29.友人不在の学園3. 王立魔術師団団長の企み3.
「僕もクリスタ同様に気になっていた。レナードさまの言葉にはどうも魔術師以外が含まれていない。国に仕える魔術師団の団長が――魔術師至上主義者なんて、嘆かわしいな」
国に属する組織のトップが平等ではないことに憤るラウレンツだが、友人たちはそんな彼に驚いた顔を向けていた。
「――ん? どうしたんだ、その顔は?」
「あ、ああ、いや、すまない。驚いてしまった。なあ、クリスタ」
「う、うん。ごめんね、ラウレンツくん。勝手な偏見で、その――」
歯切れの悪い二人がなにを言いたいのか気づき、顔をしかめる。
「まさか僕のことを魔術師至上主義者だと思っていたんじゃないだろうな?」
友人たちの返答は曖昧な笑みだった。
「言っておくけど、僕は魔術師至上主義ではない。魔術師としての誇りやプライドは人一倍あることを自覚しているが、そのせいで差別するような人間だと思われたくないな」
実際、ラウレンツが魔術師至上主義者だと思う生徒は多い。言動から勘違いされることが多々あるようだった。その最大の原因に、魔術師らしからぬジャレッドに突っかかっていた過去がある。
魔術師として誇り高く、正しくあろうとするラウレンツの姿勢は、ときに魔術師至上主義者に見えることもあるそうだ。
「まさか二人が勘違いしていたなんて。どうりで他の生徒が僕を主義者たちの集会に誘うわけだ」
親しい友人が誤解しているなら、普段接点が少ない学園の生徒たちが勝手な憶測で勘違いしてしまうのも頷ける。無論、ラウレンツにしてみればおもしろくないことこの上ない。
「あははは、ごめんね」
「素直に謝罪しておこう」
「いや、気にしないでくれ。別に勘違いされることは初めてじゃない」
魔術師として正しくあろうとすることと、魔術師至上主義は別だ。
正しくあることは、力を持つ人間として持たない者を守ることや力の責任を考えるべきだ。武芸に秀でた騎士たちが民を守るように、魔力に恵まれた魔術師も同様に民を守るべきだと考えている。
ゆえに、魔術師だからという理由だけで、他の人間たちよりも秀でた存在であるという賤民思想は理解できないし、恥ずべきものだと思っている。
力は所詮力でしかない。剣が誰かを守るために使う一方で、私利私欲のために他者を傷つけるものとなるが、魔術も同じだ。魔術師にとって難しいことではあるが、魔術を道具だと割り切ることも大事であると考える。
「僕のことは置いておこう。今はこの場から離れるべきだ」
「ラウレンツに賛成だ。いつ奴らに巻き込まれるかわかったものではないからな」
「じゃあ、どうするの?」
クリスタの疑問にラウレンツとラーズが声をそろえた。
「教師にこの事態を伝えるべきだ」
すでに伝わっている可能性もあるが、それでも職員室にいくべきだという二人の考えにクリスタは頷いた。
生徒がどれだけ疑問に思おうが、この場を納めることなど無理な。生徒たちが王立魔術師団員になれると熱をあげている以上、一介の生徒でしかないラウレンツたちがどんなに声を大にしても届くまい。
教師であっても事態を納めることは難しいと思われるが、正当な理由なく勝手に行動しているレナードに苦言することはできる。
正式な手順を踏んでいないことは彼らの言動から推測するのは容易い。ならば、学園側から正式に文句を言えば少なくとも目的の理解できない勧誘を止めることができる――そう考えたのだ。
すべきことが決まれば、行動するのみだった。
だが――、
「そこにいるのは、ラウレンツ・ヘリングくんじゃないかな?」
唐突に名を呼ばれたことで生徒たちの視線が集中し、動きを止めてしまった。
声の主は王立魔術師団団長レナード・ギャラガーだ。彼は、恐る恐る振り返るラウレンツと視線を合わせると、整った顔を親しそうに崩す。刹那、生徒たちの前ではっきりとした声を発した。
「宮廷魔術師候補に名前が挙がったこと、おめでとう。若き才能が日の目を見ることは喜ばしい」
「な――」
驚いたのはラウレンツだけではない。
ラーズとクリスタはもちろん、レナードの発言を聞いたすべての生徒が驚愕を露わにした。
この場にいる一同がざわめきだす。
無理もない。ジャレッド・マーフィーに続き、ラウレンツまでが生徒という立場でありながら宮廷魔術師候補となったのだ。驚愕に値すべきことだ。
「まさか本当だったとは」
「黙っていてすまない。だが、僕自身が話を受けるべきかどうかを迷っているんだ」
他ならぬ本人が、宮廷魔術師候補に選ばれたことに一番驚いているのだ。
自分にそれほどの実力があるとは思えないのが原因である。しかし、この好機を逃せば次に同じような好機が巡ってくるか定かではないことも理解できる。
「簡単に他言できることではなかったはずだ。謝る必要はない」
「そうだよ! マーフィーくんのときは勝手に話が流れちゃっていたから状況は違っていたけど、普通はヘリングくんのように悩んだり、戸惑ったりして当たり前だよ。なのに――隠されているはずのことをこんなたくさんの人の前で簡単に言うなんて――最低っ」
ジャレッドが宮廷魔術師候補に選ばれたとき、周囲に情報が漏れていたためどれだけ苦労をしたのか知っているラーズとクリスタは、いとも簡単に情報を公開してしまったレナードを睨みつけた。
「これは手厳しい。私はただ――純粋に祝いたかっただけなんだがね」
鋭い視線を受けても、気にした素振りすら見せずレナードは笑み絶やさない。
親しみを覚える笑顔を浮かべたまま、彼は同様の広がる生徒たちの間を進みラウレンツの前で足を止めた。
「今日、学園に訪れた理由のひとつに君がいた、ラウレンツ・ヘリングくん」
「僕、ですか?」
「そうだ。君のことは以前から素晴らしい人材だと思っていた。私が行動する前に、魔術師協会と王宮が先んじてしまったが、今日こうして会えたことは運命だと思っている」
レナードはラウレンツに向かい手を伸ばす。
「君をスカウトしたい。我々魔術師のために――力を貸してくれないだろうか?」




