【間章2】国王と王女と五人の少女のこれから2.
次の日、ジャレッドを馬車が迎えにきたが、行き先は王宮ではなく王都の中心部にある商店街だった。
疑問符を浮かべる少年をよそに、馬車は進んでいく。
「……ここ、ラーズの一族が経営している商店じゃん?」
なぜ王宮ではなく、見知った場所に連れてこられたのかと首を傾げる。
馬車が停まり、御者に促されるまま降りると商店の中から知人が手を振っているのを見つけた。
「あら。おはよう、ジャレッド。待ってたわ。パパなら中で待ってるわよ。いってあげて」
人好かれしそうな笑顔を浮かべてこちらにむかってきてくれたのは、ラーズの姉であるヴェラだった。背中まで伸ばした波打つブロンドの髪を一本に結い、商店の制服を身につける彼女とは一年近い付き合いだ。
出会ったときから笑顔を絶やさず、快活に働き、とても頼りになる。魔術師協会の依頼に向かうにあたり必要な道具を揃えるときは、必ずここに寄っていた。
ラーズの姉であることを抜きにしても、色々と世話になっている頭の上がらない人だった。
「いえ、あの、ヴェラさん……俺はおじさんに会いにきたんじゃなくてですね」
「わかってるわよ。国王に会いにきたんでしょ? それを含めてパパから知らせたいことがあるから、早くいったいった」
「……はあ」
ヴェラに背中を押されて店内へ連れていかれるも、未だ理解が追いつかないジャレッドは困惑顔もままだ。
ラーズの父親に会ってなにがわかるというのだろうかと疑問を抱いたまま、見知った店員たちに挨拶をしつつ店の奥へと進んだ。
「パパはこの部屋の中よ。じゃあ私は店のほうに戻るからゆっくりしていってね。あ、そうそう。宮廷魔術師に正式決定おめでとう」
「ありがとうございます」
「ううん。ジャレッドがちゃんと評価されて私も嬉しいわ」
そう言い残して戻っていくヴェラの背中を見送ると、執務室と思われる扉をノックする。
「入って構わないよ」
「ジャレッドです。失礼します」
返答を受け、扉を開けてくぐると、三十代半ばほどの柔和な笑顔を浮かべている男性が出迎えてくれた。
「やあ。久しぶりだね、ジャレッド。こうして会うのは、まだ君がオリヴィエの婚約者になる前だったね」
「ご無沙汰してます、おじさん。あまり顔を出せなくてすみませんでした」
「気にしてないよ。君が大変だったのは息子からも聞いていたしね。アルウェイ公爵家との婚約からはじまり色々あったそうじゃないか」
「よくご存知で。はい、まあいろいろありました」
思い返せば半年も満たない間に色々あったと心底思う。
公爵家令嬢オリヴィエと婚約したことを皮切りに、暗殺組織ヴァールトイフェルとの戦いを何度か行った。行方不明になっていた兄貴分との再会、母の死の真相、祖父がヴァールトイフェルの長ワハシュだったこと。気づけば師匠、竜の少女璃桜、ローザが同居人として、いいや、家族として一緒に暮らしている。
そして先日には、王立魔術師団とレナード・ギャラガーが国に反旗を翻した。その事件に巻き込まれたジャレッドはオリヴィエと自身が人質となり、友人たちの助けを借りて戦うことになった。
――本当に色々なことが起きすぎだろ。
ゆっくりしたことなど怪我をしたときくらいだったことに気づき、顔が引きつった。
「報告はすべて聞いているが、君の苦労を考えると極力力になってあげたいのが本音だよ。さあ、座ってくれ。さっそく話をはじめよう」
「いや、その、おじさん? 俺は国王に会う予定だったんですけど、まさかここにお忍びでくることになっているとか?」
「……そろそろ気づいて欲しいと思うんだがね」
戸惑うジャレッドに男性は苦笑した。
「ジャレッド、君は私の名前を知っているかい?」
「……いいえ、そういえば聞いたことがありませんでした。いつもおじさんと呼んでいましたから」
「そうだね。実を言うと、君におじさんと呼ばれるのはとても新鮮だった。私の親戚でも、そんな風に呼んでくれる人間はいないんだ」
「はあ。そうなんですか」
「立場というものがあるのでしかたがないとは思うんだがね。しかし、周囲と壁があるようで悲しいんだ。だからこそ、こうして身分を隠して商店の店長をしていたりするんだが」
いまいちラーズの父親がなにを言いたいのか理解できず、首を傾げたままのジャレッド。そんな少年に、おじさんと呼び慕っている男性はいたずらめいた笑みを浮かべた。
「君との関係は楽しく、できることならもっと続けたかったんだが、そろそろ真実を伝えよう。私の名前はホルスト・W・フェアリーガー。この国の、国王だ」
「へ?」




