16.救出劇 ラウレンツ・ヘリング対ブレンダ・キャンベル2.
「くだらないな」
迫りくる無数の石槍をラウレンツは同じように石槍を撃つことで相殺した。
ひとつも撃ち漏らすことない射撃精度は宮廷魔術師二人と訓練と称した戦いの中で必要不可欠であるため身に着いたものだ。
その実力はすでに学生の域を超えている。
「……まさか、すべて相殺されるとは思っていなかったわ。なら――これはどうかしら!」
ブレンダが歯噛みして魔力を地面に流すと、ラウレンツの足下から岩の大剣が突き出してくる。
しかし、
「君が魔力を高めたときから想定済みだ」
障壁を張ることなく、数歩横にずれただけで攻撃は体に触れることなく終わる。
ラウレンツは冷静だった。例え、オリヴィエとジャレッドを探さなければならない場面に同じ学園の生徒が敵として現れたとしても、慌てることはなかった。
――宮廷魔術師二人を相手に戦うことに比べれば大したことはない。
ブレンダ・キャンベルは強い。特待生として実践を重ねていることはもちろん、こうして魔術を撃ちあっただけで彼女が魔術師としての才能に優れていることがよくわかる。
言うまでもなく自分よりも才能がある。しかし、才能の有無だけで負けるつもりはない。
「次は僕から攻撃するぞ」
詠唱することなく魔力を体内に巡らすと、床を蹴る。
戦闘者ではなく魔術師としての戦闘方法に括るラウレンツなら本来取るはずのない行動に、視界の中でブレンダが驚いた顔をするのがよく見えた。
ラウレンツ自身も己が戦闘者になれないことはよく理解している。自分がどこまでも魔術師であり、それ以外になれないことを痛いほど自覚があった。
そこで魔術師という枠を広げることにした。単に魔術を放つだけの人形になるのではなく、戦いの中でひとつひとつ考え、適切な行動を起こすことができる魔術師――それがラウレンツ・ヘリングの目指す理想だった。
ただし、体術面では一流に届かない。ゆえに――魔術で補うことにする。
「穿て」
詠唱の代わりに短い命令を口にすることで、魔術に方向性を持たせる。
高められた魔力はひとつの魔術となり、頭上に石の刃を形成する。ブレンダの眼前で足を止めたラウレンツが手を伸ばし刃を握ると、一切の躊躇なく振り下ろす。
「はっ、その程度の攻撃でっ」
巨大な刃の質量が目を見開いたままのブレンダに襲い掛かるも、彼女も戦いに不慣れなわけではない。動揺はあったが、的確に障壁を張り、受け止めるのではなく受け流すことに成功する。
外れた一撃が大地を轟音と共に揺らし、抉る。廊下の床に大穴を開けることとなった石の刃にブレンダは冷や汗を流した。
さらにラウレンツの攻撃は続く。
「まだ僕の攻撃は終わっていない」
石の刃が砕けると、形を変える。巨大な一振りの刃が、細かい数多の刃と変貌を遂げ、唸りをあげて少女に襲いかかった。
「きゃあああああああぁあっ」
年相応の悲鳴とともに、至近距離から放たれた無数の刃を浴びせられてしまうブレンダ。
刃の雨から逃げようと障壁を展開して、近くにある窓を突き破って外へ逃げ出す。室内では負けると判断したのだ。
「逃がすものか!」
一拍遅れて自らも窓を蹴って跳躍する。高さに恐れることなく宙を舞うと、すでに地面に着地していたブレンダが魔力を両手に集めていた。
させるものか、と宙で杖を構えたラウレンツが魔術ではなく手に持つ杖で追撃する。
「ぐっ、ああっ」
魔術を放つよりも早く、杖で殴打され地面を無様に転がる。
対して強い一撃ではないが、動きを阻害するには十分すぎた。結果、ダメージが小さいにも関わらず、両手を地につけ土まみれになっている。
「おのれっ――」
砂を掴んで投げつけるが、届かない。
ラウレンツは少女の伸ばされた手を冷静に杖で叩いた。
骨が折れることはなかったが、痛めるには十分すぎる威力が与えられブレンダは顔を歪めて呻く。
魔力を高め大技を放たんとするが、
「それは許さない」
短い言葉とともに、杖に纏った石の刃を喉元に突き付けられ、いざ詠唱を始めようとしていた口が固まった。
「そ、それだけの実力を持っているのに一生徒で甘んじていたというの?」
「僕が力をつけたのは最近のことだ。今までの僕には実力が足りていなかった」
かつてはジャレッドやブレンダをはじめ特待生たちを羨んだ。なぜ、自分が選ばれないのかと憤ったこともある。
しかし、今ならわかる。魔術師協会と学園の判断は正しかった。自分には実力が特待生になるには届いていなかったのだ。
仮に当時に自分が特待生となっていたら、単独で魔物と戦い死んでいた可能性だってある。今はただ、大人たちの判断に感謝したい。
「嘘よ! 私にはわかるわ。貴方はいつだって私たちを羨んでいたわ。だから授業のときに噛みつくように戦い、敗北していたはずよ」
「認めるよ。前の僕はその通りだった。しかし今はもう違う。分不相応な立場を求めたりしない。さあ、お喋りはここまでだ。ブレンダ・キャンベル――投降するんだ」
ブレンダが負けを認めてくれることを祈った。
はっきりいって実力的に勝っているかと問われれば首を傾げるだろう。今回の勝利は、ラウレンツの戦い方を知っていたブレンダに対し、今までとは違う戦法を取ったことにより有利に立っただけだ。
魔術を使わせなかったことで時間をかけずに勝利した。だが、このまま戦いが継続されればわからない。
「――よ」
ブレンダは震える。
「嫌よっ」
怒りからか真っ赤になった顔を上げ、ラウレンツを睨みつける。
高まる魔力がすぐに魔術となることを教えてくれていた。すぐに後退し、障壁を張る準備をする。
腕を前に突きだし幾重にも障壁を展開した刹那――数え切れない数の石の刃が風切り音を立てて殺到した。
魔力を帯びた刃が障壁を貫通し、ラウレンツの体を傷つける。至るところから血が飛び、鮮血が舞う。
「――くっ、これほどとは」
障壁を重ねるが、射抜く量が減っただけでいまだ貫通しては体に傷を負っていく。致命傷になる箇所だけはより強固な障壁を張っているが、それだけで魔力の消費は激しい。
このままでは魔力切れを起こしてしまうかもしれないと不安になった。が――攻撃が止む。
「はぁ――はぁ――馬鹿にしてぇっ――」
息も絶え絶えになりながら泣きそうな表情でブレンダが睨みつける。
「なにを言っているんだ?」
「その余裕よっ。私がこれだけ貴方を殺そうと攻撃しているのに、貴方の攻撃はすべて手加減されているっ。国を裏切った愚か者たちに着いた私にどうして情けをかけると言うの?」
返事をすることがなかった。
彼女の言うとおり、ラウレンツがブレンダを殺そうと思えばすでに殺している。殺さないと決めたから苦戦しているのだ。
魔術師の才能も、戦いの経験もブレンダのほうが上回っている。しかし、ラウレンツには対人戦と対魔術師戦の経験が豊富だ。これも宮廷魔術師二人のおかげである。
その経験が生かされているからこそ、冷静に攻防を続けることができた。その気になれば、喉元に刃を突き付けるのではなく、突き立てることも可能だった。
しなかったのは単にブレンダが同じ学園の生徒であることと、女性であることからだ。そして信じているのだ。
――まだ戻ってくることができる、と。
「あなたも同じね、私に手加減するのね。私がどれだけ命の奪い合いを欲していたとしても、あいつらのように私を虚仮にするのね?」
静かな怒りが発せられ、ラウレンツが自分が思い違いをしていたことに気づく。
ブレンダ・キャンベルは戦いにさえつき合えば戻ってくることができると信じていた。だが、違う。そうではない。理由は定かではないが、全力をもって命の奪い合いをしたいのだ。
手加減されることを望まず、敗北すれば自分が死ぬことすら厭わず、ただ戦いたいだけ。
ゆえにラウレンツの態度に激高するのだ。
「わかった」
杖を捨て、ラウレンツは魔力を高めた。すべての魔力を使いきる覚悟で限界まで高めていく。
「本気を出そう。僕にとって最大の一撃を使おう」
「いいわ。そうよ。私が求めていたのはこれよ!」
表情が一転して歓喜に満ち溢れるブレンダも、同じように魔力を高めていった。
二人の魔力はほぼ互角。属性も同じ地属性。勝敗を決するのは――意地だ。
「さあ――殺し合いましょう! そしてどちらが強い魔術師なのか、どちらが宮廷魔術師にふさわしいのか証明しましょう。私を女だからと軽んじた奴らに後悔させるためにも、私は必ず貴方を殺してみせるわ」
「それが理由か――」
ようやくブレンダの行動理由を理解した。以前からラウレンツの耳にも届いたことがある。特待生の身でありながら、女だという理由から実力に反して評価がされていないと。彼女がそのことに憤りを感じていた、と。
理解はできる。正統な怒りだ。ゆえに、加減されることを嫌ったのだ。たとえ命がなくなったとしても全力で、対等に戦いたいと願ったのだ。
「お前は僕の敵だ。僕が倒さなければならない敵だ――ブレンダ・キャンベル」
「そうよ――私は敵よ。反逆者に組した、倒すべき敵よ!」
歓喜を溢れさせる少女が、恍惚と表情を歪め魔力を限界まで高めていく。ラウレンツの彼女の続き、限界を超えんばかりに魔力を高める。
「さあ、殺し合いましょう。どちらが強いか、勝敗を決しましょう。――大地の神よ、私の魔力を捧げます――」
「大地の神よ、僕の魔力を捧げます――」
奇しくも二人は同じ魔術を選んだ。
「土の巨人を生みだし母よ、敵を蹂躙する非情なる力を振るいたまえ――」
「土の巨人を生みだし母よ、敵を蹂躙する非情なる力を振るいたまえ――」
「地を砕き、矮小なる人間を飲み込み、大地に新たな繁栄を与えたまえ――」
「地を砕き、矮小なる人間を飲み込み、大地に新たな繁栄を与えたまえ――」
視認できるほど高密度に高まった魔力が唸る。
風を吹き荒らし、地面をめくるほど魔力が暴れ、今にも爆発しそうとなる。
少年と少女は互いに詠唱を終えた。
「私が勝つわ、ラウレンツ・ヘリング」
「僕が勝つ。こい、ブレンダ・キャンベル」
大きく腕を掲げた両者は魔力の本流を一気に降りおろした。
「――大地の慟哭!」
「――大地の慟哭」
世界を恨むような悲痛な嘆きが一面を覆う。
刹那、地面が割れ隆起する。意思を持つかのごとく暴れ狂い、両者を飲み込まんと襲いかかる。その姿は荒ぶる竜のごとく。
一切引く素振りを見せない二人は、怒り狂う大地に飲まれた。




