11.帰還2. 約束
「――オリヴィエさま」
「久しぶりね。リュディガー公爵から連絡をもらったから迎えにきたわ。さあ、馬車に乗って。屋敷に帰りましょう」
数日ぶりに聞く婚約者の声は耳に心地よく、安心感を与えてくれる。
もう長い間会っていなかったと錯覚してしまうほど、離れていたように感じるのはきっと気のせいではない。
「早く乗ってちょうだい」
「あ、はい」
婚約者の顔を眺めていると、彼女は少し不機嫌に言う。今さら気づいたが、機嫌が悪そうだった。
なぜ、不思議に思うが、とりあえず馬車に乗り込むことにした。
「わたくし、心配したのよ」
向きあう形に腰を降ろすと、馬車が動く。すると、オリヴィエは軽く睨むように、責める口調で呟いた。
「すみません。お聞きしていると思いますが、まさか食人鬼以外を相手にすることになるとは思っていませんでした。俺の見通しが甘かったせいです」
「そうじゃないわ。わたくしが言いたいのは、どうしてあなたからなにも連絡がなかったのかって意味よっ」
「ああ……」
なぜオリヴィエが不機嫌なのか合点がいった。
心配をかけた自覚はしていた。だが、フーゴやプファイルが自分の無事を伝えているから勝手に完結していたのだ。
「ああ――じゃないわ。無事なら無事とあなたから連絡してきなさい。使い魔を借りるか、手紙だって二日もあれば届くわ」
「心配かけてすみません。無事が伝わっていればいいと勝手に考えていました。今日戻ってくる予定でしたし、その、ごめんなさい」
言い訳――ではなく嘘偽りなく本心を口にすると、鋭い眼光で睨まれてしまったので謝罪する。
オリヴィエが怒ると逆らえない。婚約者の弱みか、それともまた別のなにかだろうか。
「まったく。でも結果的に無事で帰ってきたから許してあげる。色々と問いただしたいこともあるけれど、今日は疲れているでしょうから許してあげるわ」
「あははは……ありがとうございます」
おそらく後日、色々なことを聞かれることになるのだろう。その前に、プファイルを捕まえて口止めをしなければならない。
命の危険があったとはいえリリーとエルネスタが半裸で身体を温めてくれたことが、第三者からオリヴィエの耳に届けば大参事だ。
隠すことはしないが、せめて自分の口から伝えなければならない。それこそ、膝を着いて謝罪しながら。
「……珍しいわね、あなたがなにかを誤魔化すように笑うなんて。もしかして、向こうでなにかあったのかしら?」
「そ、そんなことありませんよ」
まるで心内を見透かしたようなオリヴィエに、つい声が強張ってしまった。
じとっ――、と視線を受けて居心地が悪い。馬車から飛び出すことができればどれだけいいだろうと考えてしまう。実際、可能だが、あとが怖いのでできない。
婚約者は大きくため息を吐くと、
「そうかしら。まあ、いいわ。今は問いたださないっていったばかりだから明日にしましょう。そのときにきっちり聞かせてもらうわ」
「お手柔らかにお願いします」
今回は見逃してくれた。
どっと力が抜ける。年上の婚約者を相手にすると戦闘よりも疲れることがある。だが、こんなやりとりが王都に、いや、オリヴィエのもとへ帰ってきたのだという実感をくれた。
「ただ、ひとつだけ聞かせてほしいわ」
頷き言葉を待つと、今までとは打って変わって不安を帯びた瞳がジャレッドを覗く。
「本当にもう大丈夫なのかしら?」
そっと手が伸ばされ、細い指がジャレッドの頬に触れる。
彼女の手を取り、安心させるように微笑んで見せた。
「俺は大丈夫です。そんなに心配しないでください」
「無理よ。だってあなたは命をかけて戦っているのに、どうしてわたくしが心配せずにいられるの?」
目を伏せたオリヴィエは今にも泣きだしてしまうのではないかと、体を振るわせる。だが、気丈にも涙はこぼさなかった。
「わたくしはジャレッドを信じると決めたわ。宮廷魔術師になるあなたの婚約者として、覚悟もしたわ。でも、不安は抱くし、心配もするの」
彼女の強い感情が言葉の波となって伝わってくる。
「ジャレッドが倒れたと聞いたときは心臓が止まるかと思ったわ。もし、なにかがあれば、わたくしはどうすればいいのか、あなたのご家族にどう伝えればいいのか……不安で不安でどうにかなりそうだったのよ」
「ごめんなさい」
謝罪しかできなかった。
同時に、不謹慎ではあるがこうもオリヴィエが自分のことを案じてくれていたことに喜んでもしまう。
「約束して」
オリヴィエは請う。
「――もう、負けないで」
言葉短くも、どれほど彼女の想いが込められていたものか察するにあまりある。
婚約者を憂うオリヴィエの願いを受けたジャレッドは、
「安心してください。もう、二度と負けません」
彼女のためにも約束をする。
先日、プファイルにも言われたように、負けることはもう許されない。
戦いが中途半端だとか、疲弊しているところに敵が現れたとか、もう言い訳もしてはならない。
――勝つ。それだけだ。
二度と失態は繰り返さない。戦って負けることは、オリヴィエを不安にさせるだけなのだから。
「オリヴィエさま、約束します。俺はもう二度と負けません」
「約束よ?」
「もちろんです」
二度と彼女を悲しませたくないから絶対に負けない。たとえどのような敵が現れようとも、勝利してオリヴィエのもとへ帰るのだ、と。
婚約者の手を握りしめて、己に誓った。




