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34.ジャレッド・マーフィーとオリヴィエ・アルウェイの気持ち3.



「泣いてしまってごめんなさい」


 しばらく泣いていたオリヴィエは涙を拭うと、ジャレッドの背中から体を離した。

 彼女の体温が離れていくことを少しだけ残念に思ったジャレッドに、オリヴィエは語りだす。


「お母さまはね、ずっと生命を狙われていたの。側室の誰かが男子を産めなかったお母さまを馬鹿にし、正妻の地位を捨てさせようと脅すことがきっかけだったのかもしれないわ」


 ジャレッドはオリヴィエの方へ体を動かし、ベッドの上で向かいあう。


「だけど、当時はまだ本家のお屋敷にいたから嫌がらせや脅し程度だったのよ。でも、お母さまがその程度で音を上げないとわかると、今度はわたくしが標的になったわ」

「――知りませんでした」

「言ってないもの。その後、色々と嫌なことばかりだったけどお母さまとトレーネと一緒に乗り越えてきたのよ。でも、出かければ襲撃されるようになり、本格的に危機感を覚えるようになったとき、いきなりお父さまに別宅で暮すように命じられたわ。わたくしは、もしかしたらお父さまがお母さまを狙っているのではないかと思いもしたの」


 だが、それは勘違いであり、アルウェイ公爵はハンネローネとオリヴィエのために別宅へ移動させたのだ。

 だが、当時のオリヴィエには父親に裏切られたように思えたのだろうと理解できた。


「この屋敷に住むようになってから、雇われた冒険者が襲撃にきたわ。はじめは脅迫程度だったけど、だんだん過激になっていったわ。わたくしたちも護衛を雇おうとしたのだけど、誰を信じていいのかわからず結局トレーネ以外は傍に置けなかった」


 公爵令嬢のオリヴィエがどれだけ苦労したのかジャレッドにはわからない。


「家人がいない生活は大変だったわ。でも、お母さまはしっかりした方だから、平気で家事を楽しんでいたの。わたくしにも花嫁修業だといって家事を教えてくれてね、トレーネだって今でこそしっかりしているけど、はじめはなにもできなかったのよね。大変だった以上に不思議と楽しい思い出の方が多いのよ」

「きっとハンネローネさまのおかげですね」

「わたくしもそう思うわ。でも、楽しい生活が続く一方で襲撃がだんだんと過激になっていったわ。おそらくお父さまの跡継ぎを決めようと争いが本家で起きたのね。お父さまは弟たちの中から優れた者を当主にすると言っていたけれど、そんな曖昧な言葉じゃ誰も不安になるはずよ。側室たちは誰もが自分の息子を次期当主にしたかった。その足がかりとして自らが正妻の地位をほしがった」

「それでハンネローネさまの生命を狙いだしたということですね」

「その通りよ。そしてわたくしのことも邪魔だったのね。次々にお見合い話を持ってきたわ。わたくしだって望めば当主になることもできるから、そのことを心配していたというのもあるでしょうけど、お母さまから離れることはできなかった。だから、わたくしはあなたにしたように無理難題を言ったり、ときには公爵家の令嬢として権力を振りかざしたりしてすべて突っぱねたのよ」


 その結果がオリヴィエの悪い噂なのだろう。


「わたくしはお母さまを残して結婚なんてできない。でもこちらから断れない、なら向こうから嫌だと言わせれば悪い噂も広がって、結果としてわたくしと結婚したい相手いなくなったわ」

「大変でしたね」

「……あなただから打ち明けるけど、途中から無理難題を言って相手を困らせることや、傲慢な態度をとってお父様が頭を抱えるのを見ているのは楽しかったの。ちょっとしたストレス解消だったわ。想像していた以上に悪い噂も流れていたし、ならいっそ楽しもうと思って張り切ってしまったのよ」

「大変なのはアルウェイ公爵だったのか……」


 娘のわがままにさぞかし困ったはずだ。

 それでも負い目もあるから我慢し、娘の幸せを願い結婚相手を探し続けた。そして、ジャレッドが縁あって選ばれた。


「誰もが無理難題を言われれば当たり前だけど怒り、陰口を叩いたのよ。例外なのはあなたくらい。だけど、わたくしはあなたと結婚はできなかった。お母さまが楽しみにしていたから婚約者の真似事はするつもりだったけど、危険が隣り合わせのわたくしたちの事情に巻き込むことはできなかったの」


 結婚を拒み、婚約者候補が現れても追い払ったのは、自分のためではなく相手のためだった。

 やり方こそあまり褒められたものではなかったが、オリヴィエなりに考えた結果だったのだ。


「でも、結局あなたは巻き込まれてしまったわ。ごめんなさい」

「謝らないでください。いいですよ、巻き込んでください」

「巻き込んでください、なんて言えるのはきっとあなたくらいね。さっきも思ったけど、やっぱりあなたは馬鹿よ。ねえ、ジャレッド、わたくしは本当にあなたを巻き込んで構わないの?」


 まだ涙が残る瞳を向けられ、ジャレッドは頷く。

 すると、止まっていた涙が再び流れ出した。


「オリヴィエさま?」


 彼女は言葉を発することなく、ジャレッドに頭を預けてもたれかかる。慌てて彼女の体を抱きしめた。


「ねえ、本当に迷惑をかけて構わないの?」

「もちろん」

「危険よ?」

「魔術師に危険はつきものです」

「死んでしまうかもしれないわ」

「それだって今さらです。もう一度死にかけましたから、気にせずどうぞ」

「やっぱりあなたは馬鹿よ」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 ジャレッドはオリヴィエを抱きしめる腕に力を込めると、彼女に向かって自らの意志を告げる。


「オリヴィエさま――いや、オリヴィエ。俺はあなたの婚約者だ。オリヴィエとハンネローネさま、トレーネのことが好きだ。だから迷惑をかけてほしい、遠慮なんかしないで巻き込んでくれ。俺は死なない。死んでやるものか。オリヴィエたちとアルウェイ公爵が笑顔で一緒に暮らすことができるその日を見るまで、絶対に死んだりしない。だから、あなたたちのことを俺が守るよ」


 返事はない。しかし、代わりに泣き声が聞こえ、ジャレッドの体をオリヴィエが強く抱きしめた。

 再び泣き出してしまった年上の婚約者をあやすように髪を撫でながら、ジャレッドは今夜再び現れると宣言したプファイルを倒すため、ひとつの決意をした。



 ※



「よかったですね、オリヴィエ様」


 ジャレッドとオリヴィエが話をしているのをトレーネはこっそり聞き耳を立てていた。

 メイドとしてはしたないと思いながらも、万が一を考えて控えていたのだ。

 ジャレッドのことも当初は地位を求めるだけの人間かと思っていた。彼の父親がぜひ自分の息子を、とアルウェイ公爵に推してきたことを知っていたトレーネは警戒していたのだ。しかし、少し話してみればそんな印象はすぐに薄れた。


 彼はどちらかといえば父ではなく、祖父のダウム男爵に似ている。そうハンネローネが言っていたことをトレーネは思いだす。

 アルウェイ公爵が信頼する人物で、剣の師匠でもあったダウム男爵は表向きこそ部下だが、実際は相談役といっても過言ではない。ハンネローネも世話になったことがあると聞いている。


 少し気になり調べてみると、まだハンネローネへの襲撃が始まったばかりでオリヴィエも自分も大変だったとき、陰ながら護衛してくれていたのがダウム男爵だった。

 そのダウム男爵の孫ジャレッド・マーフィーがオリヴィエの婚約者として、自分を含めたみんなを守ってくれると言ってくれたことに、運命を感じてならなかった。


 もしかすると、公爵も男爵もこうなることを望んでいたのかと考えてしまうのは、勘ぐりすぎだろうか。

 それでも、ジャレッドはたとえ公爵たちが企んでいたとしても、関係なく自らの意志でオリヴィエたちを守りたいと思ってくれた。


 大陸一の暗殺組織ヴァールトイフェルまでが狙っていると知りながら、昨晩死にかけながら、そんなことなどお構いなく守ると言ってくれた。

 その一言がどれだけオリヴィエを救ったのかきっとジャレッドはわかっていない。

 トレーネでさえ、いや、ハンネローネですらオリヴィエが涙を流す姿を数年見ていない。負けるものかと母を守るため気丈に振る舞い続けるオリヴィエに涙は不必要だったから。


「ジャレッド様、本当にあなたがオリヴィエ様の婚約者でよかったです」


 ゆえにトレーネは感謝する。

 トレーネにとって姉のように慕う大切なオリヴィエと、母のように接してくれる暖かなハンネローネのために戦ってくれるジャレッドに、いつか恩返しをしようと彼女は誓った。




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