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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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47.ジャレッド・マーフィー対ルーカス・ギャラガー3.



 ルーカスはジャレッドに顔を掴まれ地面に叩きつけられたのだと悟った。

 目を開けていたにも関わらず、少年が動いたことすらわからなかった。

 ジャレッドは驚きに目を見開いた老人の顔を掴んだまま、二度、三度と続けて地面に叩きつける。障壁を張る暇も与えることなく、作業めいた攻撃が続いた。


 何度打ちつけられたのか数える間も無く、老人の前身は少年によって地面に繰り返しぶつけられた。

 骨折こそしていないが、それは魔力をすべて防御に転じることが数度目となる攻撃を受けた際に可能となったからだ。


「まさ、か」


 叩きつけられながら老人が気づく。


「貴様はっ、ぐっあっ、すべてのっ、魔力をっ、ぐはっ、おっ、身体能力にっ、変換しているとっ、言うのかっっ」


 内臓を痛めたのか血反吐を吐き出しながら発したジャレッドのへの疑問は、さらに体を地面へ叩きつけられることだった。


「……がはっ……っ」


 体を守っているにも関わらず殺しきれない衝撃に絶句する。ルーカスにはいったいどれだけの力が少年に宿っているのか想像もできない。

 ルーカスは敵対する少年を見誤っていたことを認めた。大地属性という稀有な魔術属性を持つゆえに魔術にのみ警戒していたが、警戒の矛先を間違えたのだ。


 ジャレッドの恐ろしいところは大地属性魔術ではない。魔術師でありながら魔術を戦いの道具としか思わず、自分の主義を持たず、敵を倒すためならどんなことでもする貪欲さだ。

 頭で考えたのか、それとも本能で行なっているのか不明だが、若き宮廷魔術師は身体能力強化魔術だけでルーカスを倒そうとしている。魔術で倒すことをせず、単純な肉体的攻撃も通用しないからと魔力すべてを身体強化につぎ込んでいるのだ。


 少年の腕に顔を掴まれたまま持ち上げられる。足が地を離れ、無様に浮くが逃げることすら叶わない。力を込めて彼の腹部を蹴り上げても、まるで丸太を蹴り飛ばしたような衝撃が返ってくるだけだった。


「おのれっ、怒りで限界を超えたのか! そうまでしてオリヴィエ・アルウェイを守りたいというのか! 愚か者めっ、あの女に貴様が身を粉にして尽くす価値があるというのか!」


 ルーカスにはジャレッドのオリヴィエに対する想いが理解できない。

 老人にとって女は後継者を産むための道具だ。今まで何人も子をなしてきたが、交わった女に情を持つことはなく、満足する子を作るための母体でしかない。女性を軽視しているのではない。老人にとって自分以外は平等に道具なのだ。


 そんな老人には少年がオリヴィエのように魔力を持っていない女のどこに入れ込む理由があるのか理解が及ばない。

 生きていくために必要な喜び、悲しみ、恐怖などの感情ならわかる。愛情も理解できる。だが、非魔術師への愛情だけは理解できなかった。

 ゆえに吠える。


「目を覚ませジャレッド、貴様にとってなにが一番大切なのか考えてみろ。女か? そんなことはない魔術だ。貴様ほどの才能を持ちながら、なぜ魔術を最優先しない! 女などその気になれば簡単に手に入るではないか! あのような嫁き遅れに熱を上げる必要がどこにあるというのだ!」

「俺にとっての一番は――オリヴィエ・アルウェイだっ」


 無表情だったジャレッドの瞳の奥底に、炎を見た。


「――ひ」


 己の喉から出たとは信じられない情けない声が上がるが、知ったことではない。ルーカスはここにきて初めて、ジャレッドと戦うべきではないと考えた。

 だが、もう遅い。


 ジャレッドの膂力によって体を大きく放られる。長い滞空時間の果てに、少年がこちらに向けて構えをとったのが見えた。すかさず障壁に準備をする。

 何度も体を痛めつけられてしまったが、離れさえすればいい。いくら魔力の底が見えずとも戦いようがある。そう思っていた。


「……な、に」


 しかし、言葉を失ったのは老人のほうだった。

 地面に着地し、障壁を展開すると、眼前には数百を超える石の剣が並んでいた。

 いつのまにあれだけの量を生成したのかと、驚くほかない。

 少年が軽く手を振るうと、石剣が一気に放たれた。


「いくら数が多くとも、ひとつひとつは恐れるに足らん!」


 石剣を受け止めれば攻撃に転じる好機が訪れる。そう信じて疑わないルーカスは、障壁にさらなる魔力を注いだ。どれだけジャレッドが魔術師として優れていても、現時点では自分に分がある。

 そのはずだった。


「……なにが起きた?」


 ルーカスは自分の目を疑った。


「なぜ、私の腕がない?」


 障壁を展開するために前方へ掲げていたはずの右腕が綺麗に消えていたのだ。


「なぜ私の障壁が貫かれている?」


 老人の目には、障壁に拳大の穴が空いているのがはっきりと確認できる。だが、やはり受け入れがたい。


「私になにが起きた? いや、違う、お前はなにをした?」


 声が震える。

 魔術障壁はそうそう簡単に破られるものではない。たとえ簡易に張ったものだったとしても、一時的に身を守ることは可能なのだ。

 連続で攻撃されることや、超火力で攻撃されたとしても、一瞬も障壁が役に立たないことはないのだ。


 魔術師が障壁を張っても無駄だと判断する際は、障壁を張っても一時しのぎにしかならず状況が展示ないと判断した場合が多い。

 ルーカスが知る限り、そして経験上でも――まるで紙のように障壁を貫かれたことは一度もない。

 だが、目の前で起きた。ジャレッドから放たれた石剣が、なんの抵抗もなく障壁を貫き、老人の右腕を攫っていた。


 腕の付け根から腕をもぎ取られることとなった老人の体は、多大な出血をして真っ赤に染まっている。さらには、石剣が足を、腹を、胸を貫いているのだ。

 口からも鮮血がこぼれた。


「なにを、したというのだ? その石剣にどれほどの魔力が込められているというのだ!」


 血が噴き出すのも構わずルーカスは怒鳴る。

 理解が追いつかないが、魔術師としての差を見せつけられたのだと確信した。

 理解が及ばないことそのものが、魔術師の差であるのだと痛いほど味わったのだ。


 だが、少年は返事をしない。返事をしてくれない。言葉を交わす必要がないのだと言わんばかりに、もう一度少年が腕を振る。老人に当たらなかった石剣が再び中に浮き、頭上に止まる。

 刹那、雨のように老体に向かって降り注いだ。


「おのれぇええええええええええ」


 障壁を張る。一枚ではない、二枚、三枚と何重にも重ねる。それだけでは飽き足らず、炎の壁を作り石剣を防ごうとするが、全力の防御も虚しく石剣の切っ先が太ももに突き刺さり絶叫があがる。

 続いて左腕をかすめ、瞼を切り裂き、太ももを、足の甲を石剣が貫いていく。


 もう防御をしても無駄だと察した。己の体を傷つけられながら、する意味がないのだと理解した。

 ならば攻撃に転じればいい。殺される前に殺してしまえばいい。


「死んでしまえぇええええええええ」


 呪いの言葉とともに、最大限に高めた炎を放つ。

 大気中の酸素と魔力を取り込みながら肥大化した炎は竜の尾となり石剣を薙ぎ払っていく。そのままジャレッドの体を焼き尽くしてしまえばそれでいい。仲間に引き込むことができなかったが、未知数な人間を近くに置いておくリスクを犯す必要はない。


 必要なものを手に入れさえすれば、手駒はいくらでも手に入る。

 荒ぶる炎がジャレッドを飲み込もうと襲い掛かる。灼熱の業火はまさに竜の火炎であり、その身に浴びれば骨も残らないだろう。

 しかし、ジャレッドは逃げようとしない。ただ迫り来る炎に向けて指を指し呟いた。


「――呪いの魔眼よ、忌々しく穢し犯せ」


 次の瞬間、ルーカスの視界には石となっていく炎が。


「馬鹿な、私が最大の魔力を振り絞り解き放った炎が……」


 何度目かわからない絶句をした老人の視界の中で少年が消える。わずかに土を踏む音が背後から聞こえ、振り返ったと同時に、少年の拳によって頰を撃ち抜かれた。



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