36.反撃2.
「――呪いの魔眼よ、忌々しく穢し犯せ」
閃光が敵対した魔術師たちの視界を蹂躙していく。わずかに目が眩んだ刹那、音を立てて手や足が、耳や鼻が、容赦なく石となっていく。
すべてが石化しないだけマシ、と思うことなどできやしない。なぜなら、この現代において石化してしまった体を元に戻す方法がないのだから。
悲鳴があがる。石化した体を戻せないかと解呪を試みようとしては一切効果がないと絶望する魔術師たちに、ジャレッドは容赦無く二撃目の石化の閃光を放った。
「石と化せ」
詠唱さえ省略した魔術が襲いかかる。威力は少なかったが、確実に眼前で怯える敵兵の衣類を石とする。
また悲鳴があがった。
「狼狽えるな! 魔術を放たせなければいい! 我らも撃て!」
レナードの怒声に恐慌に陥っていた魔術師たちの瞳に光が戻る。彼らはレナードに叱咤されたからではなく、石となって死にたくない一心でジャレッドに歯向かおうとする。
が、魔術詠唱が終えるよりも早く、ジャレッドが魔術を噤む。
「石となり、砕け、死ね」
今までにない強烈な閃光がすべてを白く塗りつぶすと、魔術を放たんとしていた魔術師が一人、完全に石の彫像となり、次に砕けた。
しん、と耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。
誰もが呼吸さえを忘れ、砕け散った仲間に視線を向けた。そして、その視線をジャレッドに移すと、怯え後退を始めた。
「聞いてない、聞いてないぞ! 石化魔術? 現代では失われた古代魔術じゃないか! そんなものにどう対応しろと言いうんだ!」
「動揺するな! 魔術を放ち動きを止めろと言っているだろう!」
「あんたはなんにもしてないじゃないか! あんな化け物とどうやって戦えばいいんだよ!」
はじめてレナードに心酔していたはずの魔術師たちが歯向かおうとしていた。
「なに? 私がなにもしていない、というのか?」
「違うのか! あんたは命令だけだ。そもそも、どうしてジャレッド・マーフィーがここにいるんだ! あんたが駒にするって言っていたじゃないか、つまり失敗したんだろ? なら責任とって殺してくれよ!」
「貴様っ」
部下に反抗され、レナードの残っていた冷静さが全て消えた。
失敗したことを指摘され、責任を取れとも言う。部下であるはずの全員から、責めるような目で見られたレナードの心中はジャレッドにわからないし、わかりたくもない。
だが、
――ざまぁみろ。
としか思えなかった。
こうなることを期待していたわけではないが、あえてジャレッドはレナードを狙わなかった。高揚する意識の中、奴だけは最後に殺すと決めて攻撃を続けていたのだ。
だが予想外の効果がもたらされたことに内心笑いが止まらない。
「無様だな、レナード・ギャラガー」
「……今、私と無様だと言ったか?」
「言ったさ。利用としていた俺を利用できず、仲間から責められ、お前さ、頭いいって自分では思っているかもしれないけど、実際はそうでもないだろ」
人形のように無表情となったレナードにジャレッドは笑みを向ける。楽しいと言わんばかりに破顔した、今までにない最高の笑顔だ。
「お前の負けだよ」
「私は負けてなどいないっ! たかが数人を石にしたくらいでもう勝利者になったつもりか。ならばそれは驕りというものだ!」
「じゃあかかってこいよ。レナードの背後にいるお前らもそうだ。国に逆らってまで、魔術師の国を、自分たちだけの世界を作ろうとしたんだろ? なら、たったひとりの敵ぐらい、問答無用で倒してみろ」
明らかな挑発にも関わらず、魔術師たちは動けない。攻撃などしてしまえば、ジャレッドになにをされるかわかったものではないと微動だにさえ動けないのだ。
ジャレッドは侮蔑する。
「はっ。正直、がっかりだ。ここまでしておきながら、こんなところでお終いか? そもそもお前ら、自分たちの国を作ってどうするつもりだったんだ? 誰が王様になって、周りの国はどうするつもりだったんだ? 同盟国は? 他の国だって魔術師の扱いは同じだ、なら他国も攻めるのか?」
返事などない。元王立魔術師団員は、レナードについてきただけだ。もともと魔術師至上主義を掲げていたのだろうが、所詮はそのくらいしか主義主張を持っていないのだ。
「教えてくれよ、なによりも魔術を使えない、魔力を持たない人たちはどうするつもりだったんだ? 殺すのか? 奴隷にでもするつもりだったのか? まさか、仲よく暮らすつもりだったのか?」
共存はできなかったはずだ。仮に、王家を倒し、レナードたちがこの国を支配しても、まだ騎士団がいる。彼らが立ち上がれば内戦となることは間違いない。
倒されていない貴族もいる。王家とつながりのある傭兵、商家も多々いる。そのすべてが反逆者に従うことなどない。
民だってそうだ。領主が立ち上がれば民も兵となる。民の大半が魔術師ではないのだから、自分を家族を守るために立ち上がることは考えなくてもわかる。
そのすべてにどう対処するつもりだったのか。
殺してしまえば魔術師の国が完成するかもしれないが、国と呼ぶには国民の数が少ないだろう。すべての魔術師がレナードたちに組しているわけではない。
魔術師協会、宮廷魔術師、加担していない王立魔術師団員などを抜けば、さらに人数は減る。
王立学園の生徒をうまく抱き込んだが、魔術師の卵は他の教育機関にもいる。彼らが、すべてつき従う可能性も決して多くはない。
「答えろ、レナード・ギャラガー」
「…………」
返答は沈黙だった。
それが答えか、とジャレッドは落胆する。なんでもいい、夢でも、夢想でも、非現実的な答えでもよかった。
レナード・ギャラガーが信じている終着点を自信を持って言い放ってほしかったのだ。
「答えられないのか? それとも俺に話すまでもないってことなのか? ま、もういいさ。どっちみちお前はもう俺の敵じゃない」
「……なんだと?」
「おい、お前たちに、最後通告する。降伏しろ」
「耳を貸すな!」
突然の降伏勧告に慌てたのはレナードだった。
声を荒らげる彼を無視してジャレッドは続ける。
「これ以上の戦いは無益だ。もう戦わないと誓い、オリヴィエさまを返すと約束するなら、俺はもうお前らを殺さない。だが、歯向かうなら、オリヴィエさまを返さないというのなら、一切の容赦無く死んだほうがマシだと思うほど苦しめてから殺してやる」
できる限りの殺気を込め、抵抗することを諦めさせようとジャレッドは続けた。
「家族も、友人も、お前たちにかかわるすべてを殺してやる。文句は言わないだろ、お前らは俺から大切な人を奪ったんだ。奪われてもしかたがない」
一歩前に出る。もうレナードなど相手にする必要はない。いくら王立魔術師団団長が宮廷魔術師に匹敵する力を有していたとしても、ひとりで国取りはできない。
「今一度言う、降伏して国に裁かれろ。二度は言わない」




