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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
七章

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39.友人不在の学園12. 危機、激突、王立魔術師団9.




「――唸れ」


 キルシが一言発すると同時に、彼女の指にはまる指輪型の魔道具が小さな音を鳴らす。


「――くっ」

「……これ、は?」


 続いて相対していたレナードはもちろん、キルシと並ぶラウレンツにまで頭が締め付けられるような痛みが襲う。


「ああ、すまないラウレンツ。我慢してくれ」


 まさかの言葉に文句を言いたくなるもそんな余裕はない。障壁を張っても大して痛みが和らぐことなく、言われた通り我慢するしかないと覚悟を決めて歯を食いしばる。

 ラウレンツは知り得ないことだが、レナードに至っては頭が締め付けられるなどという痛みではない。その証拠に、頭を抱えて膝を着いてしまう。


「ついさっき、お前は私のことを魔道具を作ることしか能のない美女だと言ってくれたが、その魔道具だって馬鹿にできないだろ?」


 返事はない。返事をするだけの余裕がないのが正しい。

 だが、レナードは返事の代わりに、拳を握りしめて地面を殴りつけた。


「おっと――」


 地中から氷の槍が飛びだしキルシを襲うも、予見していたのか大きく後方に飛ぶことで回避されてしまう。


「まだ魔術をこうも簡単に使うだけの余裕があるなんて、さすが王立魔術師団団長だね。だけど――もう限界だろ?」

「黙れっ。この程度で、私がどうこうなると思っているのか!」


 唸るような声をあげ、レナードは宮廷魔術師第二席を睨みつける。

 射殺さんばかりの眼光に彼女はひるむことなく鼻を鳴らすだけ。


「お前の苦しんでいる姿を見ていると気が晴れるよ。じゃあ、頭が割れてしまいそうなレナードくんに質問だ。生徒はどこだ?」

「殺せるものなら殺せばいい。私が死んでも、行動を起こした同志たちは止まらない!」

「ふん。止まれないの間違いだろう。言い逃れができない国家反逆だ。捕まれば、よくて投獄、悪ければ家族ごと死刑だ」


 先導された者は牢獄いきか、監視付きの労働刑で済むかもしれないが、レナードをはじめ正統魔術師軍の上層部はそうもいかない。憂いを残さぬためにも等しく死刑となるだろう。

 彼らも王族を亡き者にしようとしたのだ、文句はいえまい。


「私たちは自分たちの理想の世界で生きられないのであれば死んだほうがマシだと考えている。ゆえに、死は怖くない。怖いのは――理想が叶わないことだ」


 レナードは立ち上がり、巨大な火球と氷球を生み出す。相反する属性を同時に使いこなすことは文字通り血のにじむ努力が必要だ。

 単純な魔術の使い手としてなら、同じように複合属性を持つジャレッド・マーフィーよりも上だ。


「王子殿の命が奪えなかった以上、貴方の命をもらいうけよう――キルシ・サンタラ!」

「ふらつく体でよく豪語したと言ってやろう。だが、魔術を発動しているのは貴様だけだと思うなよ」

「――なに?」


 疑問の声をレナードがあげた刹那、彼が生みだした炎と氷が砕けた。


「なにをした!」

「お前、馬鹿だろ? 敵に手の内を説明するはずがないだろ」


 馬鹿にするよう鼻を鳴らすキルシに、戦いを見守っていたラウレンツは息を飲む。

 彼もまたレナード同様、彼女がなにをしたのかまったく理解できなかった。

 宮廷魔術師第二席と王立魔術師団団長の戦いを見逃したくないという、魔術師的な欲求に従い、瞬きさえ惜しんで見届けようとしていたのだ。


 会話を重ねながら魔術を二度ほど撃ちあっただけ。言葉にすればそれだけだが、無詠唱で行ったとは思えない魔術だった。とてもじゃないが、ラウレンツには真似できない。二人はおそらく簡単な様子見程度だったのかもしれないが、その些細な攻防の中に実力差を見せつけられた。


――これが国でトップクラスの魔術師か!


 宮廷魔術師候補に名が挙がったものの、とても同じ高みにたどり着ける自信がなかった。


「……やはり、今の私では賢人サンタラを相手にするには難しいか」

「おい、まるで次があるみたいな言い方をしないでほしいんだけどな」

「貴方には残念ながら、今回の戦いは次回に持ち越そう。その次回が訪れるかどうか、疑問ではあるがね」

「逃げる気か?」

「ああ、逃げるとも。貴方も全力ではないが、私も全力ではない。ならばどの道、勝敗がきまることもあるまい。それに――迎えもきた」


 レナードが頭上を指さすと、石槍が降り注ぐのが視認できた。

 舌打ちをして指輪を装備した手を掲げると、空から降る石槍は音を立てて砕ける。

 砕いた石槍が砂となって降る中、視線をレナードに戻したキルシは肩をすくめた。

 いるはずのレナードの姿が、消えていたのだ。だが、すぐどこにいるのかわかった。彼は、いつの間に移動したのか、校舎の屋上にいた。


「いいさ、見逃してやる。尻尾を巻いて逃げろ。どうせお前はお終いだ」

「本当にそう思うかな? 私がなにも保険を掛けずに、のこのこと姿を見せていたと本気で思っているのか?」

「違うのか? 私はてっきり、お前は間抜けだと思っていたんだが」

「言ってくれる。まあ、いい。すでに同志たちが他宮廷魔術師に襲撃を行っている。命を奪えないとしても、傷を負わせることができればそれでいい。無論、名のある貴族と王族にも同じようにさせてもらった」


 ラウレンツは息を飲む。まさに国家反逆。しかも後手に回っている。


「それで?」

「そうそう、君たちの友人でもあるジャレッド・マーフィーだけは身柄を捕縛させてもらったよ」

「はっ――あの子がそう易々とお前ら程度に捕まるものか」

「彼ひとりなら難しいだろう。だが、人質がいたらどうだろうか?」

「お前、まさか」

「貴様、ジャレッドになにをしたんだ!」


 目を見開くキルシと、声を荒らげたラウレンツに向かい、レナードは唇を吊り上げた。


「私はなにも、ここで戦っていたからね。ただ、同志たちは彼の住まう屋敷に襲撃をかけ、人質を手に入れ彼を捕縛した。それが叶ったからこそ私を迎えにきたのだよ」

「卑怯者め、降りてこい、僕と戦え!」

「いくらジャレッド・マーフィーが強くても、愛する人を人質に取られては戦えまい。彼とは一度本気で戦ってみたかったのだが、残念だよ」


 それだけ言うと、レナードはローブを翻し背を向ける。


「待て、レナード・ギャラガー」

「なにかな、賢人サンタラ? 時間が押しているので、手短に頼むよ」


 足を止め、顔だけで振り返ったレナードにキルシが問う。


「ジャレッドを捕まえてなにを企む?」

「隠しておくつもりだったが、絶望させるために言っておこう。彼を私たちの――駒にする」




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