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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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39.レナード・ギャラガー



 レナード・ギャラガーは娘の亡骸を抱きしめ、なぜこんなことになってしまったのかと己に問う。


「大義のためなら娘を失うことも覚悟していたはずだった」


 幼くして弟と共に父から過酷とも言える訓練を受けて育った。すべては父が描く、魔術師の理想国家のためだ。

 父は言った。非魔術師に魔術師が搾取される現状を変えるのだ、と。魔術師が魔術師らしく生き、弱き者の支配されるのではなく、自分たちが支配するのだと毎日のように言い聞かせられてきた。


 しかし、レナードはなぜ父がそのような結論に至ったのか知らない。それでも父を信じ、理想を叶えようとしたのだ。

 思い返せば、父の言いなりだった人生だった。

 自分だけではなく、戸籍のない弟も同じだ。自分はまだマシだったが、弟など兄の影武者として生き、戦って死んだ。いや、死んだのは重傷を負ったがゆえにレナードの手によってだ。


「私はどうすればよかったのだろうか?」


 結婚も父の望むままだったが、妻と過ごした日々は宝物のようだった。娘が生まれるとその才能と愛らしさに世界が色鮮やかになったことを覚えている。

 だが、妻を亡くし、父によって娘の訓練を強いられるようになると世界が少しずつ曇っていた。そのことを自覚しながら、レナードは父のいいなりだった。


「もしも、父に逆らっていれば、もっと違う結果があっただろうか?」


 同士を集めるため王立魔術師団の団長となった。ときには望まぬ殺しも行った。次第に罪悪感や不快感などもまったく気にならなくなった。

 父に命じられるまま人間を殺し、魔術師を殺し、魔物を殺し、同志も殺した。

 気づけばなにも感じなくなっていた。まるで人形のように、命令通りに動き続けた。きっとそのほうが楽だったのだろう。なにも考えずに従っているだけのほうが、自分を守れたのかもしれない。


「誰か、私がどうすればよかったのか教えてくれ。アヴリル、ジリル」


 今は亡き、娘と弟の名を呼んでも返事などあるはずがなかった。いっそ自分も死んでいればらくだったのかもしれない。

 不思議なことに大切な者を失い、敗北した今、なくしたと思っていた感情が胸に宿っている。

 心の大半を占めるのは後悔と罪悪感だ。


 弟を手にかけた後悔。亡き妻の忘れ形見である娘を失う結果になった後悔。無関係な人間を巻き込んで利用した罪悪感。

 特に、王立学園の生徒を巻き込んだことの罪悪感は大きい。すでに大半の生徒が戦い破れている。彼らに明確な意思はなく、アヴリルの呪術によって操られていただけ。アヴリルが死んだ以上、自動的に呪術から解放されていくだろう。


 しかし、自分たちの反逆に関わったことは事実だ。いくら若者たちが国へ不満を抱いていたとしても、たとえその不満が分不相応だったとしても、利用したレナードがすべて悪い。

 願わくは、国が若き少年少女たちに配慮をしてくれることを祈るだけだ。


「父上に問いたださなければならない」


 鉛のように重い足を引きずりながら、父がいる屋敷にたどり着いた。

 見慣れた屋敷のはずが、どこか無機質に見える。


「……父上」

「レナードよ、なぜここにいる。貴様はジャレッド・マーフィーを駒にし、王宮を乗っ取る手はずだったはずだが?」


 手入れの行き届いた庭に静かに立つ六十代の白髪頭の男性がレナードに気づき問う。

 彼こそ、レナード・ギャラガーの父であるルーカス・ギャラガーだ。

 初老とは思えぬ佇まい。鋭い眼光。魔術師めいたローブを纏うその姿は今だ現役を感じさせる。


「父上、アヴリルが、死んでしまいました」

「…………」

「私を庇い、死んでしまったのです」


 地に膝をつき涙を零しながら、娘の亡骸を両腕に抱く息子に、ルーカスは冷ややかに問う。


「そうか。それで、なぜお前は役立たずの娘の遺体を抱き、私の前にきた?」

「なぜ、と聞くのですか?」

「聞くとも。私たちの作戦はまだ終わっていない。どいつもこいつも満足にことを運んでいないのだ。だというのに、貴様はっ、たかだか娘がひとり死んだくらいでおめおめと逃げ帰ってきたのか!」


 父親とは思えないあまりにも冷酷な言葉に死にかけていたレナードの感情が蘇った。怒りを宿し、涙流し続けながら、娘の亡骸を一瞥して鼻を鳴らした非情な態度に声を荒らげた。


「あなたのっ、あなたの孫ではありませんか、父上。アヴリルです。私の娘のアヴリルなのですよ?」

「だからなんだと言うのだ。子供などまた作ればいい。前の母体よりも優れた物を用意してやろう。さすればもっと優秀な子が生まれるはずだ」

「……あなたは、あなたはっ、私の娘をなんだと思っているのですか!」

「駒だ」

「なんと、今、なんと言いましたか?」


 我が耳を疑うレナードに、彼の父はもう一度はっきりと言い放った。


「駒だと言ったのだ、レナードよ。アヴリルだけではなく、貴様も、貴様の弟ジリルも私にとっては悲願を叶えるための駒に過ぎない」

「家族に対する言葉ではありません」

「はっ、笑わせる。貴様は一度でも私から愛情というものを感じたことがあったのか? もしそうだとしたら謝罪しよう。勘違いをさせて悪かった、と」


 今、流れている涙が悲しみのためか、悔しさのためかわからなくなる。


「父上」

「所詮、貴様たちは私にとって駒でしかない。私がすべてひとりでなにもかもできれば必要なかったのだがな。すべきことがある以上、手数が必要だった」

「……父上っ」

「ただ手数が必要といえど、私は誰も信用も信頼もできない。ならば、血縁者を作り駒とすればいいと思ったのだが……存外、期待し過ぎていたようだ」

「父上ぇえええええええええええええっ」


 許せなかった。今まで身を粉にして尽くしてきた。すべては家族だからだ。愛情があったからだ。父親の望むことを叶えてあげたかった息子の想いからだ。

 そんなレナードをまたアヴリルも娘として父の願いを叶えたいと尽力してくれた。不遇な扱いであるはずの弟でさえ、家族と魔術師の未来のために構わないと笑ってくれた。

 だというのに、肝心なルーカスはレナードたちを家族などと思ってもいなかった。


「愚かな。血迷ったか」


 嘆息し、老人が枯れ木のような指を鳴らした。次の瞬間、レナードの体内から炎が吹き出し、全身を包まれていく。


「な、にを、私に、なにをしたぁあああああ!」


 体を、内側と外側から焼かれ、想像を絶する苦痛が襲いかかる。が、そんなことなどどうでもよかった。今はただ、自分たちを裏切った男に一矢報いたい。ただそれだけ。

 だが、レナードの体は焼かれ、いうことを聞いてはくれない。足は動かず、体が傾いて地に倒れた。

 そんな我が子を見下し、唾を吐かんばかりにレナードは失笑する。


「貴様は本当に愚かだ。私が貴様という駒に全幅の信頼を置いていたとでも本気で思っていたのか? 貴様が刃向かうことなどとうに想定していたに決まっているだろう。貴様が子供の頃に、ジリルと揃いの呪いをかけておいた。無論、アヴリルにもな」

「父上ぇええええええっ、あなたは、あなたはどこまで私たちをぉおおおおおおっ」

「人形は人形らしく主人に従うだけでよかったのだ。愚かにも自らの意思を持とうなどするからみっともない末路となる」


 こんなものか、こんなものなのか。私は、このような男のために今まで尽くし、娘と弟を失ったのか。そう思うだけではらわたが煮え繰り返りそうだ。悔しさを通り越し、父親に対する感情はもはや憎悪に達した。


「……ジャレッド・マーフィー、この男を、殺してくれ」


 憎しみを宿す瞳まで焼かれ、視界さえ奪われながらレナードは一抹の願いを敵対していた少年に送り、絶命した。


「さらば我が息子、レナード・ギャラガー。貴様は駒として非常に優秀だった。だが、所詮それだけだった。あとは私に任せ娘とともに眠るがいい。私は、この国を滅ぼし、我が故郷を取り戻そう」




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