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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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46.ジャレッド・マーフィー対ルーカス・ギャラガー2.



「ふざけるなっ、ふざけるなよっ、この小童がっ」


 顔を真っ赤にして唾を飛ばすルーカスは怒りに震えていた。

 無理もない。己の目的を、行動理由を、すべて聞かぬままつまらないと切って捨てたのだ。ルーカスがどれだけこの野望のために尽力していたのか、どれほどの犠牲を出したのか、すべて聞くまでもなくくだらないと決めつけたのだ。


「ふざけるなぁっ、ジャレッド・マフィーぃっ!」


 老人の怒りに連動して魔力が吹き荒れ炎が立ち上る。

 まるで荒ぶる竜のように天へ向かう炎の柱が空からジャレッドに向けて一直線に走ってくる。

 かわすことは簡単だった。怒り任せの攻撃など食らわなければいい。だが、後方にオリヴィエたちがいる。いくら離れているとはいえ、荒ぶる竜と化した炎は優に彼女たちに届くだろう。


 幸い、オリヴィエの側にはルザーとラウレンツがいる。彼らなら守ってくれるだろう。しかし、大切な婚約者の身を守ることを誰かに託したくはなかった。


「こっちだルーカス!」


 魔力を身体能力に変化させて地面を蹴る。刹那、炎の柱も軌道を変えた。


「おのれっ、忌々しい!」


 予想通りだった。あのままでは一直線に襲いかかってきた炎も、ジャレッド自らルーカスに声をかけると追尾を始める。怒りに身を任せていたルーカスにとって魔術をぶつけたいのは他ならぬジャレッドだ。今の彼にはオリヴィエたちが目に入っていないことが幸いした。


 ジャレッドは駆ける。地面を砕き、速く、疾く駆け抜けていく。

 炎が迫り、襲いかかった。が、大きく跳躍してかわすことに成功する。行き場を失った炎の竜は地面を蹂躙し、破壊し溶かしていく。


「まだだっ、まだだジャレッド・マフィーっ!」


 頭部を失った竜が再び鎌首をもたげると再びジャレッドを襲う。

 障壁を幾重にも展開して受け止めるが火力が凄まじく、直撃した炎の塊に吹き飛ばされて宙を舞う。

 空中で体制を整えると、魔術ではなく魔力そのものを塊にして攻撃に転じた。魔力は衝撃となり炎の竜の頭部を砕き、炎の雨を降らせていく。


 いくら障壁を貼ろうと受け止めるべきではないと判断したジャレッドは、続けて魔力を放ち続ける。今のジャレッドに魔力を打ち続けて尽きる不安はない。いずれ魔力的な落ち着きを取り戻すかもしれないが、今はまだ封が解かれた状況であり、体の底から間欠泉のように魔力が噴き出してくるのだ。

 炎の竜の八割を魔力で吹き飛ばすことに成功すると、残りの炎は石化魔術で石と化して砕いた。少々手こずったが、怒りに身を任せた魔術に遅れをとることなどしない。


「……なるほど、今の貴様には魔力の有限がないというのだな」

「ないわけじゃないさ。あんたの息子のおかげで俺は本来の魔力を使うことができる。使わなければ毒になる多すぎる魔力も、戦いの最中では負担にならない。レナードには感謝してるさ」

「愚息め、余計ないことを……まあいい」


 ジャレッドは内心驚いていた。あれだけ激昂していたにも関わらずルーカスは冷静さを取り戻していたのだ。

 経験の差か、それとも年を重ねたおかげなのかわからないが、冷静を失っていてくれたほうが都合がよかったため残念に思う。


「怒り任せだったとはいえ私が全力で撃った炎に対処するとは改めて感嘆する。愚息では相手にならなかったのも理解できた。それだけに惜しい。貴様がオリヴィエ・アルウェイなどという非魔術師のくだらない女にのめり込んでさえいなければ、と思わずにいられない」

「大きなお世話だ。あとオリヴィエさまをくだらない女というな」


 石の鏃を放つも、難なく受け止められてしまう。

 ジャレッドは再び地面を蹴る。もうルーカスと問答を繰り広げるつもりはない。

 身体強化した渾身の一撃を、彼の懐に潜り込むと同時に解き放つ。


「……嘘だろ?」

「いや、事実だ」


 だが、ジャレッドの拳は老人の枯れ枝のような手によって難なく捕らえられていた。

 拳を引こうとしても老人のどこにそんな力があるのかぴくりともしない。


「戦いのセンスは間違いなく貴様が上だろう。そもそも私は学者肌であり、戦闘者ではないのだよ。それでも長すぎる時間は私を一角の実力者に成長させてくれた」

「くっ……」

「学べ、ジャレッド。貴様は間違っている」

「誰が!」

「いっそオリヴィエ・アルウェイを殺してしまえば自分の間違えに気づくのかね?」

「てめぇっ」


 掴まれていないもう片方の拳を放つ。が、やはり掴まれてしまう。身体能力を強化しているにも関わらず、今も魔力をつぎ込んでいるにも関わらず、ルーカスの体に触れることさえできない。


「他愛ない。貴様は強いが未熟だ。わかるか? 貴様は己の未熟さのせいで、愛する人間を失おうとしているのだよ」

「黙れ、ルーカス・ギャラガー。俺の女に指一本でも触れてみろ、殺してやる」

「ははははははっ、ならばやって見たまえ。私たちは互いの息遣いがはっきりわかる距離にいるのだ。そら、抵抗してみせろ。しないのならば、貴様の大切な婚約者を惨殺してやろうではないか!」


 猫が鼠をいたぶるように嗜虐的な笑みを浮かべたルーカスの言葉は――ジャレッドの逆鱗に触れた。


 ――どんっ。


 刹那、ルーカスの体が見えないなにかによって吹き飛ばされた。

 体全体に衝撃を受け地面を転がる老人は、自身の身になにが起きたのか理解することができない。


「なにが起きた! 私になにをした!」


 すぐさま立ち上がりジャレッドに向けて怒鳴るも、返答はなかった。


「答えろジャレッド・マーフィー! 私になにをしたというのだ!」


 だがやはり返答はない。

 若き宮廷魔術師はうつむき棒立ちになっており、その表情は伺えない。なんとも言えない感情がルーカスを支配する。


「私の体が震えている、だと?」


 意味もわからず己の体が震えていることに気づき、疑問を覚えるも、震えは止まらない。

 なぜこうも震えているのか理解できず、眼前の少年が微動だにしないことも理解不能だ。

 つい直前まで怒りに支配されていた少年が敵意をむき出しにせず、襲いかかってもこない。

 自分がされたように、侮辱を重ね冷静さを奪おうとしたにも関わらず、少年は動こうとしない。


「ありえぬ、ありえぬっ……この私が、子供に、この少年に」


 ルーカスは思考と感情の片隅に、眼前の少年に無意識化に抱いたものの名を知った。


 ――恐怖だ。


 なぜ成人してもいない少年に恐怖しなければならないのかわからず、戸惑うも、それ以上の恐怖が体を支配する。一度自覚した恐怖心に火がつくと、腕だけではなく身体中が小刻みに震えだした。


「私が恐怖しているだと……ありえぬっ、私のほうが貴様よりも強いはずだ。事実、貴様は私に手も足も出なかったではないか! にも関わらず恐怖するのが私のほうだと……理解でき――」


 言葉の途中で視界が暗転した。

 背中に衝撃が走り、遅れて激痛が襲いかかってきた。

 肺から酸素が抜け、呼吸が止まる。


「か……はっ……」


 自身になにが起きたのか理解できず、動けない。

 呼吸すらままならぬ状態で、必死に目を開け視界を取り戻すと、眼前にジャレッドの無表情な顔があった。



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