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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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1.残された者たち1. 救出1.



 リリー・リュディガーはジャレッド・マーフィーとオリヴィエ・アルウェイが連れ去られていくのを黙って見ていることしかできなかった。

 人質を取られ、多勢に無勢。そんな状況の中で、なにもできなかったことはしかたがないことなのかもしれない。しかし、リリーは自分が許せなかった。


 ――なにが秘書官だ。わたしは、役立たずじゃないかっ。


 屋敷に残されたのは、リリーをはじめ、オリヴィエの母であるハンネローネ・アルウェイとメイドのトレーネ・グラスラーの三人。

 不幸中の幸いと言うべきか、オリヴィエの妹エミーリア・アルウェイは、ジャレッドの従姉妹のイェニー・ダウムと共に彼女の実家へ出かけていたため、巻き込まれずにすんでいた。


 ジャレッドの師匠であり、この屋敷を守護する最大戦力でもあるアルメイダも不在だ。所用があって屋敷にいないそうだが、その隙をついたのであれば敵もよく屋敷を監視している。

 ヴァールトイフェルのローザ・ローエンとプファイルもいない。二人はもともと日中は屋敷にいないことが多いため、今回もいないことはしかたがないことだ。


 誰もが油断していたと言わざるをえない。

 若くして宮廷魔術師になることがきまったジャレッドをはじめ、戦わせれば強者と呼べる人間が屋敷に暮らしていた。ひとりでも残ってさえいれば、住人たちは誰もが守れると信じて疑っていなかった。


 まだ子供ながら竜の璃桜が屋敷に残っているのだから、誰も不安に思うことさえしなかった。

 だが、まさか屋敷が手薄になった瞬間に押し入られ、竜さえも無効化されるなどと夢にも思わなかったのだ。


「リリー・リュディガー、ハンネローネ・アルウェイ、トレーネ・グラスラー、誰もが対象だ。この場で始末させてもらう」


 王立魔術師団団長の娘を名乗る顔を歪めて笑う女はここにはおらず、変わりに表情の乏しい部下たちが並ぶ。生気の抜けた目で一瞥すると、機械のように淡々と言い放った。

 ハンネローネが身を強張らせるのを感じた。

 この場から連れらされてしまったオリヴィエのためにも、彼女の家族を守らなければならない。そう思ったリリーは、自分の身の危険も顧みず口を開こうとした。


「この方々になにかをしようと言うのなら――先にわたしを殺してからにしなさい」


 だが、真っ先に声を発し、自分を身を犠牲にしようとした人間がいた。トレーネだ。

 彼女は怯えることなく真っすぐに魔術師に瞳を向ける。


「よすんだ、トレーネ」

「だ、だめよ、トレーネちゃん」

「構いません。わたしはメイドです。ならば主たちのためにこの身を――いいえ、違いますね。わたしは家族であるハンネローネさまたちを守りたいのです」


 いつも無表情の彼女は、そう言ってはっきりと微笑んだ。


「ならば望みどおりにしてやろう。お前を始末したら、次はリリー・リュディガーだ。順番にあの世に送ってやる」

「よせっ!」


 魔術師がトレーネに向かって手を伸ばす。魔術師ではないリリーにもはっきり感じ取れるほど強い魔力が集まり、力となっていく。

 どのような攻撃となるのか判断できないが、至近距離で受ければいくら魔術を使えるトレーネであっても危険だ。


 ――誰か、助けてくれ。ジャレッドっ――!


 なにもできないリリーは気が狂いそうになりながら、必死で助けを求めた。

 助けなどくるはずがないとわかりながら、誰かに縋らなければならなかったのだ。




 刹那――雷鳴が轟いた。




「――え?」


 その声は誰が発したものだったのか。

 轟音と共に視界を覆うほどの光が襲いかかると、今まさに魔術を放とうとしていた魔術師の体が壁に激突し、力なく崩れ落ちていく。



 再び雷鳴が轟き、紫電が暴れ狂う。



 凄まじい速度で部屋の中が誰かに蹂躙されていく。

 リリーたちに傷ひとつ与えることなく、ただ魔術師たちをひとり、またひとりと紫電が襲い倒していった。

 まるで稲妻のごときなにかが収まると、そこには金髪の青年がいた。


「あなたは……」


 恐る恐る声をあげたハンネローネに、青年は安心させるような笑みを浮かべ、膝を折り、首を垂れる。

 ハンネローネだけではなく、リリーもトレーネも青年を知っていた。

 だが、記憶にある青年とは違い、いつも笑顔だったはずの青年の表情は険しかった。


「遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」

「いいえ、あなたがきてくれて助かりました、ルザー・フィッシャー殿」


 代表してハンネローネが礼を言うと静かに彼は顔を上げる。

 三人の窮地を救ってくれた彼こそは、ジャレッドの兄ルザー・フィッシャーだった。



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