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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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52.末路3.



「ふ――ふざけるなっ! 始祖が死んでいるだと! そんなはずはない! もし仮に私を操っていたのが始祖だというのなら、死んでいるはずがない!」

「この器はね、始祖を封じると同時にこの中で朽ち果てさせることを目的に作られたんだ。当時、絶対的な力を持ち殺すことは不可能とされていた始祖も、長い年月には勝てなかったんだよ」

「その器をよこせっ」


 爪の剥がれた腕を伸ばし、少年の腕から銀の器を奪い取り開こうとする。

 だが、器はぴくりともしない。

 このような軽い器に、伝説的存在の始祖が入っているのか、とルーカスは懐疑的になりながらも必死に開けようとする。血が器を赤く染めるが、気にすることなく続けていく。だが、やはり開かない。


「なぜだっ、なぜ封印が解けない!」

「始祖の封印を解きたいのなら王家の血が必要だ。ウェザード王国の王家ではないよ。君が裏切り滅ぼしたラスタード王国の王族の血が必要なんだ」

「ならばもう封印は解けているはずだ。私も王族の血を引いている! だからこそ、始祖の末裔の血を引く私だからこそ、責務を果たそうとしたのだ!」

「……なにそれ?」


 心底わからないという顔をしてラスムスは怪訝な表情を浮かべ、首を傾げた。

 少なくとも少年は目の前の老人が自分と同じ王族であることなど知らない。


「私は王家の人間だ。生まれこそ平民だったが、王家の血を引いているのだ! だから私は当たり前のことをしただけに過ぎない。王になり、全てを手に入れる権利が私にはあるのだ!」

「なにを勘違いしているのか知らないけれど、君には始祖の血は一滴も流れていないよ。僕は過去も現在も、王家の血を引く人間をすべて把握している。その中に、君の名前はないよ」

「なん、だと?」

「その証拠にその封印は解けていないじゃないか。おかしいな、なぜそんな勘違いをしたんだろうね? ――君は誰にそんな嘘を吹き込まれたのかな?」

「ば、馬鹿な、馬鹿なぁああああああああああ! こんなことがあってたまるものか、私は、私は王になるのだ、新たな世界の王になるのだぁあああああああああ!」


 絶叫するルーカスをラスムスは痛ましいものを見るような瞳で見つめていた。

 五百年費やした老人の末路はあまりにも酷いものだった。偽りの情報を与えられ、自らを王家の一員だと勘違いさせられた。そそのかされ王を目指し、始祖を復活しようとしたが、その始祖はすでに滅んでいた。

 せめて始祖が生きていれば救われていたかもしれない。だが、そうはならなかった。

 ルーカス・ギャラガーは長い年月をかけながら、なにひとつとして目的を達することができなかった。


「開け、開けぇええええええ、私を王族だと、始祖の末裔だと証明するために、開けぇええええ、頼む……開いて、くれ」


 しかし、始祖を封じた器が老人の血に反応することはなかった。

 哀れな老人は、器を地面に落とし、嗚咽を始めた。


「……哀れね。今楽にしてあげるわ」


 アルメイダが魔力を高め、もう気力もなにもかも失ったルーカスの命を断とうとした。

 老人は少女にとって国を滅ぼした仇だ。自分が長い年月を生きているのも、少なからずこの老人が関わっている。彼さえいなければ、もっと違った未来を送れたかもしれない。そう思うだけで殺意が湧いてくる。

 それだけではない。こいつは、アルメイダが留守にしている間に屋敷に押し入り、かわいい愛弟子と、その婚約者を攫った。世話になっている人たちを害した。それだけで死に値する。


「君が手を下すまでもないよ」


 断罪の刃を生み出し、老人の首を刎ねようとした少女を止めたのはラスムスだった。


「ラスムスさま?」

「見てごらん」


 彼が顎で指したのは、老人の足だった。アルメイダは目を見開く。

 ルーカスの足先が石化していたのだ。


「まさか、ジャレッドの石化魔術が?」

「そうみたいだね。彼が戦いの最中に放ったものが今になって効果を現したようだよ」


 パキパキ、と音を立てて老人の足が石となっていく。

 ラスムスの推測通り、ジャレッドがルーカスとの戦いの中で撃った石化魔術が、今になって老人の体を侵食していたのだ。


 老人にも魔力があり、長年の訓練でこの時代の宮廷魔術師など比べ物にならない実力を手に入れていた。ゆえに魔術に対しても抵抗力を持っていた。

だが、力を戦いで使い果たし、今は気力もなにも失っている。そんな老人の体を、まだ生きていた魔術が再び襲いかかったのだ。術者が敵を倒すという意思を持って放った攻撃が、今もなお役目を果たそうとしているのだ。


「なぜ、なぜだ、なぜ私がこのような目に遭わなければならない?」

「君は過去において多くの犠牲を強いた。その罪はあまりにも大きい。だが、感謝するといい。君はこの時代の魔術師に敗北し、安らかな死を迎えるんだ。もう叶わない夢を見ることもないんだよ」

「……そうか、あやつのせいか。おのれ、おのれジャレッド・マーフィー! 貴様さえいなければ、私は始祖を手に入れ、王になっていたのだ」


 血まみれの手を握りしめ拳を作ると、地面を殴りつけた。指が折れ、曲がっても構うことなく、何度も何度も地面を殴り続ける。

 老人を動かしているのは悔しさだ。そしてこの場にいない若き宮廷魔術師への憎悪だった。

 ルーカスの下半身が完全に石と化し、そして砕けた。上半身だけになった老人は、意識をとどめておくこともできず、だが、それでも怨嗟の唸りを上げ続けた。


「ジャレッド・マーフィー、貴様を許さない。呪ってやる。呪い殺してやる。貴様さえいなければ、私は、私は――」


 ついにすべてが石となり、動きを止めた。


「君が羨ましいよ。ルーカスくん。僕はまだすべきことがあるから死ねないんだ」

「ラスムスさま……」

「つまらないことを言ってしまったね。さあ、もうここには用がない。悪かったね、アルメイダ。こんなことに付き合わせてしまって。君も帰るべき場所に帰るといい」

「ラスムスさま、本当に始祖は死んだのですか?」


 アルメイダは問う。ルーカスに始祖は死んだと言ったが、それが真実かどうか彼女は知らない。封じられている存在の恐ろしさ、おぞましさは知っていても、始祖が朽ち果てたという確信がないのだ。


「安心していいよ。ずいぶん前に、始祖の死は確認できているからね。ただ――」


 ラスムスは言葉を止めた。わずかに続きを言うべきかどうか迷う仕草をすると、諦めたように続けた。


「始祖の巫女は健在だ。そして、始祖を封じたときに巫女が奪った力も血族に受け継がれている」

「現代に血脈が残っていたとは知りませんでした」

「歴代の巫女たちは始祖の力を悪用されまいと隠れていたからね。現代では数人、受け継ぐ力も分割されているからさほど脅威じゃないさ。いずれ血の重ねることで、始祖の力を朽ち果てるだろうね」

「始祖の力とはどのようなものなのですか?」

「基本的に始祖の力を巫女が扱うことはできないんだけど、宿主に多大な恩恵を与えるんだよ。例えば、規格外の魔力や身体能力など、常人とは思えない逸脱したなにかを得てしまう。それが力を宿す恩恵さ。いや、呪いか」


 ただ力をその身に封じているだけで常人を超える能力を持つことに羨望を覚える者もいるかもしれない。しかし、力が全てではない。力など持たなければよかったと思ったことはアルメイダにもある。


「まさかジャレッドは……」

「ううん。違う。彼は天然物さ。誰かに与えられた力じゃないよ。いや、ワハシュくんの孫で、リズの息子なら受け継いだものかもしれないが、それだけさ」


 少女はかわいい弟子が始祖と係わりのないことに安堵する。戦いばかり巻き込まれる愛弟子にこれ以上重荷を背負わせることは望んでいないのだ。


「始祖の巫女はほとんど無自覚で、自分たちの宿命もおとぎ話程度にしか考えていないさ。なんせ五百年以上も前なんだから」

「そう、ですね」

「さ、無駄話をしてしまったね。僕はそろそろいくとするよ」

「ラスムスさまはこれからいかがするのですか?」

「悲しいかな、僕にはまだすべきことがあるんだ。もしかしたら、またいつかこうして相見えることができるかもね」


 そのときを楽しみにしているよ、そう言い残してラスムスは王家の地下墓地を去っていく。

 彼の背中を見送ったアルメイダは、視線を落とし石となった老人を一瞥する。その刹那、長い野望が打ち砕かれた老人が粉々に砕けた。


「……もうジャレッドには勝てそうもないわね。師匠として誇らしいわ」


 愛弟子の成長に笑みを浮かべた少女は、砂となったルーカスを頭から消すと、「家」と呼んでも差し支えないほど愛着の湧いた家族たちが住む屋敷へ戻るために足を進めた。


 ――まずは謝らないとね。


 自分のせいで危機に陥った少年と婚約者たちは、それでもきっと許してくれるだろう。

 そのことが嬉しくくすぐったく、なによりも申し訳なかった。



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