33.友人不在の学園7. 危機、激突、王立魔術師団4.
ラーズはクリスタの腕を掴み廊下を駆けながら、焦りを浮かべていた。
「トロトロ走ってるんじゃないっ!」
後方から追いかけてくるのは、王立魔術師団副団長ミヒャエラ・ギーレンだ。彼女は炎を纏った鞭を振るい攻撃をしかけてくる。――が、わざと当てることなく、獲物をいじめ、追い詰めるよう、足元ばかりを執拗に狙い続けていた。
「――くっ、あの女め。忌々しい」
「ら、ラーズくん」
「心配するな、クリスタ。そなたのことは私が必ず守る」
足止めをしたはずのラウレンツがどうなったのかも気になるが、それ以上に非戦闘員の友人を職員室に連れていかなければならない。
友人が「逃げろ」ではなく、あえて「守れ」と言ってくれた気づかいを受けたのだ、最低限の務めはしなければならない。
そもそもラーズという少年は戦闘が得意ではない。
学者肌であることを自負しているが、一通りの魔術を習い、体術、剣術も学んでいる。だが、実戦経験は皆無だ。戦えない――のではなく、戦うことを禁じられているせいで、このような事態に陥ると弱い。
戦えないことはないのだが、王立魔術師団副団長を相手に定かではない戦闘をすることは躊躇われた。ひとりなら構わないが、入学時から付き合いのある少女がいるのだ。彼女に傷ひとつでもついたのなら、生涯自分のことを許せないだろう。
「さぁて、追いかけっこも飽きてきた――そろそろその首もらうよ、王子サマ」
白昼にも関わらず堂々と王立学園を襲撃していることが想定外であり、なすすべないことに歯がゆさを覚える。
「ねえっ、あの人、ラーズくんが王子さまだって知ってるよ!」
「私の素性を知らないのは、ジャレッドだけだ!」
「でもマーフィーくんは、宮廷魔術師に決まったのにいまだに知らないよ!?」
「あの男は変なところで馬鹿だから放っておけ。私どころか、父上と母上のことを商家の人間だと本気で思っている。姉上に対してもそうだ。実に馬鹿だが、――それがあいつのいいところだ。おかげで日々が楽しい」
王立学園に在籍する生徒のほとんどが、ラーズの正体がウェザード王国第一王子ラーズクリーズ・エラ・ウェザードであることを知っている。
例外なのは親友であるジャレッド・マーフィーだけだ。仮にも宮廷魔術師になろうという男がいまだに正体を知らないどころが、隣にいる友人が王族であることを察しない鈍感さは呆れもするが、正体を知らないゆえにありのまま接することができる貴重な人物である。
しかし、ミヒャエラは違う。王立魔術師団副団長の地位にいる彼女が、自分の国の第一王子を知らないわけがない。知っていながら、命を狙っているのだ。
「じゃあ、なら、どうして、あの人はラーズくんを襲うの!?」
「私が教えてほしい。だが、推測はできる。おそらく、王立魔術師団団長のレナード・ギャラガーがなにかを企んでいるのだろう」
口にこそださないが、レナードが反逆を始めたことも推測するに容易い。
ただし理由までは定かではない。ラーズの知る、レナード・ギャラガーという男は、なにごとにも真摯に向き合う高潔な人物だ。ゆえに、今回のような事態は予測することもできなかった。
「お喋りも構わないけど――アタシを無視するなよっ」
「――ぐっ、あっ」
鞭の一撃が背を襲い、熱と痛みが襲う。
慣れることのない激痛に、悲鳴をあげなかったのは、ひとえに少女の手を握っているからだ。
「ラーズくんっ」
「大丈夫だっ。それよりもクリスタ、私が時間を稼ぐ――そなたはキルシ・サンタラに助けを求めろ」
「キルシ先生?」
なぜ、と友人が問う前に、足を止めぬまま、ラーズは続ける。
「あの者ならば、この窮地を救ってくれるはずだ。ジャレッド同等、いや、それ以上の人物だ。いくのだ、クリスタ!」
再び鞭が襲いかかってくる。ラーズは障壁を展開して受け止めるも、ミヒャエラから放たれる追撃の炎が連続して障壁にぶつかる。
「――ぐっ」
「ラーズくん! 逃げるなら一緒に!」
「構うな、どうせこやつらの狙いは私だ。クリスタを巻き込みたくない!」
心配ゆえに足を止めてしまったクリスタに舌打ちをする。気持ちは嬉しいが、守り切れる自信がない。できることなら自分など放ってさっさと逃げてほしかった。
――それをしないからクリスタはクリスタなのだが、な。
危機にも関わらず好意を抱く少女に口元が緩む。
「はっ、まだまだ余裕か――さすがは王子サマだっ!」
小さな笑みを余裕と受け取ったミヒャエラが更なる魔力を高め、鞭を振るう。
轟っ、と炎がうなりをあげ、酸素と魔力を取り込み業火と化す。鞭の勢いが増し、今までにない一撃となった彼女の攻撃は――、
「しまっ――」
「きゃあああああああああああっ」
渾身の魔力を注いでいたはずの障壁を容易く破壊した。
爆炎に吹き飛ばされた二人。ラーズは空中でクリスタの小さな体を掴むと、炎から彼女を守るように強く抱きしめる。
自分のことなどどうでもいい。クリスタさえ無事でいてくれれば――ただそれだけを祈って、強く、強く、抱きしめる。
地面に転がり、呼吸が止まる。背や、腕に衝撃が繰り返し走るが、決して少女を抱きしめる力を緩めることはしなかった。
「……正直、感心したよ。温室育ちの王子が、ただのガキを守るために身を挺するなんてね。散々苦しめてから殺してやろうと思ったけど、気が変わった。その意気に免じて――二人まとめて、苦しまないように殺してやる」
「おの、れ……すま、ない、クリス、タ……」
視界が霞み、意識が遠のいていく。腕の力が抜け、無傷の少女が地面に転がった。
傷がないことに安堵することはできない。新たな危機がすぐ眼前に迫っているのだ。
ラーズは自分が弱いことを呪った。王子だという立場のせいで実践をさせてもらえなかったなど言い訳しかならない。守りたい人を守ることができず、見ているだけしかないないことが、死ぬほど悔しい。
唇を噛み切り、せめて彼女だけは助けてくれと懇願しようとする。
「さよなら、王子サマ」
――が、ラーズが声を発するよりも早く、ミヒャエラの鞭が音を立てた。
衝撃を受けたラーズは、最後までクリスタのことを想いながら――意識を失った。




