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31.ジャレッド・マーフィーの決意4.




 吸い込まれるように矢はジャレッドの右の脇腹を貫いた。

 激痛が襲いかかり、腹部が焼けるように熱くなる。

 肩と足、そして腹部を射抜かれてしまったジャレッドは、出血こそ少ないが体に力が入らず動くこともままならない。

 致命傷にこそなっていないが、早い治療が必要だ。なによりも、このままだと――敗北する。

 自分が倒れればオリヴィエたちが殺されてしまう。

 ジャレッドはここでようやく、プファイルを倒すのではなく捕縛しようと考えていたことが甘かったと痛感した。

 彼は強敵だった。魔術を使わずとも、魔術師に劣ることのない強者だった。ジャレッドは知らず知らずのうちに魔術師ではないから大丈夫だと思っていた傲慢さを恥じた。

 しかし、今さらどれだけ悔いても遅い。

 炎の中から新たな矢を構えたプファイルが近づいてくる。


「まだ、生きていたのか。魔術師のくせに随分体を鍛えているようだな。少し侮っていた」


 プファイルは矢を放つことなく構えを解くと、ジャレッドの傍に立ち、腹部に刺さった矢を勢いよく抜いた。


「あああっ、があああああああっっ」


 再び激痛が襲い、血が流れていく。

 続いて、肩と足からも矢を抜かれ、激痛がさらに襲いかかり、血が流れていく。


「矢は急所に当たれば確実に仕留めることができるが、急所以外に当たるとこうして矢を抜かない限り出血も少ないので敵を殺せない」


 痛みと急な出血で意識が霞むジャレッドの視界の中で、プファイルがベルトからナイフと取りだし、構える。


「敵を殺すならナイフの方が簡単だ。狩りと同じように、矢で射抜き、動けない得物をしめることと同じように」


 躊躇なく振りおろされる白刃をジャレッドは反射的にプファイルの手首ごと掴んだ。


「まだそんな力があったとは、正直驚いている」


 近距離から見るプファイルもジャレッドに負けず劣らず怪我を負っていた。衣類は炎で焼かれ、覗く肌の多くが火傷を負っている。黒曜石の槍を爆薬で破壊したのは見事だったが、至近距離で砕いた槍の破片を浴びたのかいたるところに裂傷を負い、血を流していた。

 眼下に迫るナイフを握る力もあまり入っていないようだ。同じく負傷しているジャレッドでも抑えることができるので、消耗具合は同じ程度なのだろう。

 だが、体ごと乗りかかられている状態であるため、ジャレッドの方が負担は大きい。いつまでプファイルごと押し留められるのかわからない。

 魔術を使いたくても、意識を他に向けている余裕はない。

 このままいたずらに時間だけが過ぎていくと思ったそのとき、


「なにをしているのっ!?」


 屋敷から寝間着姿のオリヴィエが飛び出してきた。


「くるなっ!」

「ジャレッド!? あなた、どうして……」

「いいから近づくな!」


 組み伏せられているジャレッドに気付いたオリヴィエだったが、言われた通りに足を止める。

 先ほどの爆発音で戦っていることに気付いたのかもしれないが、なぜ彼女がこの場に現れたのか理解できない。しかし、今のジャレッドに考えている暇はない。


「優先順位は低いが標的が現れたのは幸いだ。お前の相手はあとでしてやる」

「ふっ、ざけんな! そう言われて、はいそうですか、って好きにさせるわけがねえだろ!」


 ジャレッドは、地面に落ちていた矢を掴むと、ナイフを構えているせいで隙だらけのプファイルの脇腹に突き立てる。


「――ぐっ」


 短いうめき声をあげたプファイルだったが、未だナイフをジャレッドに向ける力が緩まない。


「私は暗殺者だ。痛みで動きが鈍ることはない! お前から始末してやる、ジャレッド・マーフィー!」


 力の拮抗が崩れ、少しずつナイフがジャレッドに近づいてくる。ナイフの切っ先が、喉に触れた。わずかでも抵抗を緩めたら待っているのは死だ。

 眼前に迫った死に対する恐怖は不思議とない。今まで死にかけたことは何度もあるので心が麻痺しているのかもしれない。だけど、オリヴィエたちを守れないことを考えると、震えるような恐怖が湧きでてくる。


「終わりだ、魔術師――があっ!?」


 とどめを刺そうと力をさらに込めたプファイルだったが、彼の体がジャレッドの上から離れ地面を転がった。


「わ、わたくしの婚約者を殺させないわ」


 オリヴィエが横から突き飛ばしたのだ。

 いつの間にか近づいていたオリヴィエにジャレッドもプファイルも気づくことができず、ただ目先の相手に集中しきっていた。

 そのおかげで救われた。


「ジャレッド……ああ、そんな、血が凄い……どうして、こんなに」

「オリヴィエ、いいから屋敷の中に戻って、早く」

「駄目よ、あなたをこのままにしていけないわ。戻るなら一緒に」


 勇猛にも暗殺者を突き飛ばしたオリヴィエだったが、ジャレッドの体に触れ、流れる血を目にして小刻みに体を震わせて動揺していた。

 できることなら自分など見捨てて屋敷に閉じこもってほしいと願い言葉を重ねるが、オリヴィエは断固として頷いてくれない。

 そのとき、風を切る音が聞こえた。

 ジャレッドは、意識すべてを風切り音に集中して手を動かす。


「――え?」


 オリヴィエが間の抜けた声をあげた。


「馬鹿、な……私の矢を、受け止めた、だと?」


 驚愕に染まったプファイルの声が続く。

 ジャレッドの右手は、オリヴィエに向かって放たれた矢を彼女の目の前で握っていたのだ。

 刹那の集中が、ジャレッドの反射神経を引き上げ、予告なしに放たれた矢からオリヴィエを救った。

 矢を折り投げ捨てると、驚きながらも次の矢を構えようとするプファイルを睨みつける。


「プファイル――お前は絶対に許せない」


 怒りに任せて地面を殴りつけると、ジャレッドの感情に連鎖するように、地面が隆起した。地面から現れたのは、無数の土槍。

 土槍は波のようにプファイルに向かって襲いかかる。

 とっさにかわそうと横へ大きく跳んだプファイルだったが、弓を破壊され、構えていた左腕や、左足、脇腹を土槍の切っ先が捕らえる。直撃を受ける瞬間、身をひねったことで致命傷を避けたものの、プファイルの体は土槍にえぐられ大量の血を流す。


「まだ、こんな力を……」


 傷口を押さえながらプファイルがジャレッドを忌々しげに睨むが、さらに強い眼光で睨み返し、片手を広げてオリヴィエを庇う。


「この人にわずかな傷もつけさせない」

「……ジャレッド」

「触れることも許さない。もしも、指一本でも触れてみろ、お前だけじゃない、ヴァールトイフェルに関わる人間すべてを八つ裂きにしてやる!」


 しばらく睨みあっていたジャレッドとプファイルだったが、最初に視線をそらしたのはプファイルの方だった。彼は後方へ大きく跳躍すると、屋敷を囲う壁に上に立つ。


「今日は引こう。想像以上にジャレッド・マーフィーは脅威だったことを認め、貴様を任務を遂行するために排除する障害のひとつではなく、倒さなくてはならない敵として認識した。明日の夜、再び殺しにくる。次こそ、お前たちをすべて殺す。ヴァールトイフェルの名のもとに」


そして、宣言すると同時に、壁をさらに跳んで逃げていく。


「言いたいことだけ言いやがって」

 

気配が速い速度で遠ざかっていくことを感じたジャレッドは、脅威がとりあえずだが去ったことに安堵してその場に崩れ落ちていく。


「――ジャレッド! ちょっと、どうして、ねえ! 嘘でしょ、そんな、死なないで!」


 地面に倒れ込んだジャレッドの体をオリヴィエが必死で声をかけ揺さぶるが、彼女になにひとつとして返事をすることができない。

 息を吸うことだけでも辛く、呼吸が乱れているのを自覚した。

 出血のせいか体が寒い。

 なによりも、眠たかった。

 ジャレッドは襲いくる睡魔に抗うことができず、意識を手放した。



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