17.救出劇. ルザー・フィッシャー対アヴリル・ギャラガー1.
「……おっと、ずいぶん派手にやっているみたいだな」
轟音と地面の揺れを感じ、ルザー・フィッシャーはこの場にいないラウレンツ・ヘリングが本格的に戦っているのだと知る。
「あまり囮役になれなかったから、さっさと全員倒すか」
すでに彼の足元には操られた生徒と王立魔術師団の団員たちが倒れている。全員が全員雷撃によって意識を刈り取られたのだ。
ざっと数えて三十人ほどの敵を殺すことなく沈黙させ、当のルザーは傷ひとつ負っていないどころか息さえ切らせていない。その実力は彼を倒したジャレッドと同等かそれ以上だった。
「うふ、うふふふふふふふっ――」
「新しいお客様さんか、歓迎するぜ」
「あらおかしいわぁ。お客さんはあなたのほうじゃなくてぇ?」
「違いない」
屋敷から新たに現れたのは、黒髪を左右に結った嗜虐的な笑みを浮かべる少女だ。
「こんにちはぁ。ルザー・フィッシャー。わたしぃ、レナード・ギャラガーの娘、アヴリル・ギャラガーよぉ。短い間だけどぉ、よろしくねぇ」
舌たらずな喋り方をする少女――アヴリル・ギャラガーの登場にルザーの表情が強張る。
「なぜ俺の名前を知っている?」
「ジャレッド・マーフィーの周囲の人間は可能な限り調べたわぁ。だから竜が屋敷に住んでいることもぉ、ヴァールトイフェルの暗殺者が二人も一緒に暮らしていることもぉ、全部調べたのよぉ」
「なるほど。まあ、当たり前だね。敵を知ることは基礎中の基礎だ」
アヴリルの口からアルメイダの名が出なかったのは、把握できていなかったからかもしれない。
年齢不詳のジャレッド師匠は外見こそ幼いが、その力は計り知れない。ルザーも何度か訓練と称して手合わせをしたことがあるが、まったく手も足も出ずに敗北してしまった。
彼女が屋敷にいなかったことが正直気になっている。普段、守りを担っているアルメイダがなぜ襲撃時に屋敷を開けていたのか。それとも、アルメイダの不在を狙って襲撃されたのか。
「あなたのこともぉたくさん調べたわぁ。といってもぉ、多くは知ることができなかったけどねぇ」
ここで会話をする意味があるのか不明だが、ラウレンツたちがオリヴィエを見つけるまで厄介な戦力と思われる少女が付き合ってくれるならそれでいい。
ルザーは会話を引き延ばそうと決めた。
「ヴァールトイフェルに所属ぅ――と聞けば聞こえがいいけれどぉ、操られていた哀れなお人形さんねぇ。雷属性とぉ、戦闘者としてのスキルはぁ、あの厄介なジャレッド・マーフィーよりも上かなぁって」
「それは光栄だと言わせてもらうよ。だけど、俺なんかよりもジャレッドのほうが強いさ」
「――うふっ、ふふふふふっ。ならぁ、そのジャレッド・マーフィーを捕らえたわたしたちの勝ちよねぇ。わかるぅ?」
「そうか?」
「えぇ、そうよぉ。今ごろぉ、あの男がどんな目に遭っているかわからないけどぉ、碌な目にぃ、遭っていないでしょうねぇ」
彼女の父親レナードは、学園でラウレンツにジャレッドを駒にすると言った。しかし、娘から詳細が語られない。知らないのか、それともあえて言わないのか。
ただ、人を馬鹿にした話し方と、表情に浮かぶ嗜虐心から察するに、知っていればこちらに動揺を与えるために言っているだろう。そうルザーは考える。
――ならば無駄に時間をかけて情報を得ようとする必要もないか。
時間稼ぎも大事だが、油断しているとしか思えない態度から倒してしまったほうが早いと判断した。
「んんぅ? なによぉ。怒ったの? 戦うつもりぃ? いいわよぉ。――でもぉ、一対一で戦えるなんて思っていないわよねぇ」
アヴリルの口が歪むと同時に、彼女の背後から王立学園の制服を着た少年少女が現れる。ひとり、ふたりと続き十人の生徒が焦点の合わない瞳をルザーに向ける。
「なるほど。操っているのはお前か?」
「正解ぃ。呪術を使ってぇ、力もない癖にぃ、分不相応なことばかりさえずる奴らを操ってみましたぁ。ほんっとうに無様よねぇ。大した実力もないのにぃプライドだけは一人前ぇでぇ、パパの言葉に喜んでついてきたけどぉすぐにビビッて逃げだそうとしたのよぉ」
生徒たちがゆっくりと手を伸ばしてルザーに向かってくる。
「生徒たちの呪術を解く気は?」
「ないわぁ。この駒たちは生きている限りわたしのためにぉ動き続けるのよぉ」
「そうか――なら、意識を刈り取ってみよう」
もう少しでルザーに生徒たちの手が届く距離まで近づいた刹那、雷鳴が木霊し生徒たちに青雷が直撃する。
「――な」
指一本動かすことなく雷撃を放ったルザーに、アヴリルは絶句した。それだけではない。まったく躊躇うことなく操られている生徒に攻撃をしたことが想定外だったのだ。
音を立てて地面に倒れ、ぴくりともしない生徒たちをしり目に、余裕が消え去った少女へルザーが笑って見せる。
「いくら君が呪術と言う稀な魔術を使うことができたとしても、意識のない人間を操ることはできない、違うか?」
「なぜ、なぜわかったっ?」
「おいおい。口調が変わっているじゃないか。もしかして、今までの舌たらずな話し方はキャラづくりか?」
「黙れっ!」
「余裕なくなり過ぎだろ。まあいいさ。少し考えれば誰も気づくはずさ。もし君が呪術で誰かを操る際、意識がなくても構わない、死んでいても構わないというのなら――はじめからそうしているだろ?」
死者を操ることができるのならば対処は難しかったはずだ。しかし、そうはならなかった。アヴリルが操ることができるのは意識のある生者限定。
呪術の仕組みはわからないが、意識がなければ操れないとわかっただけで十分なほど戦える。
「呪術だろうと魔術だろうと、所詮は限界があるのさ」
呪術師として現代ではアヴリルは優れているだろう。だが脅威ではない。他者を操るだけの人間に――ルザー・フィッシャーは負けてやらない。
「さて、守りがいなくなったところで――次はお前だ、アヴリル・ギャラガー」
「――ひっ」
短い悲鳴をあげたアヴリルの行動は早かった。
立ち向かうのではなく、愚かにも敵に背を向けて屋敷の中へ逃げだしたのだ。
「お、おいっ、嘘だろ?」
さすがのルザーも彼女の行動には驚いた。そのせいで魔術を撃つのが、一歩遅れてしまった。
そのわずかな隙にアヴリルは屋敷の奥へ駆けていく。
「あちゃー。失敗した」
姿の見えなくなったアヴリルを追うため、ルザーは屋敷の中へ追いかけていくのだった。




