37.反撃3.
ジャレッドの最後通告に、ひとり魔術師が膝を折った。
「貴様っ、立てっ、立って戦え! なにをひとりに怯えているのだ! 私たちが掲げた理想をどうすると言うのだ!」
屈した魔術師に詰め寄り、胸元を掴むレナードの声に、誰も反応することはなかった。
続けて、またひとり、もうひとりと膝を折っていく。
もう誰もが心が折れていた。ジャレッドによって石とされ砕かれた仲間の姿に、ああはなりたくないととうに屈していたのだ。
歯向かえばジャレッドが容赦なく、同じ末路を辿らせるとわかっていた。わかっていないのはレナードだけ。
理想を掲げても、目的があっても、恐ろしいものは恐ろしい。命を賭してでも叶えようとしていた彼らだが、遺体さえ残らず石と化す末路に人としての尊厳ある死を求めた。
降伏して国家反逆者として裁かれたほうが、比べるまでもなくマシな結末だった。
「これで全員が降伏したな。残っている兵も、同じようになるはずだ。で、あとはお前だけだ、レナード」
「ジャレッド・マーフィいいいいいいいいいいいいいっ」
「そんなに声を荒げるならとっと襲ってくればよかったのに、よくわからない奴だな」
自分さえ殺せばまだやり直しはきいたはずだ。だが、そうしなかったのは、勝てないと思っているからか、それともなにか理由があるのか。
いちいち気にしてやる必要もない。ジャレッドは、魔力を高め最後の戦いに移る。
「レナード・ギャラガー、お前にも最後通告する。オリヴィエさまを返せ」
「断る! ここまでコケにされていながら貴様に屈すると思っているのか!」
「ならもういい。お前を殺して、ゆっくり探すだけだ」
「殺す、殺すだと? 笑わせるな。リュディガー公爵領で私の弟に殺されかけながら、よくも吠える。あの程度の魔術師に遅れをとった貴様が、私を殺すと言うのか?」
「……リュディガー公爵領の件はやっぱりお前の仕業だったんだな」
「その言い方だと薄々感づいていたようだね」
「エルネスタが操られ、お前らの手に落ちていた時点で気づくだろ。罪のない人間を巻き込みやがって……」
「君さえいなければ犠牲は少なかった。恨むなら自分自身を恨むといい。優れた魔術師でありながら、非魔術師に取り込まれた愚か者め。目を覚まさないのであれば、駒にする価値もない。私がこの手で殺してあげよう」
「一目散に逃げ出したくせによく言うぜ。だが、決着をつけるのは同感だ」
レナードを殺すことは簡単だった。話している隙に殺す機会はいくらかあったのだ。だが、そうしないのはジャレッド自身が奴と決着をつけるため。
真正面から叩き潰さなければならないと考えたからだ。
もうレナード・ギャラガーは敵ではない。敵として見たくもない。しかし、今までのツケは払わせなければならない。
「場所を変えよう。外で、もっと広い場所で戦おうぜ」
「いいだろう。屋敷の外で私と君のどちらかが死ぬまで戦おう」
※
ジャレッドとレナードは二人で屋敷の外に出て、玄関の前に広がる庭園に立っていた。
「疑問があるんだけど、答える気はあるか?」
「構わないよ。言ってごらん」
「どうして俺を巻き込んだ? 俺に関わることなくことを起こせばもっと違う結果になっていたとは思わないのか?」
「思わないね。どちらにせよアルウェイ公爵家が標的のひとつだった以上、遅かれ早かれ君とぶつかっていただろう。私に誤算があるとしたら、オリヴィエ・アルウェイと君の間にある絆を理解していなかったことだ」
おそらく、ジャレッドのもとへ届いた見合い話にレナードが関わっていたのだろう。まだ未成年である少年に情という鎖を繋げるために。
それが失敗に終わったのはひとえにオリヴィエがジャレッドを本気で愛したからだ。独占しようと、自分だけのものだと言わんばかりに他家の子女を近づけなかったからだった。
ゆえにレナードは行動を起こす際、不確定要素であったジャレッドを巻き込み、保険としてオリヴィエを攫った。さらには立場の弱い少女たちを利用して、ジャレッドの枷を増やし駒にしようとも企んだ。
ここでやはり失敗に終わったのは、利用したはずの少女たちがただ利用されて終わる子たちではなかったことだ。
家族を見捨てられなかったロンマイヤー姉妹は、少しの打算はあったかもしれないがジャレッドを逃がそうとした。彼女たちの想いまでレナードは把握することも、利用することもできなかった。
「いや、他にもあったな。君は私が、違うな、現代の魔術師が哀れになるほどの技量を手に入れている。身体能力強化魔術、石化魔術、これだけで宮廷魔術師どころかもっと上の位を求めてもいいだろう。王家も君を無下にはできないはずだ。実に忌々しい、どうすればそこまでの高みに登ることができる?」
「よき友とよき師に出会ったからだ」
「ふっ。それだけで高みに登れるほど魔術師という存在は簡単なものではないよ」
「俺は確かに恵まれていたかもしれない」
「実際恵まれていたはずだ。にも関わらず、魔術師の現状を憂うどころかこのままでいいと思えてしまう君が私には理解できない!」
「俺には魔術師ではない友達がいる。そんなことなんか関係ないと思える大切な人がいる。それだけで十分すぎる」
「やはり忌々しい。君と私では価値観が違いすぎる。……なるほど、私の一番の失敗は君をこちら側に引き入れようとしたことか。とっと殺しておけばよかった」
「違いない。俺を捕縛した瞬間、命を奪っておくべきだったな」
ジャレッドは魔力を高めていく。今、使うことのできるすべての魔力をこれから放つ一撃に込める。
「私は君を殺し、あの屈した弱者たちを始末してすべて終わらせよう。なに、私ひとりいればそれでいい。守りながら戦う以外の選択肢がない宮廷魔術師の対策も考えてある。君さえいなければこの国は私たちのものだ」
レナードも魔力を高めた。ジャレッドを射殺さんと睨みつけ、殺気を隠そうともしない。
「これから戦いが戦いが控えているので君とは一撃で決着をつけさせてもらうよ」
「いいさ。俺もお前といつまでも戦っていたくないからな」
互いに高めた魔力が限界に達した。
言葉はもう必要ない。
合図もいらなかった。
「貴様はここで死ね、ジャレッド・マーフィーぃいいいいいいいいいいいっ」
天高く掲げられたレナードの両腕に、まばゆい光が集中する。身を焦がさん熱と、目がくらむほどの光がまるで擬似太陽を思わせる球体となる。
対し、ジャレッドは地面を蹴った。右腕に集めた魔力をすべて集中さえ、身体能力を向上させるためのわずかな魔力以外をすべて攻撃のために費やした。
「しねぇえええええええええええええええええええっ」
レナードが掲げた擬似太陽が消え、頭上から光の雨が降り注ぐ。一粒が激痛と肌を焦がす熱を持つ、死の雨だった。
「ぐっ、ああああっ、くそっ」
障壁を展開するも、不可視の壁を破壊してジャレッドの肌を焼き、血を噴きださせる。が、ジャレッドは足を止めなかった。
レナードの懐に潜り込むことに成功すると、魔力の込められた右手を手刀としてふるった。
その刹那、
「パパぁっ」
誰かがレナードを突き飛ばし、ジャレッドの手刀をその身に受け止めた。
次の瞬間、その人物の胴体は横一線に両断された。




