53. Epilogue.
ルーカス・ギャラガーとレナード・ギャラガーが起こした反逆行為から三日が経っていた。
王都に暮らす民たちは、一部を除いて反逆などが起きたとは知らないまま生活を続けていた。
王立学園、魔術師協会、王宮、貴族の屋敷に出入りする人間には知られてしまったが、最小限にとどまったと言っても過言ではないだろう。
現在、王宮と魔術師協会がギャラガー親子に加担した面々の処罰に追われている。
「うん。ジャレッドの魔力は安定しているわ。これなら再び封じる必要はなさそうね」
家族と仲間たちが見守る中、師匠アルメイダの診察を受けたジャレッドは婚約者とともに安堵の息を吐いた。
「レナード・ギャラガーにはお礼を言いたいわ。とてもジャレッドに気を使って魔力を解放してくれたようね」
そう言うアルメイダは、すべてが終わった三日前、オリヴィエやハンネローネの家族たちの前で深々と謝罪した。自分が留守にしたばっかりに襲撃されただけではなく、誘拐までされてしまったことを彼女は悔やんでいた。しかし、アルメイダを責める声は一切なかった。そもそも彼女は事前に出かけることをしっかり告げていた。家族も承知であり、屋敷を守る結界も健全。
たしかにアルメイダがいれば反撃できていたかもしれないが、そのことを彼女のせいにはすることなどできない。すべてはレナードの企みなのだから。
「魔力が解放されてからすぐに全力で消費したことも幸いしたわね。一度空になりかけたおかげで膨大な魔力が体を蝕むことがなかったのね」
「アルメイダさま、その、ですが、今後ジャレッドの魔力が体に悪い影響を与えることはないのですか?」
「あなたの心配はもっともだけど、診察する限り、その心配もないわね。驚くほど安定しているから、もうジャレッドの体が魔力に蝕まれることはないでしょう。きっと魔術師として大きく成長したのね」
「……よかった」
安堵の息を漏らすオリヴィエに、アルメイダが優しく微笑む。
出会った頃はジャレッドに守られていたばかりにの婚約者が、今では彼を案じ、しっかり考えてくれている。師として、母親代わりとしてこれほど嬉しいことはない。
一度はジャレッドを思えば婚約破棄することもひとつだと口にしたことがあるが、今はそうは思わない。ジャレッドにはオリヴィエが、オリヴィエにはジャレッドが必要だ。
「ただし、魔術を使うときに魔力量のせいで魔術そのものが安定しなくなるかもしれないけれど、こればかりは慣れていくしかないわね。精進なさい」
師匠の言葉にジャレッドは返事をした。診察が終わると、ジャレッドだけではなく見守っていた一同も安心していた。
ただし、秘書官のエルネスタ・カイフはここにいない。彼女はプファイルに救われて屋敷に戻ってきたが、深々とみんなに謝罪すると、ジャレッドに秘書官をやめたいということを告げて帰ってしまった。
操られていた彼女を心配する声はあっても、責めることなどあるはずがない。だが、操られた本人自身だからこそ罪の意識があるようで、外部がどれだけ声をかけても今は伝わらないかもしれないと考えられた。
時間が必要かもしれないと思い、エルネスタのことを見守ることを決めたジャレッドたち。プファイルが「私に任せてほしい」と告げたので、そうすることにした。無論、助けが必要とあればいつでも駆けつける。
「それにしても今回は大変だったね。わたしは父と一緒に反逆者退治だったよ。対してオリヴィエは囚われのお姫様だったからずるいと思うけどなっ」
ほおを膨らませたリリー・リュディガーに誰もが苦笑した。彼女も本心で言っているわけではないとわかっているが、お姫様ポジションに憧れるようだ。
そんなリリーはアルウェイ公爵家に保護されると、リュディガー公爵と合流し、多くの反逆者を相手に戦い、捕縛に尽力したという。言うまでもなくその功績は大きいのだが、本人とすれば秘書官でありながらジャレッドの足を引っ張ったことから始まり、直接的な助けになることもできず、気づけばすべてが終わっており、まったく関われなかったことが不満のようだ。
似た者同士か、彼女の父親も黒幕を倒すことができなかったと悔やんでいるらしい。
「あのね、囚われてしまったこっちからすれば大変だったのよ」
眉を下げてリリーを咎めるオリヴィエだが、なんだかんだで苦笑いしている。彼女自身、囚われの身になったとはいえこうして無事に帰還できたからこそ笑っていることができるのだ。
すべてはジャレッドとそして仲間たちのおかげである。
「ま、全員が無事でなによりさ」
「ルザーの言う通りだ。仲間たち誰一人としてかけることがなかったことを感謝しよう」
「違いない」
ルザー、ラウレンツ、プファイルがも口を揃えて皆の無事を喜んだ。
「そういえばプファイル。どうしてローザは今も向こうの屋敷にいるのかしら?」
「……詳しくは聞きたくないので聞かなかったが、ハーラルト・アルウェイ公爵が多忙な今こそ反逆者の残党が屋敷を襲うかもしれないと警戒しているらしい」
ジャレッドは思い出す。公爵家を守り抜いたローザはなにごともなかったようにコンラート、彼の母テレーゼ、そして公爵家長男トビアスとお茶をしていた。襲撃がなかったのかと思いきや、しっかり襲撃者を焼き尽くしていたのだ。
プファイル同様、彼女が屋敷に滞在する旨は聞いたが、間違いなく内心は違うだろう。知らないところでローザに恋心を抱くコンラートと、嫁に迎える気満々のテレーゼと親しくなったようで、こちらの屋敷にいるよりも向こうの屋敷で少年の傍にいたいのだと見た。
トビアスだけが唯一困った顔をしているのが印象的で、ただし彼も彼でローザとコンラートが親しい様を見てほおを緩めているので心配はないだろう。
「言っておくが、私が知るローザ・ローエンは死んだ」
「おい……気持ちはわかるけどさ」
どこか遠い目をしてそんなことを言うプファイルについ苦笑いしてしまう。
「ふひひ、我輩を含めて皆様大活躍でしたな」
「わたくし、さっきからどうしてこの屋敷に変態がいるのか気になっていたのだけれど」
「ふひぃぃっ、オリヴィエたんの見下す視線がたまりませんな。しかも婚約者のジャレッド殿の前とか、スパイス効きすぎですぞぉ」
「いやさ、あんたには助けてもらって感謝してるけど、人の婚約者を「たん」付けで呼ぶなよ」
体を震わせて恍惚とする変態貴族を白い目で見る一同。その視線を受けてなお喜ぶ伯爵家当主殿はもう色々末期だった。しかもその性癖がオリヴィエによって開花されたのだからジャレッドとしては言葉に迷う。
変態のおかげで微妙な空気になったところに、ハンネローネとメイド姿のトレーネが配膳台を引いて現れた。
「さあ昼食にしましょう。みなさん、たくさん召し上がってね」
「軽食ではありますが、たくさんつくりましたのでどうぞ」
サンドイッチとスコーン、フルーツをテーブルに並べていく二人。彼女たちも、みんなの無事をなによりも喜んでいた。非戦闘員であることもそうだが、娘を奪われたハンネローネと、幼馴染みであり姉のようにオリヴィエを慕っているトレーネにとって、誘拐されて戻ってくるまでの時間は想像を絶するものだったに違いない。
そんなことを考えていると不意にオリヴィエと目があった。彼女は優しく微笑み、頰を赤くすると、こちらに近づき横に座った。彼女の暖かな体温が衣服越しに伝わり、安心を覚える。
「守ってくれてありがとう」
「こっちこそオリヴィエさまには助けられました」
ありふれた日常が眼前に広がるのを目にし、ようやく戦いが終わったとジャレッドは安心するのだった。




