16.王都 新たな日常3. 兄との語らい2.
「その通りだ。どうせなら心から信頼できる人間と働きたい」
「勘弁してくれ。俺にはまだ先のことなんてわからないのに……」
「別に必ず俺を雇えなんて言わないさ。ただ、覚えておいてくれ。俺は必ずお前に恩を返す。それだけのことをしてもらったんだから、当然だろ、兄弟?」
「ああ、もう、お好きにどうぞ!」
ジャレッドがルザーに恩と借りを抱くよう、ルザーもまたジャレッドに同様のことを抱いていることを知っているため、止めることはできない。
不確定な未来についてここでどうこう言ってもきりがないため、勝手にしろと言い放つ。
「好きにするさ。ま、それまではしばらく魔術師協会の世話になることにする」
「やっぱり魔術師として歩むんだ?」
「どうなんだろうな。ただ、先日、魔術師協会に顔を出してきた。ジャレッドと公爵家が口をきいてくれたおかげで、あの男に操られていた間のことは罪に問われずにすむ。だが、俺は自分がしたことに責任を取りたい」
気にすることはないなどと口が裂けても言えなかった。
ジャレッドも今まで否応なく人の命を奪ったことがある。いくらやらねば殺されていたからとはいえ、決して誇れるようなことではない。それでも、魔術師として戦うことしかできないのだ。
望まずしも戦う道具として利用されたルザーもまた、命を奪ったことに罪悪感を抱き苦しんでいるのだとわかった。
「雷属性が希少だ、と言われれば聞こえがいいが、どうせ俺の技術は殺すものばかりだ。ヴァールトイフェルの、それも反逆者たちによって無理やり覚えさせられたものを使いたくないという気持ちと、償っていくためにこの力を使いたいという気持ちが両方あるんだ」
「でも――戦っていくんだろ?」
「ああ――戦うさ」
瞳に炎のような決意を宿らせルザーは続ける。
「俺には守らなければいけない家族がいる。泣き言は言っても前に進むしかない。俺はさ、この魔術で今度は誰かを救う側になりたいんだ――お前のように」
「俺のように、か。俺はルザーに目指してもらうような人間じゃない」
「お前はいつもそういうことを言う。いい加減に自分を低く見るな」
「だけど――俺は」
言葉が続かない。
脳裏に浮かぶのはバルナバス・カイフのことだ。復讐に捕らわれ、止めるには殺すしかなかった。やらなければ殺されていた。友人を守るためにも、他に選択肢はなかった。間違っていない、正しいことをしたのだと言い聞かせていた。
――だが、エルネスタ・カイフと出会い、彼女の悲しみを知った。
自分が死んでいればよかったなどとは思わないが、正しいと思って決断した結果、苦しんでいる人がいることを思い知らされた。
気づけば、ジャレッドは心中を吐露していた。婚約者のオリヴィエにも話をしたが、似た境遇で苦しむルザーだからこそ、また別の言葉を言ってくれると期待していたのかもしれない。
「そうか、お前もまた苦しんでいるんだな」
「エルネスタを見習いたい。彼女は俺をもう恨まないと言ってくれた。前に進むと。だけど、俺の中にはいまだ罪悪感が消えてくれない。前に進むと決めているくせに、俺の足は止まったままだ」
気づけば両腕で頭を抱えていた。
そんなジャレッドの背を、ルザーは力強く叩く。
背に、衝撃と痛みが襲い、涙が出た。顔を上げて、なにをするんだと、口を開く前に――、
「ウジウジするなっ。お前は間違ったことはなにひとつしていない。そりゃ、殺した相手の遺族に会えば滅入るさ。罪悪感だって湧くはずだ。他ならぬ俺が、今、やってしまった罪にどうにかなりそうだ。だけど、その気持ちを抱えていけ。苦しくても、辛くても――全部、お前の生きてきた証だ」
涙がこぼれた。
「俺は操られたとはいえ犯した罪を忘れない。苦しいし、嫌になるが絶対に忘れてやるものか。絶対に乗り越える、時間をかけても、泣いても必ず。――お前だって乗り越えられるさ」
ずっと泣くものかと思っていた。
泣いたら負けの気がしていた。
だけど、今日――兄の厳しくも優しい励ましに、ジャレッドは心から涙を流した。
嗚咽をこぼす姿を見守られながら、誓う。
バルナバスとエルネスタに誇れるような人間になろう、と。
「俺、頑張るよ。頑張って、前に進むよ」
「一緒に頑張っていこう。俺たちなら必ずできる。罪悪感が消えるまで、いや、消えても、たくさんの人を救っていこう」
兄がすぐそばで見守ってくれている。そのことに感謝しながらジャレッドは泣き続けたのだった。




