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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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49.ジャレッド・マーフィー対ルーカス・ギャラガー5.



「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 ジャレッドは身体中に広がる疲労に押しつぶされてしまいそうだった。

 生まれて初めてすべての魔力を全力で使い切った。規格外だと言われた魔力も底を尽きかけている。

 だが、勝利した。殺意を込めて放った魔術は単調なものだったが、その質量は人間がどうこうできるものではない。これで死んでいなければ、打つ手がない。


「ジャレッド!」


 遠くからオリヴィエの声が聞こえる。いや、そう遠くはなかった。ただジャレッドがそう感じてならないだけ。駆けてくる婚約者に向かって自らも歩み寄ろうと思ったが、体がうまく動かせなかった。


「無事でよかった!」


 腕の中に飛び込んでくる年上の婚約者を受け止め抱きしめるくらいの力は残っていた。彼女の温もりと、鼓動を感じながら、生きていることを実感する。

 ルーカス・ギャラガーは強敵だった。生まれ持った魔力を持って力押ししたからこそなんとかなったが、もしもレナード・ギャラガーが魔力を開放せずにいたら敗北していただろう。


「ご心配かけました。もうこれで終わりです。帰りましょう」


 もう戦いはごめんだ。今日だけでどれくらいの人間が傷ついたのかわからない。

 オリヴィエの肩越しに、仲間たちが見える。父親のためにその身を犠牲にしようとした少女たちも一緒だ。


「ええ、そうね、帰りましょう」


 肩を借りてみんなのもとへ向かう。戦いがようやく終わったのだと自覚し、強張っていた体の力を抜いた。その時だった。


「まだだぁああああああああああ、私はっ、まだぁあああ、終わっていないぃいいいいい!」


 圧死したと思っていたルーカスが、岩石を砕いて現れた。

 隻腕の老人は、身体中を焼けただらせ、血を流している。はじめてジャレッドたちに顔を見せたときの冷静さはもちろん、余裕もなにもない。

 目を血走らせ、唾を垂らし、怒りの形相と憎悪を込めた瞳を向けて、いびつに歪んだ体を引きずり近づいてくる。


「ぅ……」


 その老人の姿を見ていられず、オリヴィエが顔を逸らした。


「まさか生きてるとは思わなかったよ」

「生きているともっ、私がこの程度で死ぬはずがない! こんなところで朽ち果ててたまるものかぁあああああああ!」


 唾だけではなく血さえ撒き散らして絶叫する老人の姿は痛々しく、同時に狂気を感じさせる。ある程度の目的は聞いたが、死に体になってもなお執念を燃やすルーカスを信じられないとジャレッドは目を見開いた。


「オリヴィエさま、少しだけ離れていてください。今度こそ、終わらせます」

「……ジャレッド」

「もういい加減にしてもらいたいですよね。戦ってなにがたのしいんでしょうか。戦いの果てに何があるんでしょうか?」


 年下の婚約者の問いかけに対する答えをオリヴィエは持っておらず口を閉じてしまう。思い返すことなく、ジャレッドを戦いの渦に巻き込んだきっかけはオリヴィエなのだ。オリヴィエの婚約者にさえならなければ、戦わない人生ではなかったとしても、こうも戦いばかりではなかった――そう思えてならない。


 ジャレッドは残り少ない魔力を高め、ルーカスに向ける。だが、老人は殺意も憎悪も明らかにしていながら、攻撃しようとしない。いや、もしかしたらできないだけか。

 ルーカスが今何を考えているなど理解できるはずなく、ジャレッドは容赦なく石剣を生み出し放った。

 一直線に放たれた石剣はなにも抵抗しない老人の胸をあっさり貫く。

 音を立てて、老人が地面に倒れた。


「なんのつもりだ?」


 あまりにもあっけない幕切れとなったことへの疑問と安堵を浮かべ、ルーカスへ問う。だが、彼から返ってきたのは笑みだった。


「ふ、ふははははは、ジャレッド・マーフィー! 私の負けだ。私の負けを認めよう。だが、戦いで負けただけだ。真なる目的を果たさんとする私はまだ負けてはいない!」

「どういう意味だ?」


 ルーカスの言葉が理解できない。胸を貫かれてもなお勝者の高笑いを続ける老人に気が触れたのかとも考えたが、まだ理性があるように見えた。


「わからずともよい。今は、刹那の勝利を噛み締めていればいい。私が再び貴様の前に現れたときこそ――」


 どろり。と、老人の体が黒く変色して溶けていく。

 いきなりすぎる変貌に、ジャレッドは警戒し後退した。が、老人の変化は止まらず、高笑いもやめる気配がない。


「なにが起きているんだ?」


 老人にとどめをさすべきかと考えるも、殺し方がわからない。石剣が突き立てられているのは心臓だが、死んでいない。脳を潰すべきかと思うも、すでに老人の顔は半分以上溶けてしまっている。


「……また会おう、ジャレッド・マーフィー」


 そう言い残してついに老人は黒い泥と化した。黒い泥水の溜まりができるが、すぐに地面に吸い込まれていく。


「……死んだのか?」


 五百年活動していた肉体が滅びたのか、それとも知らないなにかが起きたのか、ジャレッドには判断できなかった。

 ルーカスの言葉通り、また目の前に敵として現れる可能性もある。だが、今ではない。少なくとも、水面下で国を乗っ取ろうとした企みは潰えたのだ。

 ボロ切れとなった衣服だけを残して消えた老人の野望はここで終わった。



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