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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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31.囚われの身10. ジャレッド3.



「レナードっ」

「まったく君は……レナード様と呼べなどと言うつもりはないが、せめてレナードさんと呼んだらどうかな?」

「友達だと思われるだろ、ふざけんな」


 剣士を剥き出しにして威嚇するジャレッドに、レナードは肩をすくめた。


「ふっ。まあいいさ。さて、ジャレッドに問おう。君を献身的に介護しただけではなく、自らの身を顧みず助けようとしたミリナ・ロンマイヤーくんに、情は沸いたかな?」

「……それ、は」


 すべての行動が筒抜けだったと知り、少女――ミリナ・ロンマイヤーが恐怖で体を震わせている。

 ジャレッドは彼女を前にして、情など一切湧いていないなどと言うことができなかった。そんなことを言ってしまったら最後、ミリナがレナードになにをされるのかわからない。なによりも怯えている少女を突き放すことなどもできない。

 認めたくないが、ジャレッドはミリナと彼女の妹に情が湧いていたのだ。


「私は君のことを調べ直し考えた。どうすれば君を従順な駒にすることができるのか、と」


 ジャレッドが口を開くことはなかった。余計なことを言ってミリナになにかあれば後悔するだろう。ゆえに口を噤み続ける。


「呪術で操り人形にしてしまえという案は最初からあったとはいえ、私は君から意思を奪うことは利点以上に欠点があると感じたんだ。ならば……君に意思を持たしたまま私たちの協力者になってもらったほうがいい、とね」

「まさか……」

「そう、不必要な拷問を続け、その光景をロンマイヤー姉妹に見せ続けた。彼女たちは君を哀れに想い、自らの身を顧みず逃がすことを決意した。そして、君はそんな姉妹に少なからず情が湧いたように見えたんだがね」

「……こんなことをしてなんの意味があるんだ?」

「ジャレッドとオリヴィエ・アルウェイの関係で疑問に感じたことを試してみただけさ。君は望まない婚約話であったにもかかわらず、彼女と彼女の家族のために戦い抜いた。結果は、ハンネローネ・アルウェイを狙う黒幕をすべてあぶり出し、捕縛させ、アルウェイ公爵家に平穏を与えた。しかし、君は未だ婚約を解消するわけではなく、あの屋敷で生活している」


 よく調べたものだ、と関心と呆れを覚えた。同時に、そうまでして自分のことを調べているほど警戒されていたのだとも知る。


「君とオリヴィエの今の関係は相思相愛と言うべきかもしれないが、始まりは違ったはずだ。そして、君側の始まりは、彼女に対しての情だった」

「あんた暇人なんだな。よくも他人のことをこうも調べるなんて感心するよ」

「褒めてもらって光栄だ。私の考えは間違っていないだろう? 君はオリヴィエ・アルウェイという長年母親を守ろうと戦い続けた女性を見捨てることができなかった。ならば、同じような境遇の子を目の前に用意してあげればどうなるかな?」

「そ、そんな……わたくしは……」


 恐る恐る声を発したのはミリナだった。

 恐怖はあるだろうが、それよりも驚きのほうが大きいようだ。目を見開き、信じられないとばかりにレナードを見上げている。


「申し訳ないとは思ったけどね、君たち姉妹を利用させてもらったよ」


 言葉を失うミリナ。無理もない。よかれと思って決意したことがすべてレナードの手のひらの上だったのだ。彼女の心中を察することなどできるはずがない。


「さて、ジャレッド。君をわざと苦しめ、その姿を見せ続けたことで彼女たちにはとても効果があったね。それで……君のほうには効果があったかな?」


 ジャレッドは口を開かない。が、レナードは構わず言葉を続ける。


「逃がしてあげると言われて、君は一緒に逃げようと言ったね。助けようとした少女たちへの義理かい? それとも私が考えたように情が湧いたのかな? 後者であれば私としてはとても嬉しいんだけどね」

「俺は――」

「君と姉妹のためを思って忠告しておこう。嘘はつかないほうがいい。君の言葉次第で、献身的な姉妹の心が傷つくことになる。それは望まないだろう?」


 実に忌々しい。ジャレッドはレナードに心中を見透かされている気分になる。いや、このような結果になるよう仕組まれていたのだ、無理もない。


 力なく項垂れているミリナを一瞥する。善意から行動した彼女は、すべてレナードに操作されたものだと知り、傷ついている。無論、彼女の想いは彼女だけのものだが、その感情に至るまでの過程はレナードによって導かれたものだ。

 ジャレッドのには傷ついている少女を前にして、彼女に情など湧いていないなどと言えなかった。


「……情ならとっくに湧いている」


 事実、敵しかいないこの場所で、善意だけではなく少なからず打算があったとしても、自らの身を顧みず行動しようと決意してくれた少女たちになにも思わなかった、などと口が裂けても言えない。

 感謝しているし、できることなら一緒に逃げたいと本当に思った。


 ――例えそれがレナードの手のひらの上だったとしても。


「素晴らしい」


 満足げな笑みを浮かべて、レナードが頷いた。


「素直になってくれたね、ジャレッド。私に嘘を吐くことなく、心中を吐露することは辛かったはずだ。しかし、君は自分のためではなく姉妹のために我慢した」

「……ジャレッドさま」


 喜びを露わにするレナードに対し、まるで自分のせいだと言わんばかりの沈痛な表情を浮かべるミリナが涙を零す。


「君が私に一歩歩み寄ってくれたことを記念して、ロンマイヤー姉妹に罰を与えることは絶対にしないと誓おう」

「……それで、俺をこれからどうするつもりだ?」

「その前に、改めて君の奥さんとなる少女たちに会ってもらうよ」



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