27.友人不在の学園1. 王立魔術師団団長の企み1.
友人のラーズとクリスタ・オーケンと昼食を取り終えたラウレンツは午後の授業の前に廊下を歩きながら談笑していた。
三人が友人となるきっかけであるジャレッドの話ばかりがはずみ、彼の聞きかじった現状をお互いに情報交換していた。
「それにしてもマーフィーくん、いつになったら学園にくるのかな?」
「友は宮廷魔術師になるため忙しいと聞く。先日も、リュディガー公爵領で起きた事件を解決するために王都から応援に向かったようだ」
「あれ? まだ宮廷魔術師じゃないのに、まるで宮廷魔術師みたいに忙しいみたいに聞こえるだけど?」
「クリスタの言うとおり、ジャレッドはまだ宮廷魔術師じゃないんだが、その働きは宮廷魔術師同等なんだ。あまりこういう言い方はするべきじゃないんだが、宮廷魔術師は空席が目立つからな。動かすにも限りがある。その面では、自由が利くジャレッドのほうが使い勝手がいいんだろう」
苦い顔をしたのはラウレンツだ。彼は宮廷魔術師二人から、先のリュディガー公爵領の一件を聞いていた。なぜ正式に宮廷魔術師になっていない友人が率先して動かねばならないのかという疑問への返事を、クリスタたちに伝える。
「そう、なんだ。じゃあしばらく顔を見れないんだね」
「寂しがることはない。たとえ離れていても友と我らは友人だ。それだけは変わらない」
「うん」
寂しげな少女を慰めるべくラーズが声をかけるも、彼自身も表情に陰りがある。
それぞれが皆、寂しいと思っているのだ。
「――ん。なんだ、あの集まりは?」
他の話題にしようとなにかないかと探していたラウレンツの視界に生徒たちの集まりが見える。
「どうした、ラウレンツ?」
「いや、あそこを見てくれ。昼休みに生徒が集まるような行事があったか?」
「うーん。私の知る限り、ないかなぁ」
「よく見れば魔術を専攻している生徒ばかりではないか――なぜラウレンツが知らないのだ?」
心当たりがない友人たち同様に、ラウレンツにも特別なにかがあると聞いていなかった。
だが、ラーズの言葉通り集まっている生徒の大半が、自分と同じく魔術を専攻する生徒たちばかりだ。
「僕はなにも知らないぞ」
「……省かれたのか?」
「……ヘリングくん」
「ええいっ、悲しいものを見るような目で僕のことを見るなぁっ!」
決して僕は省かれたわけではないっ、と自分に言い聞かせる。確かに少しとっつきにくい性格をしているかもしれないし、最近はクラスメイトよりもラーズとクリスタといることが多いのも認める。ジャレッドと友人となってから目まぐるしく環境が変わったせいもあり、クラスで少し浮いていた自覚もある。
今日に限って、幼なじみであり従者を務めてくれているベルトとクルトのバルトラム姉弟もいない。彼女たちはクラスでもうまくやっていたので、せめていてくれれば――と思ってならない。
「ま、まさか僕がクラスメイトに省かれるはずがないだろう。ジャレッドじゃあるまいし。うん。そう決まっている」
さりげなくこの場にいない友人に失礼なことを言うラウレンツに、ラーズたちが苦笑した。
「声が動揺で震えているぞ」
「ラーズ、お前はもう少し空気を読んでくれ」
「ねえ、とりあえずなにをしているのかいってみよう?」
「そうだな。そうしよう」
クリスタの提案に従い、中庭に集まる生徒たちに近づく。
ざわめきが耳に入り、誰もが興奮していることがわかった。だが、昼間の学園になにかイベントがあっただろうかと首を傾げながらも、生徒たちをかきわけて進むと――。
「な――っ」
驚きに目を見開き、足を止めてしまった。
本来なら学園にいるはずのない人物に体が震える。
「まさか……レナード・ギャラガーさまが、なぜ?」
ラウレンツの瞳には、王立魔術師団団長レナード・ギャラガーが映っていた。
短い金髪と凛々しくも整った容姿。鋭利な刃物のような瞳を生徒たちに向けて、なにか話をしている。
この場にいる生徒にではなく、声の届く範囲にいる生徒たちになにかを語っているようだった。
生徒たちは王立魔術師団団長という立場のレナードを前に、緊張と興奮をわかりやすく露わにしている。
無理もない。彼らの興奮が理解できた。
魔術師の頂こそ宮廷魔術師であり、たとえどれだけ努力しようと決して簡単になれるものではない。それどころか、近づくことさえ難しく、恐れ多い。
魔術師にとって、宮廷魔術師は憧れであり手の届かない存在なのだ。それゆえに同世代で宮廷魔術師に選ばれたジャレッドへ嫉妬する生徒があとを絶たないが、本当に彼を悪く思っているのかと問われれば、少なくとも魔術師の卵である生徒なら否と応えるだろう。
たとえ彼の婚約者が悪名高いオリヴィエ・アルウェイだったとしても、ジャレッド・マーフィーという若き宮廷魔術師への尊敬と憧れは、同じ生徒だからこそ強い。
そういう意味では、ジャレッドと友人であり、共に戦ったことがあるどころか、彼のおかげで宮廷魔術師二人に指導をしてもらっているラウレンツなど破格の待遇である。
同級生が訊けば、いや、学園の教師でさえ、恵まれた境遇に明確な嫉妬を露わにすること間違いないだろう。
対し、王立魔術師団団長のレナードも同じく生徒にとっては高みの存在である。――が、目指せないわけではない。無論、王立魔術師団に入団することはできても、団長になるには相応の努力と生まれ持った才能、そして数多の実績が必要になる。それでも、宮廷魔術師よりは身近なのだ。
部下を秘書官くらいしか持たない宮廷魔術師に対し、王立魔術師団員は総じて団長の部下である。接点も多く、共に行動することも多々あるだろう。いずれは――と目標に掲げるべき存在であるため、憧れの的だった。
「どうして、王立魔術師団団長が学園にいるんだ?」
他の生徒と同じくラウレンツも王立魔術師団に入団することを目標としていた。団長レナードは憧れの存在であり、目指すべき人だ。しかし、興奮して騒いでいる生徒たちと一緒に喜ぶことはできなかった。
理由がわからない。多忙なはずのレナード・ギャラガーがなぜ日中の学園に現れたのか――その意味が見つからない。
仮に、講師として呼んでいたのなら事前に生徒に連絡があるはずだ。相手に礼を欠かないためにも、前日に伝えられ準備が必要となる。だが、なにも聞いていない。
「なぜ突然、学園に?」
ラウレンツの疑問の声は、生徒たちの喧騒にかき消された。




