32.囚われの身11. ジャレッド4. 五人の少女
レナードは部屋の外に向かって声をかけた。
「さあ、入りなさい」
すると、ミリナの妹を含め、四人の少女たちが静かに部屋の中へ入ってくる。
ミリナを含め、五人はジャレッドと変わらない十代半ばだ。全員がレナードとジャレッドの顔色を窺いつつも、誰ひとりとして口を開くことはない。
「ほら未来の奥さんたちだよ。君の妻になりたいと願う子は他にもいたんだけどね、私たちのほうで選別させてもらったよ。この五人以外にも興味があるのなら会わせてあげようか?」
「誰が会うか」
「そう言うと思っていたよ。じゃあ自己紹介でもしてもらおうかな」
レナードはそう言うと、ひとりの少女と目を合せ、頷いた。
少女も頷くと、他の少女たちよりも一歩前に出て、スカートをつまみ一礼する。
「わたくしはディアナ・ユーイングと申します。このような形でのご挨拶申し訳ございません。ジャレッドのさまの妻として誠心誠意お仕え致しますわ」
ディアナ・ユーイングは、ふちのない眼鏡をかけた赤毛を伸ばした少女だった。やや気の強さを感じ取ることができる目つきと声音。なによりもジャレッドに印象を残したのは、この場にいる少女たちの中で唯一レナードに怯えていないことだった。
「ディアナくんは君もお会いしているユーイング公爵家のご令嬢だよ。アルウェイ公爵家とは不仲だが、君にとって悪い縁談ではないと思うよ」
まるで仲人かなにかのようにディアナの挨拶に補足を付け加えるレナード。楽しんでいるのか、それとも公爵家の令嬢だからと気を遣っているのか、ジャレッドにはわからない。
「ミリナ・ロンマイヤーです。歳は十五歳です。こちらは妹の――」
「シア・ロンマイヤーです。よろしくお願いします」
続いて自己紹介をしたのは、ジャレッドの介護をしてくれたロンマイヤー姉妹だった。
姉のミリナはブロンドヘアーを伸ばした、大人しい印象を与える美少女だった。妹のシアは姉と同じ色の髪を短く切りそろえた快活そうな子だ。だが、やはりレナードに怯えているように見られた。
「ロンマイヤー侯爵のご令嬢だよ。兄上は素晴らしい魔術師だったが、お父上はそうではないね。姉妹も、磨けば光る可能性を持っているようだが、磨かなければ光ることができない程度さ」
侮蔑ではない。レナードは事実をありのままに口にしているだけだ。だが、姉妹はまるで叱られたように顔を伏せてしまう。
「さあ、次にいこうか」
「……マイエラ・シレント、です。ジャレッド様の妻に、なれて、光栄です」
目線を上げることなく名乗った少女は、声も小さく、言葉もとぎれとぎれだった。おびえているのか、それとももともとそのような話し方なのか。
おそらく後者であり気弱なのだろう。それでも懸命に自己紹介した彼女への補足をレナードがする。
「マイエラくんはシレント伯爵家の末娘だよ。ご両親は魔術師だが、子供たちは魔力を持っているだけでね。その中でも彼女の魔力量は相当な物さ。魔術として使えないことが実に惜しまれる」
「申し訳、ございません……」
「ああ、すまない。責めているんじゃないよ。こればかりは生まれ持ったものだからね。私が願うのは、ジャレッドとの間に元気な子供を産んでもらいたいことだけだよ」
「……は、い、頑張り、ます」
まるで茶番を見せられているようだとジャレッドは内心毒づく。
少女たちはレナードの言葉に従うだけ。唯一、自分の意思で話していたのは、ディアナ・ユーイングだけだ。
「さて、最後にひとりだね」
「ボクはルルア・アングラートです。アングラート子爵家の長女になります。ジャレッドさまのことは以前より存じていました。妻のひとりにしていただけて光栄です」
はきはきとした言葉づかいで自己紹介したルルアは、灰色の髪を耳の下あたりで切りそろえたボーイッシュな少女だった。他の少女たちがドレスであるのに対し、ルルアだけがズボンをはいている。
「ルルアくんが自分で言ってくれたが、アングラート子爵家のご令嬢だ。ルルアくんとディアナくんは魔術師としての才能があり、私も何度か指導したことがある。さて、ジャレッドのかわいらしい奥さんたちの自己紹介が終わったので、次にいこうか」
「次ってなんなんだ?」
「できれば君にも彼女たちに自己紹介してもらいたのだけど、難しいだろうからね。見届けてもらおうと思ったんだよ」
「見届ける、だと……なにをするつもりだ?」
返事はない。代わりに、レナードはジャレッドに近づき、しゃがんで視線を合わせると胸ぐらを掴んで持ちあげた。
「軽いね。もっと食べて、鍛えないと。いくら魔術師といえど、本質は体だ。君は言われるまでもないかな。しかし、残念ながら、昨今の魔術師は魔力があればそれでいいと思っている。だが、違う。魔術師は戦闘者だ。戦えない魔術師に価値などない」
無論、例外はあるけどね、とジャレッドを軽々持ちあげたままレナードが微笑む。
「お前、まさか――身体強化魔術を」
「使えるとも。君のように感覚で使えるようになるほど才能はないが、文献を長年読み漁り、年単位で訓練することで身につけたよ。今では最少の魔力だけで身体強化をすることができるまでになった」
実に厄介な敵だ、とレナード・ギャラガーという男を評価した。
傲慢だが、慢心はない。王立魔術師団団長になっても向上心が続き、果てには失われた身体強化魔術まで使いこなせている。
魔術師としての才能はもちろん、培った経験、すべてがジャレッドを上回っている。
敵でなければ、国に歯向かうような愚か者でなければ尊敬に値していただろう。それだけが悔やまれる。
「君との会話は楽しいね。つい年甲斐もなく心が躍り、口数が多くなってしまうよ。だけどね、しばらくはそのおしゃべりも我慢しなければならない」
ジャレッドを掴んでいないレナードの左腕に魔力が集中する。
「先ほども言ったが、君のことは調べている。魔力が大きすぎるせいで枷をはめているね。だが、私の見立てではもう君に枷は必要ない。どうか私に――君のすべてを見せてほしい」
「や、やめろ!」
「ただ、残念だが、君の魔力をどうやって封じているのかわからないので、無理やり枷を壊させてもらおう。苦痛はあるが、我慢してほしい。そして、私に、いや君の未来の妻でもある少女たちにも、君の本来の力を見せつけるんだ!」
「やめ――」
言葉をすべて発することができなかった。
なぜなら――レナードの左手が、ジャレッドの胸の中心に手首まで埋まっていたからだ。
「いぁああああああああああぁっ」
誰かが叫んだ。
少女たちが絶句し、眼前の光景から目を背ける。
「しっかり見ていなさい。見ることができないのなら、用はない。ここから出ていけ!」
だが、レナードは許さなかった。
彼の怒声に、少女たちが震える体を叱咤して視線を戻した。
「あ、ああああっ、ぁあああああああああああああああああっ!」
血が出ることはないが、痛い。あまりにも痛い。胸だけではない。体中がバラバラになってしまいそうな衝撃が、次から次へと襲いかかってくる。
正気ではいられない。早く、この苦痛から解放されたい。
誰か、誰か助けてくれ。師匠、プファイル、ルザー、ラウレンツ。
――オリヴィエ。
愛しい婚約者を想った刹那――内側でなにかが壊れた音がした。




