36.ジャレッド・マーフィーとプファイルの戦い2.
プファイルはジャレッドの背後に移動すると、構えた弓矢の弦に指をかけ引く。
矢をつがえず、限界まで弧を描いた弓からそっと指を放す。弦が音を立てて弾かれると、魔力で構成された緑色に光る矢が放たれた。
矢は一本だけではなく、ざっと見ても五十本を超えていた。
ジャレッドは地面を踏み砕き、魔術による土壁を作る。矢が土壁にぶつかり、轟音を立て続けていく。
魔力を流し込んで土壁の強化を試みる。しかし、ジャレッドが土壁を強化し終える前に、亀裂が入ってしまう。
「――っ」
舌打ちをして、土壁を放棄して地面を蹴って大きく横へ移動すると同時に、数多の矢によって即席とはいえ土壁が破壊されてしまった。
土埃に紛れてプファイルを襲おうとしたジャレッドだったが、
「遅い」
すでに弦を引いたプファイルがいた。
しかし、ジャレッドは速度を落とすことなくプファイルに向かっていく。
「その選択肢は間違っていない」
突進してくるジャレッドに向けて、プファイルが再び魔力の矢を放った。
数多の矢が襲い掛かってくるがジャレッドは怯むことなく、矢の大群に向かって突っ込んだ。
「うぉぉおおおおおおおおっ!」
すべての矢が同時に襲い掛かってくるわけではない。たとえ矢が百を超えていても、並べて撃てばジャレッドの体に当たるのは十本ほどになり、それでは魔力の無駄づかいとなる。
もちろんプファイルもそんなことを理解しているため、一度に多くの矢を放ってもそれは総数であり、すべてが同時に襲いかかるのではなく時間差で次から次へとやってくるのだ。
ジャレッドは一度の攻撃でそれを見抜いた。しかし、一呼吸するよりも早い間に次の矢が迫ってくるため、実際にはほぼ同時であることはかわらない。
解決策は少ない。一度放たれた矢が軌道を変えることができるかわからないが、まず避けることだ。しかし、追尾される可能性があるため危険だ。ならば、馬鹿正直に突っ込んで、剣ですべて斬り落としていくしかない。
剣が火花を散らして、矢とぶつかっていく。
途中、黒曜石の塊を精製し、盾とする。致命傷になる場所だけは確実に守りながら、ジャレッドは進み続けた。
肩や腕、足などは射抜かれたが、一本一本が細いため痛みも少なく動くことができる。
「――見事だ」
賞賛するプファイルに向かって黒曜石の盾を投げつける。再び魔力の矢を放とうとしていたプファイルの手を襲い、動きを阻止する。その隙に肉薄したジャレッドの一撃が襲いかかる。
しかし、プファイルの体を捕らえることはできない。だが、その代わりに、彼の持つ弓を両断することはできた。
大きく跳躍してジャレッドから距離を取るプファイルから目を離さず、ジャレッドは体に刺さる矢を抜いていく。魔力で構成された矢は、地面に投げ捨てられると粒子となって消えた。
体力がだいぶ奪われた。魔力はまだ温存できているが、場所が場所であるため魔術をあまり使えない。だが、敵はこちらに遠慮することなく攻撃をしかけてくる。実に戦い辛い。
出血が少ないことが幸いしているが、戦闘衣の上から平気で体に傷を負わせるプファイルの魔力の矢は実に厄介だ。弦を引くだけで一度の大量の矢を放つことができるなど、正直ずるいとしかいいようがない。
さらに頭を悩ませているのが、彼の魔術属性がわからないことだ。おかげで対策もあまり練ることができない。
「シンプルに戦うしかないか」
再びショートソードを構えて地面を蹴る。今までよりも速度を上げ、体力が削られることを前提に短時間で決着をつけようとした。
いまのプファイルは弓を持っていない。なにかしらの魔術を使うかもしれないが、その前に斬り殺せばいい。
しかし――、
「弓がなくとも矢を射ることはできる」
「――なっ!?」
まさかまだ矢に拘るとは思っておらず驚くも、足を止めることはしない。
プファイルはまるで弓を持っているように左手をジャレッドに向けると、右手を添えて弦を掴んでいるかのごとく引き絞る仕草をする。
彼の両手に魔力が集中しているのを感じた。
ジャレッドはさらに速度を上げた。ジャレッドとプファイルのどちらの攻撃が先かどうかで勝負が決まると思われた。
そして、
「うらぁあああああああっ!」
「――魔弾よ、射抜け」
ジャレッドが放つ斬撃がプファイルの体を完全にとらえると同時に、プファイルから矢が放たれジャレッドの腹部を射抜いた。
お互いが一撃を与えることに成功するが、そのまま地面に倒れ込む。
ジャレットの腹部には一本の剣のような矢が突き刺さっている。今までの矢の比ではない殺傷能力を秘めた一撃だ。直撃したジャレットに激痛が走り、血が流れだす。
ショートソードを捨てて血に濡れた矢を握りしめると、魔力を流し込んで破壊した。だが、痛みが和らぐわけではない。立ち上がるのに邪魔だっただけだ。
足と腕に力を込めて、血が混じった唾液を吐きだしながら何度も咳き込む。致命傷にこそなっていないが、早い治療が必要だ。
なんとか立ち上がると、プファイルも同じように起き上がっていた。
左肩から右脇腹までを袈裟切りにされ、大量の血を流しながら、傷口を押さえている。黒衣は脱げ、袖のない黒い衣服から赤く染まった肌が覗いている。
「やってくれたな、ジャレット・マーフィー。ここまでの傷を負わされたのは貴様が初めてだ」
「こっちも同じ台詞を言わせてもらう。まさか、弓なしで矢を放てるとは思っていなかった。てっきり、弓を触媒にして魔術を行使していたと勘違いしたよ」
「私そのものが弓であり矢である。弓を使わなければ魔弾の連射はできないが、代わりに強力な一撃を放つことができる。ずいぶんと、魔力防御があるようだな。飛竜であれば胴体を両断できるほどの威力があるはずなのだが……」
「生憎、魔術に対しては色々と対策しているからね」
魔術対策を施した戦闘衣、普段から魔術を使うことによって魔術抵抗を高め、そして万が一に備えて障壁を張っていたことが幸いしていた。どれかひとつでも足りなければ、絶命していた可能性もある。
「また撤退するか?」
「まさか……。貴様の弱点もわかった以上、私の勝利は揺るがない」
「俺の、弱点?」
「そうだ。貴様が剣を持ちだしたのは、ジャレッド・マーフィーが誇る大地属性魔術をこの場で使いたくないからだ。才能がないと思われていた剣の技量には驚いたが、魔術を使えない魔術師など怖くない」
「言ってくれるな」
だが、事実だ。
ジャレッドはプファイルの指摘通り、大地属性魔術を使えない。場所を気にしていることもあるが、動きが早いプファイルに対して魔術を使うよりも剣で戦った方が効率がいいのだ。
現に、魔術は最低限しか使っていないが、今できるすべてを全力で行使したため、お互いにではあるが大きな一撃を与えることに成功している。
「なによりも――」
「まだあるのかよ、俺の弱点」
「貴様は一見すると捨て身に見える攻撃をしているが、死ぬ気はない。ハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイを守りたいがゆえに、死ねない。だが、私は貴様さえ殺せればそれでいい。死を覚悟した私に貴様は劣っている」
「生きようとする意志の方が大事だ」
「そう思いたければ思っていればいい。生きたいと思う気持ちも、誰かを守りたいという気持ちも、すべて貴様を弱くしている」
弱さを指摘するプファイルをジャレッドは鼻で笑った。
「生きたいという気持ち、誰かを守りたいという気持ちのどこが悪い?」
「すべてだ。人間は弱く、愚かな生き物だ。守られる価値はなく、また弱いひとりが誰かを守ろうなどということは驕りでしかない」
「それは、お前の中の基準だ! 俺だって、最近になって誰かを守りたいという気持ちを学んだから偉そうにできないが、大切な人を守ろうとする意志は俺を強くしてくれる!」
「ならば、その強さを見せてみろ」
プファイルは左手を構え、右手を絞り引く。
対してジャレッドは魔力を練り上げ精霊たちに干渉する。
どちらも今、放つことができる最高の一撃の準備ができた。おそらく次の一撃で勝負は決まるだろう。
「覚悟はいいか、プファイル?」
「貴様こそ、死ぬ覚悟はできたか、ジャレッド・マーフィー?」
目と目が合い、ともに笑った。お互いを実力の拮抗した宿敵と認め合った笑みだった。
「――アースセイバー」
「――魔弾よ射抜き殺せ」