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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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13.救出劇 プファイル1.




 プファイルはヴァールトイフェルの部下とアルウェイ公爵家も私兵を引き連れ、シレント伯爵家所有の私有地に侵入していた。

 古い屋敷を中心に、周囲を取り囲むように木々が覆い茂っている。まるで森に迷い込んだ気分になる。


「この場の魔力が澱んでいる……あからさまに怪しいな」


 一見すれば古びた屋敷にしか見えないが、戦闘者であると同時に魔術師として高い資質を秘めているプファイルには魔術的な要素が多分に見て取れたのだ。

 水色の髪を揺らして背後に控える部下たちを向く。


「我らヴァールトイフェルが屋敷にこのまま直行する。公爵家の人間は裏手に回れ。オリヴィエを探し、救出を優先しろ」

「承知した」


 私兵たちの代表が返事をする。

 彼らにとってプファイルは主ではないが、主であるハーラルト・アルウェイが自分たちを託した以上よほどの命令でなければ反ずることはなしない。

 こうしてオリヴィエの救出を優先させてくれたこともあり私兵たちの不満は一切なかった。


「我々は敵を鎮圧し、屋敷を支配下におさめる。――いくぞ」


 弓を構え、腰を低くしながら木々の影を辿って屋敷の正面に近づいていく。

 屋敷の玄関を守っているのは王立魔術師団の制服に身を包んだ男性二名。プファイルは部下たちの足を止めさせると、矢を番えて射る。

 矢は吸い込まれるように男たちの体を捕らえ、声を上げさせることなく倒してしまった。


「矢じりに薬を塗っておいて正解だったな」


 射殺すことは容易いが、瞬間的に絶命させることは難しい。相手の体格によって生きながらえることも十分にあるのだ。敵に自分たちの存在を知られるのはもう少し後が好ましい。ゆえに、絶命させるのではなく矢じりに薬を塗ることで瞬間的に意識を奪うことを選択したのだ。

 少なくともこの戦いが終わるまで目を覚ますことはないだろう。


「プファイル様、屋敷の中から新たな人間が近づいてきます」

「わかった。お前たちも散開し、敵を倒してこい。可能ならアルウェイ公爵家の私兵どもの手助けもしてやれ」

「――はっ」


 少年の命に、装束で頭まで覆った暗殺者たちが音もなく散っていく。

 ひとりになったプファイルは身を隠すことをやめ、矢を構えたまま玄関が開くのを待つ。

 そして、音を軋ませて古い扉が開かれると同時に、視界に入った魔術師を射抜き昏倒させていく。

 新たに登場した五人の魔術師は、声を上げることなくあっという間に意識を失った。


「次だ」


 矢を回収して矢筒に戻し、倒れた七人を屋敷の影へ運ぶ。彼らが発見されることが少しでも遅れれば、オリヴィエの救出に当たっている兵士たちが焦らずにすむ。

 プファイルたちがすべきことは静かに鎮圧するだけだ。

 息を殺し、屋敷に侵入した刹那、


「――っ」


 耳に風が唸る音が届き、大きく跳躍して障壁を張る。

 同時に、展開した衝撃に不可視の攻撃がぶつかり大きな衝撃が加わった。


「ぐっ――重い」


 衝撃を殺しきることができず屋敷の外まで吹き飛ばされてしまう。

 傷を負うことはなかったが、予想していたよりも手練れがいることがはっきりとわかった。

 プファイル自身が風使いだったため攻撃に気づいたが、そうでなければ体を分割されていた可能性がある。実に隠密性の高い攻撃だった。内心、敵を称賛したくなる。


「いることはわかっている。姿を現せ」


 弓を構え屋敷の入り口に矢を向ける。

 コツ、コツ、と靴音を鳴らしてゆっくり襲撃者が姿を現した。


「数時間ぶりね、プファイル」

「――エルネスタ・カイフ」


 やはり、と内心予想が当たっていたことを苦々しく思う。

 エルネスタ・カイフ。ジャレッドの秘書官であり、元宮廷魔術師候補バルナバス・カイフの妹。兄と同じ風使いであると同時に、優れた魔術師である。


「まさかここまでの実力を持っていたとは思っていなかった」

「私自身も驚いているのよ。だって――こんなに体が軽いことなんて、生まれて初めてなんだから」


 恍惚とした表情を浮かべ、エルネスタは自らの体を抱きしめる。

 その姿はプファイルの知る彼女ではなかった。


「――操られている、のか?」


 ただし、意識がはっきりしているため呪術によって今も操られているのか確信を持てない。彼女がプファイルの前でおかしくなったときは、こうして会話が成立することもなく問答無用に襲われ、消えた。

 対して、今はエルネスタの意思で会話をしているように見える。


「そうね、操られているといえばそうなのかもしれないわ。でも違うかもしれない」

「要領を得ない。わかりやすく答えろ」


 淡々と質問するプファイルに対し、エルネスタは無警戒に近づいてくる。

 矢を構え矢じりが彼女の胸に向いているにも関わらず、射らない確信があるのか歩みに躊躇いがない。


「止まれ」

「嫌よ」

「止まれ、エルネスタ・カイフっ」


 わずかに苛立ちを混ぜた声を発したことでようやく彼女が足を止め、不満そうに銀髪をかき上げた。


「もう一度問う。お前は操られているのか?」

「ええ、操られているわ。でもね、正しくいうなら私は解放されたの」

「解放だと?」


 怪訝な表情を浮かべるプファイルに、エルネスタは笑みを濃くして続けた。


「そうよ。あなたにならわかるでしょう。私はずっと、私自身になりたかった。兄の影を追う妹ではなく、魔術師であれと望む親の娘ではなく、私が望むまま好きに生きてみたかったわ」

「ならばそうすればいい――私はいつもお前にそう言ってきた」

「ええ、そうね。でも私はその度に、無理よ、と言ったわ。でも――もう我慢しなくていいの。残された家族のことなど考えずに好き勝手に生きた兄のことも、消えた兄の代わりに私を魔術師に育てた両親のことも、もう知らないわ!」


 大きく両腕を広げ、舞台女優のように声高々に言葉を発する。


「――私は自由よ。自由になったの!」

「今、確信した。エルネスタ・カイフ、お前は操られている」

「いいえ、これが本当の私よ。ずっと隠してきた私。醜く、愚かな私よ。でもね、偽って生きるよりも、ずっと気持ちいわ」


 エルネスタから発せられる魔力が黒く濁っている。視認できるほど高まりつつある魔力に影がかかるのを見て、思わず顔を顰めてしまう。

 同時に確信したことが正しいとわかった。

 間違いなくエルネスタ・カイフは何者かによって呪術をかけられているのだ、と。


「エルネスタ、今助けてやる。待っていろ」

「私は助けなんか欲していないわ。だって、最高の気分なのよ。ねえ、プファイル、もしも私の邪魔をしようとするなら――許さないわ」


 轟、と銀髪を巻き上げ風が唸る。

 呪術のせいで魔力に変化があったのか、それとも彼女本来の実力なのか、プファイルの知るエルネスタよりも数段力が増している。

 おそらく、彼女の兄であるバルナバス・カイフ同等かそれ以上まで魔力の高まりを見せている。

 しかし、プファイルは臆することはなかった。だが、強者と戦える喜びもない。


 彼の胸の内にある感情は――怒りだ。

 エルネスタ・カイフというプファイルにとって心地よくも、言葉にできない感情を目覚めさせた時間を共有した女性に呪術をかけ、おかしくした者への、純粋な怒り。

 なぜこうも憤っているのか自分でもわかることはない。


 燃えるような怒りを必死で隠しながら願うことはたったひとつだけ――いつもの彼女に戻ってほしい。ただそれだけだった。


「すぐに助けてやる。待っていろ、エルネスタ」


 プファイルは弓と矢を地面に捨て、魔術を放たんとするエルネスタに向かい肉薄した。



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