18.救出劇. ルザー・フィッシャー対アヴリル・ギャラガー2.
「ちくしょう、ちくしょうっ、ちくしょぉうっ!」
アヴリル・ギャラガーは屋敷の奥を目指して走っていた。
すべてはルザー・フィッシャーから逃げるため。
「パパの嘘つきっ、なにがジャレッド・マーフィーを押えたからなにも問題がないよっ。あんな、操られた人間を躊躇いなく攻撃できる人間と戦えるはずなんてないじゃないっ」
舌たらずな言葉使いをしている余裕もない。今はただ、少しでも早くルザーから逃げ出したかった。
「あの目、隙があればわたし殺されていたわ。絶対に、殺していたはずよっ。わたしが死ぬことなんてなんとも思わない、むしろ一人敵が減って丁度いいくらいにとしか考えないわ」
レナードが調べ上げたルザー・フィッシャーという青年。ヴァールトイフェルの一部に囚われ操られた過去を持つ。多くの人間を暗殺してきたが、それはすべてルザーの意思ではない。――そう思っていた。
「なにが洗脳されていたよっ。あの男は自分と関係ない人間なら平然と殺せるわ。わたしと同じようにっ」
アヴリル自身が他者をどうとも思わない人間だった故に、同族をすぐに見抜くことができたのだ。
戦うな、と本能が告げた。眼前で起きた容赦ない攻撃を目にし、本能に従うことにした。
「ちくしょうっ、ルザー・フィッシャー! 絶対に殺してやるっ」
そう言いながらアヴリルは少しでもルザーから離れようと逃げ続けている。
彼の魔力量、稀有な雷属性、そして罪もない少年少女を躊躇なく攻撃できる割り切りのよさ、すべてを含めて敬愛する父に匹敵していた。
もしかすると本気で戦った彼は父を超えるかもしれない。そんな嫌な予感さえした。
「駄目だっ、パパとあいつを戦わせたら駄目だっ。私が殺さないとっ――」
足を止め、振り返る。追ってくる気配がない。いや、ゆっくりと追ってきているだけかもしれない。
アヴリルは呪術師であり、戦闘者ではない。相手の気配など感じ取ることはできないし、いきなり襲われれば対処のしようがないのだ。だからこそ人を操り駒を作っていた。
自然と体が震える。恐怖だ。アヴリルはルザーが怖かったのだ。
今まで行ってきた汚い手段では勝つことができない初めての相手に――心底怯えていたのだ。
「殺さないと、殺さなければ――でもっ、怖いよぉ、パパぁ」
間違いなくルザーは自分が現れれば喜々として殺すだろう。
アヴリルを殺せば生徒の洗脳も解けると予想くらいしているはずだ。国を裏切った父親を持つアヴリルが生かされる理由が見つからない。どうせ捕まって死罪だ。
「そうだぁ――」
体を震わし、どうすればこの状況をひっくり返すことができるか考えていたアヴリルの脳裏に、天啓めいた閃きが訪れる。
にぃ、と唇を吊り上げ、止めていた足を再び進めていく。
目指すのは屋敷の地下だ。ルザーを倒すために必要な駒がそこにいる。
「うふっ、うふふっ、ふふふふふっ! そうよ。わたしがこんなところで死ぬわけがないじゃないっ」
階段を駆け降り、扉を開ける。途中、騎士団に出くわしたが、無視して走り続ける。
「どうせ馬鹿な貴族の慰み者になっているんだから有効に使わせなさいよっ――オリヴィエ・アルウェイ!」
女として絶望を味わい、尊厳もなにもかもぐちゃぐちゃになっているであろう囚われの人質を求める。
「オリヴィエっ、外に出してあげるわっ――わたしの駒として、あの男を倒す道具としてっ!」
彼女が閉じ込められている隠し部屋を勢いよく空けた。
邪魔な貴族は殺せばいい。魔術師でもない、小太りのお坊ちゃんなど恐れるに足らず。
余裕が心に戻ったおかげで嗜虐心が復活したアヴリルは、恨みの果てに凌辱されたオリヴィエがどんな顔をしているのか楽しみになった。
だが、扉を開けたと同時に飛び込んできたのは、公爵令嬢の絶望した顔ではなく――靴の裏。
「――へ? ――ぶっっぁああっ!?」
顔面に強い衝撃を受け体が浮く。
「え? なんで?」
宙を舞っていることにさえ気付かず天井を見上げ、呆然とアヴリルは呟いた。
唇だけではなく、歯までが痛く、涙が自然と出てくる。続いて、背中と後頭部に衝撃を受け、視界が白くなり意識が飛んだ。
アヴリルは自身の身になにが起きたのか全く理解することなく、意識を失ったのだった。




