【間章2】国王と王女と五人の少女のこれから1.
王宮から国王直々に明日ジャレッドと直接会いたい旨が屋敷に届いたのは事件の終結から十日がたった頃だった。
「……どうしましょう、オリヴィエさま。国王と会うとか、意味わかりません」
「あなたねぇ。お父さま経由であの子たちを助けてほしいと嘆願したでしょう。そのことが王宮の議題になって揉めたせいで国王預かりになったそうよ。なんでもジャレッドから直接話が聞きたいと言っておられたみたいよ」
動揺を隠せないジャレッドに嘆息してみせるオリヴィエの言う「あの子たち」というのは、先日囚われたジャレッドを救おうとしてくれたミリナ・ロンマイヤーを含める五人の少女たちである。
彼女たちは当主である父親や一族がギャラガー親子の国家反逆に加担しており、父親たちの命令によってジャレッドの妻になるよう命じられていた。もともとジャレッドの側室になりたいという声があったが婚約者のオリヴィエによってその話は潰されており、優秀な魔術師の血を欲した人間が諦めていなかったため巻き込まれた少女たちである。
少女たちはそんな事情から父親の道具として、またジャレッドと反乱組織正当魔術師軍を繋ぐ枷として利用されるはずだったが、他ならぬ少女たちの意思によって父親を裏切りジャレッドを救おうとしてくれた。
もっともすべてレナード・ギャラガーに見透かされており失敗に終わったが、父親たちを見捨てられずにいてもなお、自分を救おうとしてくれた少女たちに恩義を感じたジャレッドは、戦いの後に困難が予想された少女たちの力になろうとしていたのだ。
「父から聞いたのだけど、レナードに加担した伯爵家以下の家は取り潰されるそうよ。あの子たちの家だって無事ではすまないはずよ」
少女たちはユーイング公爵家、ロンマイヤー侯爵家、シレント伯爵家、アングラート子爵家の子女たちだった。ユーイング、ロンマイヤーは家の取りつぶしこそ免れたが、シレント、アングラートは取り潰されることが決定していた。
そこへ異議というわけではないが、救ってほしいとジャレッドが嘆願したことで話がややこしくなる。
恩賞をいらないとまでいったジャレッドの願いを叶えるべきという声と、決まり通りに取り潰してしまえという声に会議は二分した。
これには宮廷魔術師と正式に決まったジャレッドと伝手が生まれる一族を増やしたくないと考える侯爵家の一部と、国に大きく貢献した若き宮廷魔術師のためなら二家を特例として許してもいいだろうという残りで話は揉めた。結果、国王が直々に判断を下すということになったのだ。
それにともない一度、国王がジャレッドと直接話をしたいという運びなった。
「もっとも国王が直接会って話をしてくれるというのだから、よほどのことがない限り悪くはならないはずよ」
婚約者を励まそうとするオリヴィエの心は内心痛んでいた。
五人の少女たちはもともとジャレッドの側室になりたがっていた。家の意向もあったが、少女たちもそれを望んでいたことはオリヴィエがよく知っている。知っていながら、ジャレッドを独占するべく、話をすべて握り潰したのだ。
もしもオリヴィエが彼女たちを受け入れていれば、あのような未来のない反逆に彼女たちの一族は加担していなかったかもしれない、と思わずにはいられない。
過去を変えることなどできないし、仮定の話をしてもしょうがないこともわかっているが、それでも考えずにはいられなかった。
ゆえに今も、ジャレッドが望んでいることと関係なく、オリヴィエは少女たちのためになにかができないかと考えている。最悪の場合、行き場の無くした少女を引き取ることも選択肢のひとつではあるが、その場合、どのような立場で少女の身柄を引き取るべきなのか思いつかなかった。
「こんな話をすると不安になるでしょうけど、ユーイング公爵家とロンマイヤー侯爵家の次の当主は王宮が指名するそうよ。実質、権力を失ったのと同じね。王族関係者の血を引いているから取り潰しにこそならないけれど、これからはただ一族の名前が残るだけでしょうね」
「それでも一族が取り潰されて一家離散するよりはマシです。ミリアとシアたちの立場は悪くなるんでしょうか?」
「表向きにはならないでしょう。彼女たちがあなたを救おうとしたからこそ、恩赦される面もあるのだから。でも、そうね……親族の中には好き勝手やって死んでしまった彼女たちの父親を悪くいうでしょうし、王宮から選ばれた当主が必ずしもあの子たちに友好的だとも限らないわ」
「どうすればよかったんでしょうか? 俺には、罪に問わないでほしいとしか言うことができませんでした」
力なく項垂れるジャレッドだが、オリヴィエは最も簡単な解決策を知っていた。おそらく、ジャレッド以外なら誰もが思いつくはずだ。
――ジャレッドの側室として受け入れてしまえばいい。
そうすれば誰も文句は言えないし、少なくとも一族の中で肩身の狭い思いはしなくていい。無論、それにはジャレッドの気持ちや、オリヴィエの気持ちなども含まれるため、簡単ではあるが容易ではないだろう。
そもそも仮にオリヴィエが少女たちを受け入れたとしても、少女たちに負い目があったままなら側室になったとしても肩身がせまい思いはすることになるはずだ。
なによりも、オリヴィエとしてはジャレッドと少女たちが相思相愛ならいざ知らず、ただ立場の悪い少女たちを救うために側室にすることを認められそうもないし、そんな義理などで妻を増やして欲しくなかった。
「ジャレッドはすべきことをしたわ。これからあの子たちがどうするかはあの子たち次第なのよ。いくらあなたを救おうとしたからといっても、父親の悪事を止めることができなかったのもあの子たちなの。ならばその責任を背負うのもあの子たち自身よ」
「そう、かもしれませんね」
「あなたが本当に力になってあげたいと思うのなら力を貸してあげなさい。宮廷魔術師の権力を有効活用すればいいわ。まだ正式に任命されていなくても、国に対してそれだけをしたのだから文句を言う人間はきっといないわ」
でもね、とオリヴィエはジャレッドの目を見て真剣に口を開いた。
「助けてあげたいのはわかるわ。わたくしだって同じ気持ちよ。でも、あまり深入りすることが正しい選択なのかよく考えて?」
「どうしてですか?」
「権力を、一族を失ったあの子たちの親類縁者が、ジャレッドを利用しようとすり寄ってくることは目に見えているでしょう。あなたに迷惑をかけてまで助けてもらおうと、あの子たちは本当に思うのかしら?」
ジャレッドが自分を救おうと父親を裏切ってくれた少女たちに恩を返したいのは痛いほど理解できる。オリヴィエだって婚約者に尽力してくれた少女たちを救ってあげたい。だが、この優しくも甘い少年の善意に付け込ませるようなことだけは絶対にしたくない。
すでにこの僅かな間にも、宮廷魔術師に正式に任命されることが決定されたという話を聞きつけて、見合いを申し出る話が届いているのだ。そんな中、特定の少女に力を貸すということは、ジャレッドがその子たちに気があると思われるのはしかたがないことだ。
仮にそう思われなかったとしても、少女たちの一族はこれ幸いとジャレッドを利用しようとするだろう。だが、それは、父親を裏切ってまでジャレッドを解放してくれようとした少女たちが望むはずがない。
「やるせないわね。わたくしだってなにか最善な手があれば力になってあげたいのだけれど」
ユーイング公爵家とアルウェイ公爵家は敵対こそしていないが、決して親しい関係でもないため手が出しづらいこともある。
すでにディアナ・ユーイングは離れた領地に軟禁する声があることをリリー・リュディガー経由で聞いていた。他家に彼女を嫁がせる話もあったようだが、問題を起こした一族の長女を嫁に欲しいという一族はなかったようだ。
幸いというべきか、リュディガー公爵家はユーイング公爵家と繋がりがあるため、そこからディアナに手を差し伸べることも可能かもしれない。
しかし結局のところ、オリヴィエの独断でディアナを助けることはできないのが現状だった。そしてディアナだけではなくシアとミリナのロンマイヤー姉妹をはじめ、他の少女たちも同じだった。
「彼女たちのことはやはり国王と直々にお話ししてから考えることが一番よ。よければわたくしもついていきましょうか?」
アルウェイ公爵家の長女として王家の血を引いていることもあり、国王をよく知っている。父が信頼されているのもそうだが、ひとつ年上のヴェロニカ王女とは歳も近いこともあって以前より親しかった。
現在は、母の一件で疑心暗鬼になったオリヴィエと疎遠になっているが、それでも便りを送り合う仲である。
オリヴィエの願いなら国王も邪険にはしないはずだ。
「いいえ、俺一人で構いません」
しかしジャレッドはオリヴィエを利用しようとはしない。逆にそういうことを嫌う傾向にある。おそらく、婚約した当時に、打算で婚約した、などの心無い陰口を言われたからかもしれない。
もしくは万が一のことを考え、オリヴィエに迷惑をかけたくないと思っているのだろう。
「そう……」
オリヴィエは自分のことを考えてくれる婚約者に嬉しさを覚えるも、同時に頼って欲しいとも考えてしまう。そんな矛盾めいた感情を抱えながら、自分でも少女たちにできることがないか考えるのだった。




