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2.ジャレッド・マーフィーの憂鬱2.


「魔術師が希少であることは言うまでもないが、さらにお前は『大地属性魔術師』でもある。魔術師の中でも複数の魔術属性を持ち、魔獣討伐をはじめ多くの実績を上げている以上、王宮も魔術師協会も放っておくわけがない」


 祖父の言う大地属性とは――地属性、火属性、水属性という複数の魔術属性を持つ複合属性を指す。他にも空属性、海属性という複合属性があるが、複数の属性を持つ者はあまりにも稀な存在だ。

 ひとつひとつの属性が群を抜いているわけではないが、一定以上の力がある複数の属性持ちに与えられる属性名であり、国によってはその希少価値は大金になるとまでいう。

 俗な話ではあるが、魔術師の血を取り込みたい貴族が子供をあてがい、大枚を叩くこともあるという。

 幸いと言うべきかウェザード王国では魔術師協会と王宮がそのような勝手を許さない。特に魔術師協会に至っては、引き抜きや婚約はまだよしとしても、血だけを求める行為は魔術師を馬鹿にしていると、金で買おうとしようものなら協会総出で魔術師を守る覚悟をしている。

 事実、ジャレッドは自分が大地属性魔術師であるとわかったときに、魔術師協会の幹部から困ったことがあれば頼るようにと釘を刺されている。


「私もジャレッドが宮廷魔術師候補に上がったことは驚きました。未成年だということもあり、まずは保護者にあたる私たちに話がきたのです。黙っていてすみません。私たちも悩みました。今、この国は平和に見えますが、実際は違います」

「あのよくわからない秘密組織ですね?」

「そうです。敗戦国の残党と、現在の大陸の情勢に不満を持つ者たちで組織された集団が事を起こしていることはジャレッドもよく知っているはずです」


 すでにジャレッドはその秘密組織なるものと戦っている。

 魔術師協会から受けた仕事の最中に出くわし、ウェザード王国の住人という理由だけで問答無用で襲いかかられたのだ。

 王宮も敗戦国が主だった組織を野放しにしておくつもりはないようで、何度か騎士団の派遣も行なわれて小規模ながら戦闘も起きている。

 はっきりと名前も知られていない秘密組織――便宜上『混沌軍勢』と呼ばれる者たちは、大陸の中でも豊かな国であるウェザード王国や近隣国にテロ行為を行っていた。行動理由、構成員はいっさい不明。一説によると、ウェザード王国内の不満分子や、反王族派の一員たちが主立っていると聞くこともある。しかし、近年その噂に二十年前に滅んだ国の残党が加わっているとも聞く。

 結局のところ真偽はわからないことだけが確かなのだが、度重なるテロ行為、魔獣を操り街を襲う行動は見過ごせるはずもなく、王宮はもちろん、魔術師協会、冒険者ギルドまでが大陸の敵として排除しようとしている。


「魔術師は希少だ、と言いながらいざ戦いになれば矢面に立たなければならないことは必須。さらに宮廷魔術師はもちろん、彼らが率いる宮廷魔術師団も同じですね」

「騎士にも規格外な者はいるが、魔術師の方が戦力として上であることは事実。いや、違うな。どちらも居なければならないのだ」

「そして宮廷魔術師候補になれば必然と俺も戦場行きですか。まあ、今も毎週のように魔獣や賊と戦ってますから、相手がよくわからない組織に変わるだけなので問題はないのですが……」

「ですが、どうしたのかしら?」


 歯切れの悪いジャレッドに祖母が心配そうに顔を覗き込んでくる。


「宮廷魔術師の席は半分しか埋まっていないはずです。本来なら宮廷魔術師団から空席が埋められるのが普通だと思うのですが?」

「私たちも不思議に思って聞いたのだが、魔術師協会に言わせると宮廷魔術師になることができる人材はいないとのことだ」

「あと、派閥争いにも巻き込まれたくありません」

「むうぅ……騎士団でも派閥争いはあるからな。誰の下につくかで味方ができれば、敵もできる。本来なら一致団結して国のために務めなければならないはずなのだが、嘆かわしい。とはいえ、私も派閥には入っているため偉そうなことは言えん」

「宮廷魔術師も派閥があるのですか?」

「あるみたいですよ。あとは、背後にいる貴族の関係などもそうですね。魔術師団の中でも派閥争いはあるようですし、俺が宮廷魔術師候補となったことでどうなるのかまったくわかりませんけど、面倒なことになりそうな予感はひしひしとします」


 ジャレッドが通う王立学園の中でさえ派閥争いがある。爵位の上の貴族が部下を集め、敵対する一族と争うことは珍しくない。学園内がちょっとした将来の予行練習となっているのだ。

 幸いジャレッドはどこの派閥にも組み込まれていないのだが、それはそれで敵が多いのだ。もっとも敵といっても明確に敵対するわけではなく、陰口や嫌がらせなどが主となる。しかし、授業を免除される代わりに魔術師協会からの依頼を受けているジャレッドはほとんど学園に行くことはないため、被害はないに等しい。

 もともと魔術師というだけで、羨ましがられ、僻まれ、妬まれるのだ。

 引き込むことができれば味方として優遇され、できなければ敵対する。所詮は成人前の子供たちなので行動もシンプルである。


「困ったことになったな。オリヴィエさまが婚約の条件に宮廷魔術師などと言わなければ、もっと違う未来もあったのかもしれないが」

「あの、お祖父さま。オリヴィエさまとの婚約を破棄していただくという選択肢はないのでしょうか?」

「あるはずがないだろう」

「ですよね。いえ、一応聞いておきたかっただけです」


 魔術師であるだけで学園内の居心地はあまりよくない。そこに、男爵家のジャレッドが公爵家のオリヴィエを婚約者にしたなどと知られれば、彼女の噂も相まってどうなるのか予測不可能だ。さらに宮廷魔術師候補ともなれば、今まで放置してくれていた貴族たちも動き出すだろう。

 決して自惚れているわけではない。フリジア大陸の魔術師など、どこの国でもこんなものだ。


「先ほど、派閥の話をしたが、私たちダウム男爵家はアルウェイ公爵家の派閥に属している。オリヴィエさまとの婚約も身分違いと言われることもあるだろうが、優秀な魔術師であるお前を気に入っておられる公爵にとっては婚約がまとまろうと破談しようと他所には渡したくない人材であることは間違いないだろうな。いや、公爵はそうではないだろうが、周りの人間が、な」

「面倒ですねぇ」

「なにを言っているのですか。派閥争いなどかわいいものではありませんか。私たち女性たちの方がもっと苦労していますよ。それこそ、男性が知ったら女性不信になるようなことも頻繁に起こっていますよ」

「嫌だなぁ」

「貴族だろうと、平民だろうと、人間関係は複雑で難しいものです。嫌ならばなにもかも捨てて山奥などでひっそりと暮せばよいのです。ですが、社会の中で生活するのであれば、面倒なことも嫌なことも受け入れて乗り越えて生きなければいけません」


 至極もっともな祖母の言葉にジャレッドは頷く。

 ジャレッドも面倒だと思っているだけで、すべてを捨て去ってまでなにもかも関わりたくないと言うつもりは毛頭ない。

 魔術師に生まれ、ありがたいことに母親から才能を受け継いだ時点で、面倒な人生になることは予想していた。

 ただ、予想とは斜めの方向に進んでしまったことは想定外だったが、まだまだ軌道修正ができるはずだ。


「マルテの言うことは間違っていない。お前には悪いと思っているが、私は困っている公爵の力になりたいと思っている。だから婚約をなかったことにはできない。しかし、今後お前がオリヴィエさまとお会いして、将来を考えることができないと本当に思ったのなら、公爵にはもうしわけないが孫の幸せを一番に考えさせてもらおう」

「お祖父さま……感謝します」

「なに、いらぬ苦労をさせているのだ。力になれることは遠慮なくいってくれ。ただ、現状ではオリヴィエさまとの婚約となっているので、条件である宮廷魔術師候補の件も受けておくぞ」

「お願いします」


 望むところだ、とジャレッドは意気込む。

 魔術師ならば高みを目指すのは当たり前。なによりも、わずかな記憶しかない母親が立っていた高みを目指すことができるのなら、願ってもないチャンスであることは確かなのだ。

 結局のところ、いずれはたどり着かなければならない場所へ向かうことが早まっただけ。


「オリヴィエさまのことはともかく、宮廷魔術師候補の件は頑張ってみようと思います」




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