50.末路1.
ウェザード王国の王宮地下に存在する王家の墓地にルーカス・ギャラガーはいた。
老人の姿は酷いものだ。片腕が千切れ、身体中を焼けただらせ、至るところに穴を開けて血を流している。魔術師めいたローブだけは地下墓地の見張りを殺し奪ったものだ。それ以外はなにもない。すべて、たったひとりの少年に奪われてしまった。
「おのれ……おのれジャレッド・マーフィーめっ、あれほどの魔術師だったとは思い違いをしていた。だが、まあ、いい。所詮、瑣末なことよ。あの力さえ手に入れてしまいえばなんとでもなるのだ」
ルーカスは死んでいなかった。死んでもおかしくないほど攻撃をくらいながら生きていた。
ジャレッドたちの目の前で、泥となって溶けたのも逃げるために残しておいた魔力を全て使ったから。おかげで今は、魔力などなにも残っておらず、ただの老人だ。
しかし、そんなことなどなにもきにならない。目的はもうすぐ果たされるのだ。
老人の真の目的は誰も知らない。息子はもちろん、自分を追い込んだ少年さえも。なぜならルーカスは一度も真なる目的を口にしていないからだ。
魔術師のための理想国家を作りたいと思っているのは事実だ。魔術師が非魔術師よりも優れ、支配者になることは正しいことであると信じているのも変わらない。
――しかし、そんなことなど本当の目的を叶えたあとなら叶う程度のことだ。
「どこだ、どこにある。私が長年求めてきた力よ」
「探し物はこれかい?」
不意に少年の声が地下墓地に響いた。
「誰だ!」
声の主は背後にいた。幼さを残す、まだ十代半ばにしか見えない亜麻色の髪の少年。そしてその少年よりもさらに幼く見える桃色の髪の少女。
「お、おおぉ……そんな、あなたは、まさか……ラスムス様、アルメイダ様」
ルーカスは知っていた。いや覚えていると言うべきだ。忘れようがないのだ。かつて老人が暮らしていた国の王子と、宮廷魔術師なのだから。
「あなた方が、どうしてこのような場にいるのですか?」
「うん。ずっと君がなにをしたいのかわからなかったんだけど、ようやく求めているものに気づいてね。まさか、僕たちの始祖の封印を解こうとしているなんて。駄目だよ。それは禁忌だ」
ラスムスの言葉にルーカスは表情を消した。まさかずっと隠し続けてきた野望が、ここにきて一番知られたくない相手にバレているなどと夢にも思っていなかった。
「ラスムス様、あなたならあの力を手に入れさえすればこのような国などあっという間に滅ぼすことができるとお分かりのはずだ。お国を再興し、あなたが王座につくこともできる。魔術師が魔術師とはいえないほど程度の下がったこの時代なら、実に容易い!」
「僕が王座に? 笑わせないでほしいな。王座に就きたいのは君だろう?」
「……私はウェザード王国に奪われたものを取り戻したいだけです。そのためなら国の生き残りの義務として王にもなりましょう」
「素直に王になりたいっていいなよ。君は五百年前から全てを手に入れようと企んでいただろう?」
返答はない。ただ老人は黙って少年の顔を睨み続けている。
「僕の妹に懸想しながら想いが叶わないと知れば力づくで奪おうとした。まだ小国だったウェザード王国を利用して僕たちの国を蹂躙し、奪ったんだ。ギャラガー伯爵か、爵位を持たずただの魔術師だった君がずいぶんと出世したじゃないか」
「知っていたのか? 私が、国を売ったことを?」
「当時は知らなかったけどね。長く生きて入れば情報を収集して整理できる。まあ、君以外に心当たりのある人間が生き残っていないと言うことも理由だけどね」
ルーカスにとってラスムスは主君の一族だ。支えるべき人間だ。だが、それを是とする感情は老人の中にない。一度として彼を敬ったことなどないのだ。
「正直、君の行動には頭を抱えたよ。国を滅ぼしながら再興したい、魔術師を憎んでいた君が魔術師の国を作る? 矛盾だらけじゃないか」
「……れ」
「かつての君は魔術師として国に仕えていたが、どこにでもいる平凡な人間だった。自分より優れている人間を憎み、優れた魔術師しか評価されないことに苛立っていたね。そんな君が恋したのは王家の末娘だ。君には成り上がりたい野望があった。その野望に妹を巻き込もうとした。だから僕が君を王宮から追放したんだったね。懐かしい」
「……まれ」
「そんな君がまさか長い月日をかけて魔術師として成功しているとは思わなかったよ。子供にも恵まれたね。レナードくんは素晴らしい魔術師だ。君も誇りに思うだろう。もっと、彼は父親の道具でしかなかったが、それでも素晴らしい才能を持っていた。君じゃなかったら彼の才能を引き伸ばし、じつに優れた魔術師として導けただろうね」
「黙れ!」
唾を飛ばして少年の言葉を老人が遮る。
「貴様はなにもわかっていない! 私がどのような想いで国を売ったと思っている! 私がなぜウェザード王国を利用したのかもわかっていない! 末姫や貴様に関係があるだと、そんなはずがない。私はただ、始祖を手に入れたかっただけだ!」
ルーカスは、当時いた家族を、血族をすべて犠牲にした。現在と違い、当時のウェザード王国の王は欲深い人間だったので操りやすかった。秘技と呼ばれる魔術と、始祖の存在を土産にすれば、傲慢な王はそれを欲した。
そして蹂躙が始まった。ウェザード王国は同盟国とともにひとつの国に攻め入った。大陸でもっとも魔術が栄えた国をたった一晩で滅ぼしたのだ。
捕虜はいない。女子供も等しく殺し、王族の血族を滅ぼさんと、貴族も全て焼き払った。
だが、手痛い抵抗も受けた。宮廷魔術師たちによって、同盟国が滅ぼされたのだ。たった十人の魔術師に、万の兵がことごとく蹂躙されたのだ。しかし、その隙にウェザード王国は魔術国家の王族を滅ぼすことに成功した。
どれだけ宮廷魔術師たちが一騎当千の強者だろうと守るべき者を奪えば戦争は勝ちだった。
ルーカスは、家族や友人たちが殺されていく様を眺めながら野望が叶うと喜んだ。しかし、彼にも予想できなかった誤算が起きることとなる。
傲慢な王は、正しい心を持った王子によって殺害された。まだ子供だった王子が、父王のしていることを悪と称して断罪したのだ。
「まさかたった一人の男のくだらない野望のために僕たちの国が滅びるなんて思いもしなかったよ。だけど、君も目的は達成できなかった」
「そうだ。唯一の誤算は、あの王子が貴様らと同じように始祖は危険だと封印したことだ。誰にも封印場所を教えず、代々国王だけが始祖の情報を継承するだけ。おかげで居場所を見つけ出すのに何百年もかかってしまった!」
「だから君は国に反逆などという暴挙を起こした。一見すると国取りだが、本当の目的は地下墓地への侵入だ。誰にも知られることなく、目的を遂げたかった」
「その通りだ。始祖の居場所を見つけたのだ、これ以上我慢する必要はない! 私は力を手に入れ、すべてを思いのままにするのだ!」




