23.オリヴィエ・アルウェイとリリー・リュディガー 3.
オリヴィエの目に、リリーが恋する乙女に映った。
情報だけでジャレッドを見初めているのなら屋敷から蹴りだそうと考えていたが、ちゃんと彼と向き合った上で想いを自覚したのであれば強く言いたくない。
ただ、言うべきことは言っておかなければならない。
「側室が増えることは好ましくないわ。わたくしのお母さまが苦労したことは知っているでしょう?」
「うん。君の立場ならそう考えるのはしかたがないと思うよ」
「ジャレッドにとってイェニーは妹同然で、あの子にもどこまで恋愛感情があるのかわからないわ」
側室になりたいと現れたときのイェニーをオリヴィエは鮮明に覚えていた。
ジャレッドと離れたくないと願う少女の願いはまぶしく、心打たれた。しかし、イェニーが抱く愛情が、異性として恋い焦がれているのか、それとも家族として兄を愛しているのかまでははっきりと判断できなかった。
まだ幼いからかもしれないと考えているが、もしかしたら本人自身がはっきりと感情を自覚していないだけなのかもしれない。それでも、幼少期から一途に慕い続けてきた想いは本物であるため間違いだとは思わない。
貴族の社会では、イェニーのような淡い想いのまま結婚することだってある。そもそも貴族は簡単に恋愛ができないのだから、自分の感情が恋愛感情なのかを判断することも難しい。
「あの子が真剣にジャレッドを想っていることはよくわかっているし、わたくしにとってもかわいい妹であることに変わりはないのだから、側室になることに異論はないの。でもね――」
「なにかな?」
「リリーは知っていると思うけれど、ジャレッドと結婚を望む家は多いのよ」
「貴族はもちろん、魔術師を輩出してきた一族、商家、引く手数多だよね。オリヴィエの婚約者でなかったら――それこそイェニー・ダウムの婚約者であったらとうに面倒なことになっていたと思うよ」
公爵家の子女であると同時に秘書官でもあるリリーの耳にもジャレッドと繋がりを持ちたいと願う人間たちの話は届いている。傍から見れば、リュディガー公爵家も繋がりを欲したひとつの一族だ。
いくらリリーがジャレッドを純粋に想おうが、時期があまりにも悪い。リュディガー公爵家とアルウェイ公爵家の表向きの関係もライバル同士ということもあり、有望な若手を引き抜くためにリリーを送り込んだと邪推することもできるのだ。
秘書官になっただけでよくない噂が流れるのだから、側室になることが決まればなにを言われるかわかったものではない。無論、すべてを覚悟の上でジャレッドのそばに居ることを望んでいる。
貴族の中には、秘書官として縁を繋いだリュディガー公爵家に自分たちを紹介してほしいと願う一族も少なくない。
ジャレッドを気に入っているフーゴはそんな訴えをやんわり断っているものの、内心ではうんざりしていることを娘のリリーは知っている。
「今でも十分すぎるほど面倒だわ。こんなことでジャレッドを煩わせたくないのよ」
「ジャレッドはなにも知らないのかい?」
「そうよ。わたくしが勝手に知らせたくないの。縁談の申し出は可能な限りわたくしが処理しているわ。どうしても難しいものはお父さまにお願いしたこともあるの。おかげで恨みをたくさん買ったでしょうね」
「恨み? あまり穏やかじゃないね?」
「直接なにかをされたわけじゃないから安心して。でも、わたくしとは別れろという声はあるわ。手紙がうんざりするほど届くもの。だいたいが魔術師関係の一族ばかりよ」
嘆息するオリヴィエにリリーは察した。
魔術師の一族は、大概が魔術師であることを重要視する。血縁関係も重要ではあるが、才能のない人間は容易く淘汰される傾向にある。
極端なことを言えば、才能こそすべてだ。
そんな魔術師の一族からすればジャレッド・マーフィーは喉から手が出るほどの逸材だ。元宮廷魔術師を母に持ち、本人も宮廷魔術師になることが決まっている。希少な大地属性の持ち主でもあり、古代魔術を限定されるが使うこともできる。
魔術師にしてみれば、公爵家とはいえ武家の人間が将来有望な若き魔術師を一族に取り入れようとすることは許されないことである。
これが本当にジャレッドの望まない結婚であれば、彼のために魔術師協会が動くだろう。しかし、協会と関係が密であるためジャレッドとオリヴィエが相思相愛だとわかっている。ゆえに魔術師協会がでしゃばることはない。たとえ、魔術師たちが騒いでも、だ。
「彼らは魔術師至上主義ともまた違う、魔術師だけの思想を持つからね。まあ、テロを起こすことはないし、自分たちの中で完結している考え方だからいいけど……彼らから見れば、若き宮廷魔術師の婚約者が、嫁き遅れの非魔術師であることが不満なんだろうね」
「嫁き遅れって言わないでちょうだい! 失礼しちゃうわ。手紙にも、嫁き遅れだとか、代わりを紹介するから身を引けなどと、よくもまあ書くことができたと感心してしまうわ」
「あははは、災難だね」
他人ごとだと言わんばかり苦笑する姿を見て、頬が引き攣った。
「わたくしにしてみれば、あなたのことだって十分に災難よ!」
オリヴィエにとってリリーの存在は迷惑ではなくても、頭痛の種である。
まさか幼なじみに災難扱いされると思っていなかったのか、リリーが恨めしそうな声で抗議した。
「昔からの友人に酷いじゃないのかな」
「そもそも、あなたジャレッドの秘書官なのでしょう。立場上、側室になることはまずいのではなくて?」
「そこはもちろん考えているよ。オリヴィエがわたしのことを許し、ジャレッドが受け入れてくれたとしても――オリヴィエが正式に結婚するまでわたしの立場を変わらない。仮に秘書官をやめるときが訪れたとしても、安心できる後任が見つけてからさ」
「もし、後任を探すことになったら男性にしてちょうだい」
「ふふっ、了解だよ」




