4.王都にて1.
――ウェザード王国王都。アルウェイ公爵家別邸。
オリヴィエ・アルウェイは、ブロンドの髪をひとつに結い額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら家具の運び入れをしていた。
公爵家の長女として生まれたオリヴィエは、美しい容姿に恵まれた美女である。しかし、彼女の美しさはどこか人形めいたものだった。――かつては。
幼少期から正室の母ハンネローネ・アルウェイが側室から嫌がらせを受け、次第に身の危険にまで発展していった。娘であるオリヴィエも例外なく狙われるようになり、本家から別邸へと住まいの拠点を変えるほどだった。
世間的には追いだされた形に見えるオリヴィエとハンネローネ母子は、唯一信頼するトレーネ・グラスラーと三人で慎ましくも支え合い、小さな幸せを大切にする日々を送っていた。
しかし、母を狙う危険は変わらなかった。
オリヴィエは懸命に母を守ろうとした。父が結婚の話を持ってきても、母から離れたくないゆえに、こちらの事情に巻き込まないために、お世辞にも褒められない態度をとることで次々と破談にしてきた。
その結果――悪い噂がつき纏うことになっても平気だった。
すべては母のため――そう決意し、生きてきた。
だが、そんなオリヴィエの日々が終わりを告げることとなる。
――ジャレッド・マーフィーとの婚約だ。
父ハーラルト・アルウェイが信頼するニクラス・ダウム男爵の孫がオリヴィエの婚約者に選ばれた。
無論、オリヴィエが彼との婚約をよしとするはずもなく、無理難題を押しつけて婚約を破棄しようとした。だが、以外にも、『宮廷魔術師になれ』という普通であれば叶えられない難題も、彼は叶えようとした。
十六歳という若さで宮廷魔術師候補となることが決まり、オリヴィエを大きく驚かせた。
才能があり未来が明るい少年を、自分のせいで巻き込み危険に晒すことを望まなかったオリヴィエは、彼に器量のよい女性を紹介し自分との縁を切ろうとさえ考えもしていた。
しかし、事態は大きく変化することとなる。
暗殺組織ヴァールトイフェルが母を狙い始めたのだ。側室の本気が嫌なほど理解でき、強い不安を抱くには十分すぎた。そして、オリヴィエの知らないところで婚約者が襲われ、警告を受けていたのだ。
普通なら尻尾を巻いて逃げ出すはずだが、彼はしなかった。
それどころか、当初の予定通り屋敷で一緒に暮らすと宣言し、守ろうとさえしてくれた。
そして、ヴァールトイフェルの暗殺者と死闘を繰り広げ勝利し、守ってくれたのだ。
以来、危険を顧みず何度もオリヴィエたちのことを救ってくれた。すべての黒幕であったコルネリアを暴き、倒し、捕まえてくれた。ようやくオリヴィエたちに平和が訪れたのだ。
少年は、さらに事件を解決したことにより宮廷魔術師になることが決まった。オリヴィエが出した無茶としか言えない難題を半年もかけずに叶えたのだ。
彼のおかげでオリヴィエの世界が変わった。母とトレーネしかいなかった世界が色鮮やかとなる。
彼を兄と慕い側室になりたいと願ったイェニー・ダウム。婚約者の師匠アルメイダ。彼が倒した龍の妹である璃桜。そして、一度は母を狙ったヴァールトイフェルの一員であるプファイルとローザが、気づけば一緒に暮らし、家族となっている。
今では、心の底から笑顔を浮かべることができるようになった。
そして――今日。新たな家族が屋敷に加わることとなる。
エミーリア・アルウェイ。オリヴィエの腹違いの妹であり、すべての元凶であったコルネリアの娘だ。なによりもエミーリア自身もオリヴィエの悪評を流し、一度は母の悪事に加担しようとした。だが、彼女は思いとどまった。母の悪事を父に伝え、一線を越えることはしなかったのだ。
しかし、彼女も罰を受けることとなる。監視つきの日々だ。
そんな彼女を娘として受け入れ育てると決意したのは、他ならぬハンネローネだった。
当初、エミーリアは娘として歓迎されていることに感謝しつつも困惑もしていた。心を入れ替えた彼女は、優しさに甘えていいものかと悩んでいた。オリヴィエが直接会い、屋敷にきてほしいと伝え、頷いてくれたのが先日の話だ。
「ジャレッドさまが大変なときに申し訳ございません」
「いいのよ。こうして体を動かしていればわたくしだって気が紛れるし、あなたのことを早く迎えたいと思っていたのも本当だもの」
婚約者のジャレッドが、リュディガー公爵領に派遣され、戦い、負傷したことを知ったオリヴィエは大きな不安と心配を抱えていた。
当初は連絡がないため、今は連絡があっても決して喜べない状況であるためだ。
心配を察してくれたプファイルがリュディガー公爵領へ向かってくれたおかげで、不安が少しだけ和らいだ。彼からも連絡があり、そう心配することではないと受けているが、やはり婚約者の顔を自分の目で見なければ不安が消えてはくれない。
とはいえ、ただ不安に怯えているわけにはいかないのだ。ジャレッドが宮廷魔術師になる以上、これからも同じようなことが起こりうる。その度に、周囲に気づかわれ、不安に押し潰されそうになるわけにはいかないのだ。
そこで、気分転換を含め、かねてより屋敷に迎える準備をしながらも、色々な問題が起こるせいでタイミングを掴めなかった妹を正式に屋敷に招いたのだ。
居心地の悪い屋敷にいつまでも妹を置いておきたくないという気持ちも以前からあったため、思い立ったらすぐに行動をはじめた。
「宮廷魔術師の妻という立場は、きっとお辛いのでしょうね」
「そうね。でも慣れなければいけないわ。わたくしは、妻になるのよ。守ってもらうのではなく、ジャレッドを支える妻になりたいの」
オリヴィエ同様にドレスではなく、動きやすい軽装に身を包んでいるエミーリアが表情を曇らせる。
彼女にもジャレッドがリュディガー公爵領で怪我を負ったことは伝わっている。
もともと妹が父を経由してジャレッドのことを知り、彼の心配と姉を案じ手紙を送ってきたことが、今回の引っ越しの始まりだった。
自分と婚約者を案じてくれる妹を招くべく、両親と同居人たちに許可を得て、エミーリアを迎えにいったのだ。急な話ではあったが、ジャレッドにはエミーリアのことは任されているし、母はよく言ってくれたと喜んだ。同居人たちも反対することはなかったので、安心して妹を招くことができた。
あとは無事に帰ってきたジャレッドが、新しい家族に驚いてくれればそれでいい。
「ただ待つだけしかできないのは辛いわね」
普段はなかなか口にしない弱音を、妹にだけそっと呟いた。
オリヴィエは婚約者を守れるすべはない。単純な戦いだけを考えるなら、ジャレッドは相当強いのだ。そんな彼にしてあげられることは、実のところあまりない。それがもどかしい。
「別に、わたくしが魔術を使えて戦うことができれば、なんて考えはしないけど、ときどき力がないことを嫌になってしまうわ」
「お姉さま……」
「ごめんなさい。せっかくの引っ越しの日に暗い話をしてしまったわね。こういうことを考えないようにするのも、今後の課題ね」
誤魔化すように苦笑して、地面に置かれている荷物を手に取ると運びはじめる。
大きな荷物はすでに力自慢のローザと璃桜がさっと運んでくれてあるため、今はこまごまとしたものを順々運ぶだけだ。
それでも年ごろの少女であるエミーリアの荷物はなかなか多い。夏になり体を動かせば簡単に汗を掻く時期になったが、簡単な運動だと思えばよい気分転換だ。どうせ部屋にいるだけではよくないことばかり考えてしまうのだから。
「お待ちになってください、わたくしもご一緒に!」
慌てて荷物を持ってエミーリアがあとを着いてくる。
父が信頼し送ってくれた家人たちが手際よく荷物を運ぶ中、オリヴィエは胸に抱く不安をかき消すように体を動かし続けた。




