【間章】事件のあと1.
ウェザード王国を水面下で脅かしたギャラガー一族と王立魔術師団の謀反から一週間が経った。
王宮にはハーラルト・アルウェイ公爵をはじめ、公爵家、侯爵家、そして宮廷魔術師をはじめとする国の重鎮が集まっていた。
ウェザード王国国王ホルスト・W・フェアリーガーを筆頭に、円形のテーブルに右からハーラルト・アルウェイ公爵、フーゴ・リュディガー公爵が並んだ。続いて、白髪頭の初老の男性、ドミニク・クナイスル公爵、先日当主になったばかりの二十八歳とまだ若い女性カサンドラ・ハーゲンドルフが着席していた。
この場に、もうひとつの公爵家ユーイング公爵の姿はない。ルーカス・ギャラガーに殺害されたこともそうだが、次期当主を決めることは王宮から禁止されており、代理もこの会議に参加することを認められていなかった。
続いて謀反に加わったロンマイヤー侯爵家を除く、侯爵五家の当主たちが並んだ。
そして、最後に宮廷魔術師と、王立騎士団団長が席につく。
順に、王立学園防衛担当宮廷魔術師第二席「賢人」キルシ・サンタラ。王都守護補佐攻撃担当宮廷魔術師第七席「風使い」トレス・ブラウエル。王都守護補佐防衛担当宮廷魔術師第八席「水鏡」アデリナ・ビショフ。国立医療魔術研究所所長宮廷魔術師第三席「癒し手」カタリーナ・フライ。王宮守護宮廷魔術師第十二席「堅牢」ルジェク・バジャンドがそれぞれ腰を下ろした。
ウェザード王国の重鎮が集まったと言っても過言ではない面々の中、唯一立っている男性がいた。
まだ三十代半ばほど、茶色い髪を清潔に揃え、柔和な笑みを浮かべた男性。魔術師協会会長宮廷魔術師第一席「陰影」デニス・ベックマン。
彼は全員が着席したのを確認すると、静かに声を発した。
「それでは会議を始めたいと思います。国王様、よろしくお願い致します」
「わかった」
ホルスト・W・フェアリーガーはまだ四十前半の若き国王だ。善政を敷く善王であり、教育、福祉、医療に力を入れてもいる。彼の父も、祖父も、よき王だった。
ホルストは、くすみひとつない金髪を後ろに撫で、端正な容姿を引き締めた。
「先日、レナード・ギャラガー、ルーカス・ギャラガーが主犯となって起こした我が国への謀反に加わった反逆者たちの処罰、そしてこの一件を解決に導いた者たちの今後を話し合いたいと思う。デニス、頼む」
「かしこまりました。ではまず、ギャラガー伯爵家が中心に王立魔術師団の大半がこのウェザード王国に反旗を翻しました。彼らの主張は、魔術師だけの国家を作ることでした。どうやら魔術師たちの扱いに対する不満と、残念ではありますが魔術師特有の選民思想に取り憑かれたゆえの反逆行為だったようです」
「実にくだらん。そもそも待遇改善を叫んだ輩の多くは魔術師として未熟だったと聞く。ベックマン、魔術師協会会長の貴様の管理不足ではないか?」
鼻を鳴らして割り込んだのは、初老の男性ドミニク・クナイスルだ。元騎士でもある彼は鋭い眼光をデニスに向けた。公言しているわけではないが、ドミニクは魔術師嫌いで有名な公爵でもある。だが、頭が硬いわけでもなく、魔術師の重要性も十分に理解している。そのため、彼の一族には多くの魔術師が所属しており、血族にも優秀な魔術師を引き込んでいる。近年では、騎士として優秀でありながら魔術師としての才もある孫が生まれたことを喜んだという話もある。
「申し訳ございません。確かに私の管理不足であります」
「ドミニク殿、今はデニス殿の責任を問う場ではないのですよ」
「……ふん。すまなかった。続けろ」
ハーラルト・アルウェイ公爵の声に、不満を隠さないも謝罪して先を促した。
「クナイスル様のおっしゃる通り、王立魔術師団員を除くとほとんどの加担者が未熟、と言っても差し支えのない者たちでした。しかし、その中に王立学園の生徒をはじめ、いくつかの学園からも生徒が混ざっていたことは残念でなりません」
レナードの甘言に惑わされた少年少女たちの多くが、魔術師の待遇改善、自分たちの活躍、勝利すれば英雄になれるという妄想から反逆行為に加担してしまった。
多くの生徒が捕縛されるという前代未聞の事件となり、貴族の子女も多く含まれていたことは言うまでもない。対して、事件を解決したのが同じく生徒である人間たちなのだから皮肉にもほどがある。
「すでに話し合ったことだが、本日をもって正式に生徒たちをはじめ捕縛された者たちの処遇を決めてしまいたい」
国王の宣言に異論を唱える人間は誰一人としていなかった。
「では、続けよう。デニス」
「まず、ギャラガー伯爵家ですが、首謀者は娘を含め死亡しています。とはいえ、一族の大半が加担していたことがわかりました」
「ならば一族は取り潰し、加担していた人間は死罪。近親者は辺境に送り軟禁させるのが妥当だろう」
「他の方々はいかがでしょうか? クナイスル様のご意見になにかあればおっしゃってください」
「では、わたくしから」
「どうぞ、ハーゲンドルフ様」
控えめに手を挙げたのは、カサンドラ・ハーゲンドルフ公爵だ。まだ二十八歳と若すぎる公爵だが、幼少期から才女として様々な学問に精通し、魔力こそ持たないものの、魔術に対しする造形も深い。
容姿端麗でもあり、爵位を継がなければ同じ公爵家はもちろん、次期国王のラルフ・W・フェアリーガー王子の妻候補でもあっただろう。
シルバーブロンドの髪を短く切りそろえ、整った鼻梁、艶やかで形のいい唇、潤んだ大きな瞳を持つ彼女は、作られた人形のようだ。対して、愛嬌もあるため決して人形めいた冷たさは感じさせない。
公爵でありながら領民とも親しく、幼い頃より領民たちと一緒になって畑仕事をしていたお転婆でもあり、現在は領民全てが彼女の味方でもある。
先日、病で没した前当主である父の遺言で公爵になると、反対する声をすべて黙らせ一族を掌握した手腕は他の公爵家も認めるものだった。
当主になったばかりの彼女にとっては、今回の一件ははじめて関わる公務でもある。
「加担した生徒には温情を与えていただきたいのです。そもそも彼らを甘言で引きれたのはルーカス・ギャラガーであり、年頃の少年少女たちをうまく誘導した手腕があってこそですわ。罪に問うなというつもりはございませんが、やり直す機会を与えてあげてほしいのです」
「カサンドラ殿に俺も賛成だ。若い頃は、どうも周りに流されてしまうからな。無論、やったことがやったことなので早々の罰を負うべきだが、やり直す機会を与えないというのも可哀想なものだ」
賛成したのはフーゴ・リュディガー公爵だった。侯爵家、宮廷魔術師からも賛同する声があがる。
「わかった。生徒たちの扱いは慎重にしたいと考えていた。この一件の前に、加担した大人たちの処遇を決めてしまおう」
「ハーラルト、なにかないか?」
「厳しい処罰を与えるべきかと思います。特に加担した貴族は反逆だと知っていて加わっているのですから、温情は必要ないでしょう。ですが、当主の独断で加担したのであれば、巻き込まれた一族の人間には温情を与えてください」
「お前らしい考えだ。嫌いではない」
「ありがとうございます」
ハーラルトの答えに満足したのか国王は頬を緩めて頷いた。
その後も意見交換が続き、決着はすぐに出た。
「では、正式な決定を申す。この度の反逆行為の首謀者ギャラガー一族は取り潰すことにする。加担したかの一族の人間はすべて死罪。加担せずとも近親者は辺境で監視付きの軟禁とする」
続けて、加担した貴族たちの決定が国王の口から告げられる。
「反逆に加担した罪は大きい。王立魔術師団員をはじめ、貴族の爵位関係なく、加担した人間はすべて死罪とする。すでに死亡している公爵家、侯爵家を含み、当主が死罪となった一族は王宮が次期当主を指名する。伯爵家、子爵家、男爵家は取り潰しとする」
反論の声はない。
王宮が次期当主を指名するということは、公爵家も侯爵家も貴族としての力を大きく失うことになるだろう。
伯爵家以下は家が取り潰される厳しい決定となった。だが、考えれば納得だ。反逆者の名前を国の歴史に残す必要はない。家族たちは、血族を頼る他ないだろう。
一家離散した場合、過酷な運命が待っている場合もあるが、最低限の援助しか国は行わない決定をした。当主の責任は家族に及ぶ。二度とこのようなことがないよう見せしめも兼ねている。
それでも最低限とはいえ援助をすると決めたのは、ひとえにホルスト・W・フェアリーガーが優しく、いや、甘いからかもしれない。
こうして反逆に加担した人間が死罪となる厳しい処罰がくだったのだった。




