9.残された者たち8. 敵の行方4.
さらに一時間が経過した。
再び情報を待つラウレンツたちは、それぞれ戦いの支度を終えていた。
ラウレンツは王立学園の制服の上に、公爵家に用意してもらった戦闘衣のローブを羽織っている。よくも悪くも魔術師として、体術も最低限しか使えないことから武器などは護身用のナイフしか持っていない。
ルザーに至っては、複数のナイフと革製のグローブを装備しているだけだ。もともと起きたと察していた彼は必要な準備をとうに終えていた。
プファイルは自らの足で、アルウェイ公爵家別邸に弓と矢を取りに戻り、支度を整えていた。建物の屋根を身軽に移動する彼だからこそ可能なことだった。
彼らは静かに、公爵の執務室で戦いのときを待ち続けている。
「今、王宮と魔術師協会と連絡を取ることができた。レナード・ギャラガーたちの居場所が分かり次第、騎士団が出撃することになった」
そこへ使い魔を経由して王宮と魔術師協会と連絡を取り終えたハーラルトが戻ってきた。心なしか肩の力が抜けているように見える。今まで連絡が取れなかった各所と繋がったことで、少なからず安心したのかもしれない。
「王宮も、魔術師協会も今回の一件は可能な限り早く片付けたいそうだ。不幸中と幸いというべきか、レナードたちは本当に水面下で動いたみたいだね」
「水面下と、言いますと?」
「彼らは王立学園、王宮、魔術師協会、貴族の屋敷を襲撃したが、民には一切手を出していないことがわかったよ。おかげで民は普段と変わらない生活をしているそうだ」
なるほど、と納得することができた。
ずっと不思議に思っていた。貴族に関しての情報は入っていたが、民に関するものはなにも届いていない。アルウェイ公爵家を例に出せば、関係者は貴族だけではない。商家はもちろん、支援している人間もいるのだ。そんな彼らから助けを求める声がないことに疑問を覚えていた。
同時に合点がいった。レナードたちは国取りを行っているが、数が多いわけではない。王立魔術師団に王立学園の生徒を足したところで、二百人程度だ。すでに半分近くが捕縛、もしくは倒されてしまっている以上、無駄な余力はない。ならば倒すべき相手だけに集中しなければならいのだ。
魔術師だけの国を作るといっても、ウェザード王国には魔術の使えない人間のほうが断然多い。彼らを全員害しようとすれば、いくら魔術師とはいえ数が足りなさすぎる。
ならば、水面下で行動し、打ち倒すべき貴族と王族たちさえ倒してしまえば、入れ替わるだけでいいと考えたのだろう。
そして、現在、その試みはうまくいっていると思われる。
王立学園という貴族以外も集まる場所で戦闘行為を行ってしまったものの、それでも事が事だけに学園側が極力事態を隠している。つまり、正統魔術師軍という名の反乱軍に都合よく事態が進んでいたのだ。
「レナードという男を俺は知りませんが、話を聞くだけですと優秀な人間のようですね」
「仮にも王立魔術師団の団長として何年も我が国の防衛を務めただけはあるよ。実際、私も王都守護という立場から顔を合せ、共に戦うこともあったが、優れた人物だった。王宮の信頼も厚く――それだけに残念で仕方がない」
「だからこそ彼に賛同する魔術師も多かった、と」
「その通りだよ。彼に賛同しなかった団員たちも、上司として尊敬はしていたと聞く。襲撃者の捕縛こそ手伝わせたが、これからは宮廷魔術師の監視下に置かれ待機状態になるそうだ」
「宮廷魔術師と王立魔術師団員の一部が使えないのは痛いですね」
「だが、疑心暗鬼を生ずる必要がないからね。彼らは潔白を訴えているが、今はそれを証明するよりもすべきことがある。監視付きで待機させるというのは、一応彼らを信じている証拠なのだよ」
疑わしいと思うのならば牢に入れてしまえばいい。彼らも潔白を証明するために嫌がりはしないはずだ。そうしないのは、あくまでもレナードに付き従わなかったという彼らを信じてのことだ。
「宮廷魔術師は彼らの監視、王宮の護衛、魔術師協会の見張りを兼ねた護衛などにつくことになるだろう。こういうときに、人数が揃っていないことが悔やまれるね」
宮廷魔術師となることが決まっているジャレッドは敵の手中であり、宮廷魔術師候補はジャレッドを残し死亡している。
ここにいるラウレンツが新たな宮廷魔術師候補として名が挙がっているが、同じくらいの実力者は、彼のようにすでになにかしら今回の一件に関わっている。
以上を踏まえても、やはり人材は足りていない。
「ジャレッドを取り戻すことができれば、戦力として優位にならずとも期待はできるんだが――」
公爵がこの場にいないジャレッドを想った、そのとき――。
「失礼する。密偵から連絡がきたぞ」
屋敷の護衛にあたっていたローザ・ローエンがノックもなしに執務室に現れる。
戦闘衣を纏った彼女から、待ち望んでいた情報がもたらされた。




