【間章】事件のあと4.
ラウレンツの名が出ると、国王だけではなく誰もが唸り声をあげた。
「すでに彼は宮廷魔術師候補に名前があがっていた。正式ではなかったが、その実力ありとされていた。そうだったな?」
「その通りです、国王様。独断ではきめられないと親や友人と相談したいということでしたが、その矢先に今回の一件で大活躍されてしまいましたので、魔術師協会としても困っております。いえ、困るといいますか、喜ばしいのですが、予期せぬ形でしたので、はい」
「彼は王立学園に生徒を勧誘にきたレナードと戦い、さらには彼の部下であり、我が息子を殺そうとした反逆者を倒している。さらにその後、ジャレッドたちと協力し、オリヴィエの救出、事の解決に尽力してくれた。学園での出来事はキルシが証人だ。私は親として息子の恩人に報いたいとも思う」
誰一人として反対する声はない。
そんな中、手を挙げた人間がいる。
「僕も発言をして構わないでしょうか?」
「もちろんだ。宮廷魔術師として意見を言ってほしい。ルジェク」
では遠慮なく、と宮廷魔術師第十二席「堅牢」ルジェク・バジャンドが意見を述べた。
「僕はラウレンツ・ヘリングくんを今回の功績をもって宮廷魔術師にするべきだと思います。すでにジャレッド・マーフィーくんが宮廷魔術師となる以上、彼も王子の命を救うという国にとってこの上ない偉業を達しました。相応に評価されるべきです」
三十後半、青い髪と瞳が印象に残る男性は、衣服から独自の刺青が覗いていた。見る者が見れば魔術的要素があるものだとすぐにわかるだろう。
十二席という末席ではあるが、王宮守護を任されていることから国王の信頼は厚い。「堅牢」の名にふさわしい障壁魔術に特化した魔術師で、今まで彼の障壁を破ったものは数人といない。そのひとりが元宮廷魔術師だったリズ・マーフィーである。
「……そうだな。私もそうしたい」
「ルザー・フィッシャー殿と違い、すでに宮廷魔術師候補として名が上がっていたのであれば、人格、実力ともに申し分なく、双方今回の事件にて証明されました。ならば、本人の、おっと彼は未成年でしたから、本人とヘリング伯爵の同意を得ることができれば、宮廷魔術師に決定が妥当だと思います。むしろ、他に報いる方法がありません」
「ラウレンツ殿に関して、わたくしからもよろしいでしょうか?」
「構わないよ、カサンドラ。言ってくれ」
「ありがとうございます。ラウレンツ殿はまだ学生であり、すぐに宮廷魔術師として本格的に役職を担うのであれば学園を特例で卒業させる他ないでしょう。ですが、まだ一年も学生をしていない彼にはそれは少々酷ではないかとも思いますわ」
「ならばどうする?」
「王子様の護衛になさってはいかがでしょうか? 将来的にはルジェク殿とは違う王家守護を担っていただき、王家に魔力を持つ子がいればその指導にあたってもらうなどはいかがでしょうか?」
王子が名と身分を偽り学園の生徒をしているが、護衛は少ない。その護衛を宮廷魔術師が担ってくれるのであれば心強く、王子も友人であるラウレンツであれば心強いだろう。
学園の評価は真面目で勤勉、他の生徒たちの面倒見もよいと報告を受けているので、カサンドラの提案は決して悪いものではなかった。
「デニス、魔術師協会としてはどうだ?」
「ハーゲンドルフ様のご提案は申し分ございません。魔術師協会としては、国内の魔獣騒動などをはじめ、魔術師が必要とする案件にいち早く出撃できるような役職が欲しかったのですが……これに関しては新たに設立される王立魔術騎士団に担っていただければ問題ございません」
デニスとしてはラウレンツに一部隊を任せることも考えていたようだが、女公爵の提案も魅力的に映ったようだ。
「わかった。ならば、後日ラウレンツ・ヘリングの意識調査の結果を兼ねて、結論を出そう。続いて、これもまた厄介なプフアィルに関してだ。ハーラルト」
「はい。すでに彼には恩賞の件を含め話をしましたが、なにもいらないと言われてしまいました」
「それはそれで困るのだが……」
「私もそう思い、しつこく聞いてみたところ、二つほしいものがあるそうです」
「聞かせてくれ」
国王は内心ほっと息を吐く。いくら暗殺組織に所属する少年だろうと、国の危機を救ってくれたのだ。褒賞をいらないといわれも困る。
「まずひとつ目が、ジャレッド・マーフィーの秘書官であるエルネスタ・カイフがレナード・ギャラガーの娘、アヴリル・ギャラガーによって操られた件で責任を一切問わない。またその際、彼女の家が破壊されたのでその修復を、とのことです」
「……もともとエルネスタ・カイフの罪を問う気はないんだが。まあいい。破壊された屋敷もすぐに直させろ。彼女も被害者だ、必要経費だ。ふたつ目はなんだ?」
「ウェザード王国の民になりたいそうです。税金を免除の上で、と」
「……民になるのは構わないが、わざわざ民になってなにをしたいんだ?」
「理由はなんとも。教えてくれませんでした」
プファイルの願いがいまいち理解できない国王は首を傾げつつ、恩賞は与えても税金免除はさすがに難しいのではないかと考える。
個人的にはひとりの税を免除することで恩賞がいらないというのならそれはそれで構わない。自国の民となり、もしかすると将来的に宮廷魔術師にすえることができる可能性を考えれば安いものだ。
しかし、ここには頭の固い貴族もいる。税は税だと言われてしまえばそれまでである。
「よろしいのではないでしょうか」
その頭が固い筆頭貴族であるクナイスル公爵が、プファイルの望みを問題ないといえば、この場で決定となる。だが、慎重にいかなければならない。
「というと?」
「ヴァールトイフェルの人間であることを抜きにしても、宮廷魔術師同等の戦力を我が国の民として迎えられることを考えれば税の免除くらいは構わないでしょう。支払うべき報奨金もいらないのであれば、今だけ考えるなら安いものです。もし、彼が国になにかを求めるようになり、立場を得るようになればそのときに応じて交渉すればよろしいかと。幸いなことに、彼にはマーフィー殿という抑止力がありますゆえ。いずれ、今回の謀反は民にも他国にも知れ渡るでしょう。場合によっては、ウェザード王国に対してよからぬことを企てる者もいるかもしれません。ならば、戦力の増加は喜ぶべきです」
「ドミニクがそう言ってくれるのであれば、プファイルへの恩賞は彼の望むままにしよう。反対はあるか?」
やはり誰一人として反対する声はなかった。頭が固く、公爵家の中でも最年長であるドミニクがいいと言っているのだから無理に反対する必要などない。
「では最後の案件だ。今回、一度は敵側に捕らわれながらルーカス・ギャラガー、レナード・ギャラガーを倒したジャレッドに対する恩賞をいかにするか、だ。先ほども少し話題にしたが、彼はすでに宮廷魔術師に決まっていた。だが、この功績を持って、この場で正式にジャレッド・マーフィーを宮廷魔術師とする。席次と役職は追って決めるとする」
「しかし、彼が今までに成し遂げてきた功績ですでに宮廷魔術師に認められている以上、いささか足りないと思うのは私だけではありますまい」
ドミニクの指摘に、国王だけではなく他の面々も頷いた。
「無論、彼にも報いなければならない。ハーラルト、彼はなんと言っている?」
「大変言いづらいのですが、彼はなにも求めていません。彼曰く、向こうが邪魔だと排除しようと害をなし、オリヴィエを攫ったので戦っただけ、とのことです」
「まったく欲がない」
国王は呆れた。何度も身分を偽ってジャレッドと会っており、気さくに「おじさん」と呼ばれる仲だが、若いくせに無欲であることをよく知っている。
魔術師としての力、知識に貪欲な一面を持っているが、それだけだ。年相応にあれがほしい、これがほしいという感覚はないようだ。
きっと幼い頃から父親と不仲なため、あまり子供らしいわがままをいう機会がなかったせいなのかもしれない。
「ジャレッド自身のことでの願いはないそうなのですが、無理を承知で可能ならひとつだけお願いしたいことがあるそうです」
「言ってみろ」
「先日の一件で、捕らわれた際、ジャレッドの味方してくれた少女たちがいたそうです。彼女たちは親が悪事を働いていることを知りながら、逆らえず、見捨てることもできずに苦しみながら、それでもジャレッドを救おうとしてくれたそうです。彼はそんな恩人に報いたいといっていました」
「つまり?」
「とくにロンマイヤー侯爵家のミリナ殿、シア殿をはじめ、ユーイング公爵家ディアナ殿、シレント伯爵家マイエラ殿、アグラート子爵家ルルア殿の罪を問わず、可能であれば家の取り潰しもしないでほしいとのことでした」
ジャレッドの願いに対し、意見が割れることとなった。
少女五人の罪を問わないことは構わない。しかし、シレント伯爵家、アングラート子爵家の取り潰しをやめてほしいという訴えは、声が二分した。
五人のうち、三人の少女の家が公爵家と侯爵であり取り潰されないのであるなら、同じ立場の伯爵家と子爵家も残してもいいのではないかという声。
国王が反逆に加担した伯爵家以下を取り潰すと決めたのであれば、例外なく取り潰されるべきだという声。
取り潰しにするべきだという声は、侯爵家に多かった。
頭が固いと言われるクナイスル公爵は意外にも取り潰しの免除派だった。彼曰く、若き宮廷魔術師の国と国王への忠誠を強くするために、彼の望みを叶えるべきだと言った。ジャレッド自身が無理を承知で言っているのだと気づいているからこそ、あえて叶えるべきだと言ったのだ。
反対している侯爵家の中には、取り潰さなければジャレッドと縁ができた少女たちが側室になるかもしれないと考えていた。公爵家、公爵家の誰もが、ジャレッド、ラウレンツ、ルザーという若き宮廷魔術師になるだけの実力を持つ青年たちを取り込みたいと考えている。
公爵側は恩を売ることをはじめ、味方になることで距離を縮めたいようだが、侯爵側はライバルを排除しようとする動きが顕著だった。とくに有望株のジャレッドに縁がある五人の少女は要警戒であり、少しでも自分の一族が有利になるように邪魔になりそうな者を削っておきたいという考えは少なからず存在する。
その一端に、ジャレッドがオリヴィエを最愛としていることや、従姉妹のイェニー・ダウムが名ばかりの婚約者であるため、無理やり側室を当てがおうとしても難しいのではないかという懸念もあった。
沈黙を貫いているのは、すでに娘がジャレッドの婚約者であるアルウェイ公爵、娘が秘書官として近い距離にいるリュディガー公爵、あくまでも武人としてこの場にいるシンクレア侯爵と宮廷魔術師の面々だけだった。
結果、この案件は国王預かりとなり、直接国王とジャレッドが顔をあわせることで決めることとなるのだった。




