある。国で十二人の実力者であり、その者たちには爵位も与えられるのだ。どの家も、娘を差し出してでも縁を持ちたいと思うはずだ」
実際問題としてラウレンツは将来の相手として有望株だ。
伯爵家の長男であり、宮廷魔術師に推薦されている。それだけで貴族はもちろん、有力な商家も縁を繋ぎたいと願うだろう。さらに、特定の婚約者がいないことも大きい。
彼の友人のように婚約者がおり、しかもその女性が側室を拒んでいるという状況でも縁談の話は後をたたないのだ。面倒な要素のないラウレンツに、現時点で縁談の話が我先にと届くのも無理がないことだった。
縁談相手は、ラウレンツと面識のある学友からはじまり、行き遅れの女性。酷い場合だと、まだ少女にもなっていない幼い子や、離婚し出戻った女性までと幅広い。
当人同士の相性や、娘を気にいるかどうかなど全く考えていない申し出も混ざっており、ケンドリックが息子の知らないところで頭を抱えたのはいうまでもない。
「僕はまだ十六歳です。成人もしていないのに結婚なんて、考えられません」
「そうは言うが、せめてジャレッド殿のように婚約者くらいはいなければ、今後も縁談の申し出は後をたたないだろう。お前に近づいて甘い汁を吸おうと企む者や、それこそ近しい人間に近づいてあわよくばと思う人間だっているのだ」
「それは、そうかもしれませんが、やはり早いと思います」
「父親としては確かにまだ早いのかもしれないと思うが、同じ男としてならば、宮廷魔術師になるのであれば十分に家族を養っていけるだろうから、早いということもないだろうな」
ケンドリックの言うとおり、もし宮廷魔術師を受けるのであれば、就職が決まると同然だ。安定した給金を得ることができる。妻を得ても、養うことはできるし、子ができても十分余裕はある。
宮廷魔術師として爵位をもらわずとも、ラウレンツはヘリング家の跡継ぎだ。やはり、結婚するには問題ない。
たしかに、まだ未成年で急ぎすぎると言う意見もわからないわけではない。学生の身であり、親の世話になって生活している息子からすれば、いくら未来が明るいからといってそうそうに受け入れられることではないのだろう。
そもそもラウレンツにとって宮廷魔術師に推薦されただけでも夢のようで、未だ信じられない状態なのだ。そこへ、将来を見込んで縁談などと言われても、思考が追いつかないのが正直なところだった。
「お前も混乱しているのだろうが、宮廷魔術師の件と同じように、縁談のほうも考えておいてくれ。あとで相手の詳細を届けよう」
「わ、わかりました。努力します」
望まない結婚は嫌だ。相手が無理強いされて嫁いでくるのもごめんだ。
いずれは人生のパートナーを選択しなければいけないのだろうが、まだその時ではないと思えてならない。
ラウレンツは親友のことを脳裏に浮かべる。
かつてまだジャレッドと親友と呼べる関係ではなかった頃、宮廷魔術師候補となった彼の背後に婚約者のオリヴィエの力がったのではないかと疑い、口論となった。
仲間の一人が、オリヴィエにまつわる噂を鵜呑みにし、ジャレッドに言ってしまったことで彼は本気で激怒した。
そんなことをきっかけに親しくなり、今ではオリヴィエとも会う仲になった。ラウレンツから見ても、二人は相思相愛に思える。
まるで幼い頃からずっと思い合っていたとさえ勘違いしてしまうほど、親友と彼の婚約者の仲は深い。
――僕にもジャレッドたちのように、本気で誰かを想うことができるのか?
もし結婚をするのなら、心から愛することのできる女性と添い遂げたい。そんなことを思うラウレンツだった。




