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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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30.囚われの身9. ジャレッド2.



 ジャレッドが再び目を覚ますと、部屋には自分以外の誰もいなかった。

 上半身が裸なのは変わらないが、薄手の毛布がかけられていた。


「……体力は万全じゃないけど回復してるな。拘束、されているけど、このくらいなら」


 両腕を鎖でつながれ、床に寝かされている状態だが、足は自由だ。この部屋の扉さえ開けば逃げることは可能だろう。

 問題は、魔術が使えないことだ。どういう仕組みなのかまったくわからないが、魔力を練ることも、高めることはおろか、精霊と干渉することができない。いや、この部屋に精霊の気配がまるでないのだ。


 どこにでも精霊は少なからずいるものなのだが、この部屋は例外のようだ。おそらく部屋そのものになにか精霊を拒み魔術を遮断するような仕掛けがあるのだ。


「ずいぶん手の込んだことをしやがる」


 悪態をつく元気くらいは取り戻したジャレッドだが、このままでは同じことの繰り返しになってしまう。理由は定かではないが、レナードたちは自分に利用価値を見出している。

 魔術師の子供を産ませる道具か、また違う理由があるのか。

 とにかく現状に甘んじているわけにもいかない。このままでは一緒に囚われたオリヴィエを救うことすらできないのだから。


「まずここから出ることを考えよう」


 鍵こそかけられているが部屋と廊下を繋ぐ扉は決して厚くはない。少女が片手で開け閉めできる程度だ。その気になれば蹴破ることも可能かもしれない。

 試してみようと考え、立ち上がろうとした、そのとき小さな音を立てて、扉が静かに開いた。

 とっさに意識のないふりをする。


 ――チャンスか?


「ジャレッドさま、起きていらっしゃいますか?」


 息をひそめていると、聞き覚えのある声がした。

 ジャレッドの記憶が確かなら、彼女は水責めを受けたこの身をもうひとりの少女と一緒に懸命に温めてくれた。


「……起きてるよ」

「ああ、よかったですわ。あんな目に遭わされてしまって、おかわいそうに……今、お食事を」

「待ってくれ」


 部屋から出ていこうとする少女を呼び止める。彼女は驚いたように動きを止めた。

ジャレッドは、つい今しがた「よかった」と安どの表情を見せてくれた少女が打算も何もなく好みを案じてくれているのだと感じ、話しかけた。


「危害を加えるつもりはないんだ。だから、俺の質問に答えてくれないか?」

「答えられることでしたら」


 静かに扉を閉め、部屋の中に二人きり。邪魔する人間はおらず、監視の目もない。


「俺の看病をしてくれてありがとう。本当に君ともうひとりの子には世話になった。感謝している」

「いいえ。わたくしと妹の役目ですから」

「妹さんだったのか……あの子にも礼を言っておいてくれ」

「きっと喜ぶでしょう」

「それで……聞きたいことなんだけど、その、俺の記憶が間違ってなければ、意識が朦朧とする中、君の声を聞いた」

「はい」


 少女が近づき、ジャレッドの傍に膝を着く。


「君は俺を逃がしてくれると言ったよね?」

「言いましたわ。わたくしはジャレッドさまがここであのような目に遭われることを望んでいません。ですから、お逃げできるよう力をお貸しします」


 少女の瞳には決意の色が宿っていた。しかし、わからない。


「どうして?」


 ジャレッドと問いかけに、少女は困ったようにほほ笑んだ。


「わたくしはジャレッドさまのことを知っていました。覚えておられないかもしれませんが、一年ほど前、わたくしと妹はあなたに助けられたことがあったのです」


 そう言われてもジャレッドの記憶に少女たちはいない。


「父があなたの側室になるべく話をしてくださいましたときは嬉しかったです。でも、オリヴィエさまに丁重に断られてしまいました」

「……知らなかったよ」


 側室の話があったことは知っている。だが、興味が湧かず、オリヴィエ任せにしていた。まさかこんなところでオリヴィエが側室話を断った少女と出会うなど夢にも思っていなかった。


「わたくしも妹もジャレッドさまの妻となることに異論はございません。ですが、ジャレッドさまの足枷になることも、あなたを利用するための駒にされてしまうことも望んでいないのです」

「だったら一緒に逃げよう。君と、君の妹を連れてここから」

「できません」


 ジャレッドの申し出を、少女ははっきりと断った。


「わたくしたちは父を見捨てることができないのです」

「君の親が正統魔術師軍に属しているんだな?」

「はい。父と、今は亡き兄がそうでした」


 今は亡き、と言ったのだから兄はもうこの世にいないのだろう。


「母は数年前に他界し、父と兄と妹の四人で慎ましく暮らしていました。代々魔術師を輩出してきた家系でしたが、父もわたくしも魔力があっても魔術師になるだけの才能がありません。ですが、兄は違いました。王立魔術師団に所属し、副隊長昇進も決まっていましたが、魔獣と戦い帰らぬ人に……」

「残念だ」

「ありがとうございます。兄の亡きあと、父と兄が正統魔術師軍に所属していることを知りました。ですが、よくわかっていませんでした。まさか、反逆紛いのことをはじめるなど……」


 魔術師至上主義に染まっているだけならいざ知らず、正統魔術師軍という組織に属し、気づけば国へ反旗を翻しているのだからさぞかし驚いたはずだ。

 亡き兄ならともかく、父親も彼女たちも魔術師と名乗るには魔力も才能も足りない。だからこそ、ジャレッドの妻となり組織に貢献することで組織内の立場を安定させようとしたのだろう。

 もちろん、彼女たちではなく、父親の考えなのだろうが。


「なら君の父親も連れてくればいい。抵抗しても引きずって俺が連れて逃げてやる。だから行こう」

「ありがとうございます、ジャレッドさま。ですが、父はレナードさまを恐れているので無理でしょう。なによりも貴方を逃がしたとしれれば、責を受けるはずです。そのときにわたくしたちがおらず、父だけではきっと殺されてしまうかもしれません。ですから、一年前に助けていただいた恩返しだけさせてください」


 家族を見捨てられないだけではなく、ジャレッドを逃がしたあとの責任まで取ろうとする彼女の覚悟に、言葉が見つからなかった。

 一度だけ助けた恩人のためにそこまでするのか、と唖然とした。そのとき、


「懸命な判断だね、ミリナ・ロンマイヤー」

「――ッ」


 扉の外からレナードの声が響いた。



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