【間章2】国王と王女と五人の少女のこれから4.
「では、私たちの関係が壊れなかったことに安心できたので、続いて君の話をしよう」
「はい」
「ジャレッド、君は後日、正式に宮廷魔術師第七席に任命される」
ついにその時がきた。オリヴィエと出会い、宮廷魔術師になれなどと無理難題をふっかけられた。だが、蓋を開けてみれば、宮廷魔術師候補の打診がきており、驚いたのは言うまでもない。
従来の宮廷魔術師候補たちとは違く、ジャレッドは国が決めた試練をクリアしたわけではない。しかし、それ以上の功績を残したと言っても過言ではなかった。
「……あの、宮廷魔術師の任命はすごく嬉しんですけど、第七席ってトレスさまだった気がするんですが」
「気にしなくていいんだ。トレス・ブラウエルとアデリナ・ビショフは上の席に座ってもらうことになった」
ジャレッドは驚いた。自分の知る限り、宮廷魔術師の席次が変化することは滅多にない。
宮廷魔術師の席次は王宮と魔術師協会が定めるものだ。空席があるからとそこに座れるものではないと聞いたことがある。席次を決める詳細まで知らないが、魔術師としての総合能力の高い順に席が割り振られるらしい。
これは単に民にもわかりやすく宮廷魔術師という国が誇る最高戦力を知ってもらうという試みらしいのだが、その民でさえ宮廷魔術師第一席のことは知らないという面もある。
もともと第一席は空白が長かった。そこへ、十年ほど前に若き魔術師が選ばれたと聞いたが、その人物は国王の懐刀であるらしく、情報を知る人間は極僅かだという。
「君の席次に関してずいぶん頭を悩ませることになったが、七席に座ってもらおうと決まった」
「感謝します」
未成年であり、まだ魔術師として未完成なジャレッドを第七席としてくれることは光栄である。
席次がすべてではないとわかっているが、評価されれば嬉しくあるのだ。
「宮廷魔術師と同じく、君には王都守護補佐を命ずる。君の婚約者オリヴィエの父親、ハーラルトの補佐だね。しばらくは学生であることも考えて、実質は宮廷魔術師の仕事は最低限にしておくことにした。いくら君が特待生とはいえ、卒業までは学園に通うべきだ」
「ご配慮感謝します」
最近は、休んでいる時間のほうが長いため学園を懐かしく思うことがある。親しい友人には学園の外で会っているものの、やはり制服に身を包んで校舎の中で他愛ない会話をする時間も貴重だ。
今まで生き急いでいたジャレッドだったが、オリヴィエと出会い、自身が抱えているものも解決していくと、心に余裕がでてきた。ゆえに、学生生活の貴重さを知ることができたのだ。
「すでにジャレッドは宮廷魔術師同等のことをしてくれている。十代の時間はあまりにもあっという間に過ぎていくものだ。友人や婚約者と過ごす時間を大切にするんだ」
まるで親のように優しく微笑み、思いやってくれるホルストにジャレッドはただただ感謝するのだった。
「ここからが、ある意味本題でもあるんだが、君は恩賞をいらないと言った。それはそれで困るんだが、できることなら君を助けようとした五人の少女を罪に問わず、また家を取り潰さないで欲しいと願ったと聞く。間違いないね?」
「はい。間違いありません」
ここからが本番だ。国王が内心どう思っているか曖昧だが、ジャレッドとの会話次第で彼女たちの未来が決まるかもしれない。これはあまりにも責任が大きい。
緊張しながらホルストの言葉を待つジャレッドに、考える仕草をしてから国王は口を開いた。
「まず、少女たちの罪は問わない。これに関しては約束しよう。ただし、条件がある。彼女たちの面倒は、ジャレッド――君が見るんだ」
「……それは、どういうことでしょうか?」
「彼女たちを救ってほしいと願った君が、彼女たちの責任を取るんだ。なにも生涯にわたって面倒見ろとは言わないが、少なくとも少女たちが成人するまでは、なにかあれば君の責任となる。構わないか?」
「もちろんです」
即答したジャレッドに、国王は少しだけ驚いた顔をした。
「なるほど、即答か。彼女たちが君やオリヴィエに迷惑をかけるとは思わないのか? こういう言い方はしたくないが、父親は紛れもない反逆者だ。娘も同じだと考えないのか?」
「思いません。ですが、仮に彼女たちが道を誤っても、俺のせいです。オリヴィエさまに迷惑をかけてしまうなら、心から謝罪します」
「そうか、すでにジャレッドは覚悟をしてきたんだね?」
「正直言ってしまうと、覚悟はできているのかわかりません。ですが、五人の少女たちの未来がかかっているので、できることはなんでもしてあげたいんです」
「いいだろう。ならば、ジャレッド願いを受け、シレント伯爵家とアングラート子爵家の取り潰しは考え直そう」
「ありがとうございます」
表には出さずに大きく安堵する。
少なくとも、これでミリナたち五人が路頭に迷うことない。父親を欠いたが、家族と一緒に生活できるはずだ。
「しかし、これは猶予を与えたに過ぎない。彼女たちだけではなく、残された親族が少しでもおかしなことをすれば、私は国王として容赦無く罰を与えなければならないことを理解しておいてほしい。いいね?」
「わかっています」
たとえミリナたちが問題なく生きていても、他の親族が足を引っ張る場合もある。国王はその場合に容赦しないだろう。
ジャレッドだって、二度助けることはできない。何事にも限度はあるのだから。
「……本当なら、彼女たちをジャレッドが側室に迎えてしまえば話は早いんだ。そうすれば、少なくとも彼女たちと近しい家族だけは守ることができる」
「それは……」
オリヴィエと結婚していないのに側室、と言われても返答ができない。
国王の言いたいことは理解できるが、その判断を下すことがジャレッドにはできそうもない。そういう意味では、いまひとつ少女たちのためにできることをする覚悟が足りていないのかもしれない。だが、ジャレッドにはオリヴィエ以外の女性と結婚する想像ができないのだ。
「ふっ……忘れてほしい。結婚もしていないジャレッドには難しかったな。まあ、そういう方法もあるんだと知っておいてくれればいい」
「わかり、ました。頭の中に入れておきます」
「ああ、それで構わない。では、これで五人の少女たちとその家族の未来はとりあえず保証された。続いてジャレッドに紹介したい人間がいる」
「紹介したい人ですか?」
「そうだ。どうせ聞き耳立てているだろう、ヴェロニカ!」
ホルストが部屋の外まで聞こえる声を発すると、静かに扉が開かれた。
部屋の中に現れたのは、決まりの悪い表情をしたヴェラ――いや、ヴェロニカ・W・フェアリーガーだった。




