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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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27.救出劇 プファイル対エルネスタ・カイフ2.



「この程度の魔術なんて――ッ、嘘っ、どうして!?」


 降り注ぐ数多の矢を防ごうとしたエルネスタの体を、障壁を抜けた風の鏃が容赦なく傷つけた。

 まるで紙でも貫通するかのごとく障壁に穴を開けていく。

 驚きに体を硬直させてしまったエルネスタの腕に、足に、肩に、鋭い痛みが走る。


「私はジャレッドに敗北して以来、どうすれば奴を倒せるのか考え続けた。その結果が、これだ。殺傷能力こそ低いが、確実に障壁を突破する貫通力。急所を狙ったりはしないが、その傷ではまともに動けまい」

「手加減、してくれるなんて、優しいのね」

「心にもないことを言わなくていい。攻撃は続くぞ」


 続けて風の矢が放たれる。音もなく視認することさえできない不可視の矢が、エルネスタの足をかすめた。


「っ、あああっ」


 足を押え、その場にうずくまるも、彼女の瞳にまだ敗北の色はない。


「私を止めたいのなら、殺してみせなさい!」


 無詠唱でエルネスタから風の刃が放たれた。音もなく、視認さえできない不可視の刃だ。今、プファイルから受けたばかりの不可視の矢に対抗しての攻撃だった。

 自分が応じることができないよう、いくら暗殺組織の後継者とはいえ見えないものに対処はできまいと考えたのだ。

 が、


「私が見えない攻撃に対策をしていないとでも思ったのか?」


 パンっ、と乾いた音を立てて不可視の刃がすべて不可視の矢によって相殺された。

 放った刃がすべて消えたことが魔力を通じてエルネスタにわかる。そして、信じられなかった。

 どうすれば見えない攻撃に対処ができるのだ、と瞬時にどれだけ思考を巡らせても答えがでてくるはずがない。


「私は本気であなたのことを殺そうとしているのよ」

「わかっている。今の攻撃には十分な殺意が籠っていた。だが、殺意だけでは私を殺すことなどできない」


 淡々と言葉を紡いだプファイルに、悔しげにエルネスタは唇を噛み切った。

 今まで攻撃が通じていると思っていた。例えヴァールトイフェルの暗殺者とはいえ、魔術では王立魔術師団員である自分の方に一日の長があると信じていたのだ。

 だが、違った。まるで相手になっていない。今まで通じていたはずの攻撃もすべて、彼が手心を加えてくれていたからだと察した。


 深く噛み切った唇から鮮血がこぼれ、喉へと伝う。熱い血の味が喉を軋ませる。

 視界が怒りで赤くなる。兄も、プファイルも、自分のしたいようにしている。女だから手加減したのか、それとも他に理由があったのか。


「私を、馬鹿にしてっ。どいつもこいつも、そんなに私が哀れなの!? そんなに私が惨めなの!?」


 怒りで視界が赤くなく。胸が苦しく、呼吸すらままならない。

 誰も彼も傲慢だ。誰も自分の気持ちなど微塵も考えてくれない。例え、今の私が呪術で操られていたとしても、初めて自由に自分の意思を持って行動しているのだ。


「私の邪魔をするなぁああああああああああああああああっ」


 怒りに連動して彼女の魔力が一気に放出された。空に向かい立ち昇る魔力が渦を巻き、暴風に変わる。エルネスタを中心に、魔力を帯びた風の渦ができあがった。

 渦は勢いを増す。すべてを飲み込もうと拡大していく。

 地面が捲れ、巻き上がる。屋敷の窓が割れ、建物が音を立てて崩壊していった。


「素晴らしい、これがエルネスタ・カイフの真の力か。いくら呪術のせいとはいえここまでとは思っていなかった」


 プファイルには音を立てて崩壊する屋敷と、唸りを上げる風の渦がエルネスタの心象風景のように思えてならなかった。

 崩壊の音は彼女の叫びであり、風の渦は自分を守ろうと必死になる彼女自身に思えてならない。


「私には人の感情というものをすべて理解することができない。だが、エルネスタが辛い思いをしていたことはわかっている。そして今、私のせいで痛い思いをさせていることも承知している。その上で、言おう。お前を倒し、呪術を解くと」


 左手を風の渦の中心にいるエルネスタに向けた。


「どれだけ恨まれても構わない。恨まれることには慣れている。私が願うのは、たったひとつだけ。お前の無事だけだ、エルネスタ」


 渾身の魔力を右手に込め、左手に重ね、ゆっくりと引く。


「これからまたお前を傷つけることになるだろう。そう思うと胸が痛む」


 右足を一歩引き、半身をひねる。左手と右手が離れていくと同時に、魔力で構成された矢が一本現れた。


「許しは請わない」


 風を帯びてはいない。単純な魔力が凝縮されて矢になったのだ。


「お前を救うのは私だ。ジャレッド・マーフィーでも、ルザー・フィッシャーでも、ラウレンツ・ヘリングでもない。この私、プファイルだ」


 神々しい光を携えた矢が完成すると、添えていた右手の指の爪が爆ぜた。鮮血が舞うが、気にならない。


「また私に笑いかけてほしい。また他愛ない話をしよう。私はお前のそばに居たい」


 返事がないことはわかっている。声が届いているかも怪しい。だが、構わずプファイルは言い放った。


「ああ、そうか――きっとこれが恋をするという感情なのだな。これが、人を愛するという気持ちか」


 己の感情に名をつけたプファイルは、無意識に微笑んだ。


「今から放つ矢は東方に伝わるものだ。未完成のものだが、私のせいでエルネスタに万が一のことがあれば、私の死を持って償おう。だが、心配はしていない。私らしくないが、必ず助けることができると信じている」


 高めきった魔力をすべて乗せた矢をいっそう強く引いた。


「呪いを穿つ秘儀――破魔の一矢」




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